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詩とおもう(スケッチ)

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情景やら心象やらを集めました。
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2020年2月の記事一覧

旅(2020.2.25)

はるばると 旅をしてきた 雲間からさす薄日 まだ短い影 足跡は残らない そのはるけさは 胸のなかに 刻まれている あなたがしてきた旅を わたしは知らない わたしの旅の中に あなたがいることを あなたが知らないように 生えぎわの白い髪 乾いた指の節を 少し 離れて見ている

森(2020.2.19)

そこには森があった と 思い出せるあいだは 日々 言い募ろう あったものが なかったものに 取って代わられたことを 覚えていられるあいだは ほんとうでも嘘でも 記憶されたのなら 紛れもなくわたしとなる そこには森があった 火が燃えていた 食卓が置かれていた そこで眠っていた 思い出せる 覚えている その日々を 言い募る

めぐり(2020.2.10)

薄い膜いちまいで 星は 虚空を巡っている 薄い膜いちまいで あなたは そのように象られる 小さな粒たち そこにあるための 何も隠されてはいない 何も隔てられてはいない 巨人がひと足を踏み出す 巡っている星を 象られるあなたを 探しに行くために

ほころび(2020.1.22)

ほころびを 繕うために 小さく運ぶ針 二本取りのあかい糸 どうしても 曲がってしまう縫い目 ほんとうに この色だったのか 灯りを落とした部屋 梅の花が匂う 目を合わせぬように たどたどしく 繕われたほころび 冷えた指さきで あかい糸を切る

海(2020.1.6)

小田急線の高架から 見えるはずのない海を見た うち棄てられた廃屋に 居るはずのない人を見た その手は温かかった 触れられるはずもないのに くっきりと声は話した 誰も知りえない物語を しぶく波に紛れて這いのぼり わたしの指を洗う誰かの指 ふくらはぎを砂が叩く 鼻孔に立ちのぼる夏 あの雲はどこから 指のあいだの砂が 見えるはずのない海を 踏みしめている

メモリ(2019.6.23)

それは目盛りの仕事 ミリメートルで刻まれた 縦の線と横の線 重力が保証していることを 忘れそうになるほどに あけすけな整頓 椅子を置いてみる 座ってみる ゆっくりと 座り続けられる それも目盛りの仕事 ありあまる偶然 壁と屋根と床と そこで紡がれる時間 ひとが目盛りに託したのは あいまいな未来を 引き延ばしたい 確かさへの祈り それが目盛りの仕事