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詩とおもう(ステイトメント)

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声明っぽいものを集めました。
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#写真

向こう(2022.07.14)

磨り硝子の向こう 重ねられた皿 伏せられた湯呑み 淡い輪郭の 誰かの手が触れて 口元に運ばれる 誰か、とわたしは言った 淡い、とわたしは言った 手を翳して眺める風景は 儚く うつくしく その手は動かなかった その口は言わなかった 重ねられた選択の 伏せられた選択の 淡い輪郭の 磨り硝子の向こうで 縁が欠けている 底が割れている 磨り硝子越しに 赤く脈打ち 赤く流れる 石を詰めた雪玉を 磨り硝子に投げつける

針(2020.8.20)

ちくちくと 降り積もる 小さな針たち ふりだしに戻ることも出来ず 雪のように溶けることも出来ず ちくちくと 降り続ける 降らせているのはわたし 「もういいよ」なんて嘘だ 薄い土の上に うずたかく 絡まりあっては崩れ また降り積もる ちくちくちくちく ちくちくちくちく 針たちのやさしい声 小さな針たち 薄い土の上に うずたかく 止まなくていい ただ降り続けろ

ターン(2020.7.20)

考えないなら 石を投げてはいけない 考えたからといって 石を投げてはいけない 投げられる石の重さは 投げる者より 常に 投げられる者に重い 小石でも軽石でも わたしは偉くない 仮に偉くても それはなにも保証しない わたしは頑張らない 頑張ったとしても なにも免除されない 仕方がなかった そうかもしれない 理由があった そうかもしれない 仕方がなくても 理由があっても 石を投げると決めたのは そして石を投げたのは あなたでありわたしである 石を投げられた者に 残り続ける 痛

クォーク(2020.7.15)

つかみかかって ゆさぶって おしたおして うまのりになり ちからいっぱい だきしめる どこもかしこも あまさずに いたわるように もてあそび おもむくままに なでしだく がいこくのおまじないのように たよりないいいつたえのように たいせつにされていたきおくに なってしまった いきているわたしたちの いきをするからだはいま だれからも ひとしく とおざかって すみずみまでくまなく ひとりきり あなたのねつを かんじたひの わたしのはだの きおくのひは うすぐらいへやの

嘘(2020.5.23)

星からの 声を聞いた 声ではなく ただの雨だったかもしれない 星は語った いや何も ずっと昔に氷河に沈んだ 牙だったかもしれない 星は泣いた そんなの嘘だ ぐらぐらと燃えているのに 星は落ちた 嘘をつくな 落ち続けた それも嘘だ どこにも辿りつけないで 星屑にすらなれずに 嘘ばかりだ 泣きながら 燃えながら 星は落ちた 落ち続けた

仮定法(2020.5.19)

描けるならば とうに描いているだろう 歌えるならば とうに歌っているだろう 誰にも見せられない 明け方の夢は くつくつと 熱を発しながら わたしを責める 開かれた空と 閉じられた海が せめぎ合う 爪先でなぞるそのかたち 夜が明けた わたしは綴り わたしは語る 描くための指と 歌うための喉で

月を見る(2020.4.5)

わたしは月を見る わたしの影から 目をそらすため わたしは月を見る 地上の光に 目を潰される前に 豪徳寺の ゴビ砂漠の アントワーヌの いつかの座標に その月はある コンパスの針と鉛筆 どれほど遠くても 光は追いつき 背中を焼く わたしは月を見る 燃える背中に 気づかぬように

辿る(2020.3.21)

きっと あなたを 辿っているのだろう 足跡とは限らない 道行とも限らない あなたが まだ座らない 椅子かも知れない あなたが どこかに置いてきた 眼差しかも知れない 昨日落としたボタンを 探すように きっと あなたを 辿っているのだろう

公園(2020.3.9)

鯨のなめらかな背中を 駆け回る子どもたち 月が消えるまで 誰も来ないから 鯨のなめらかな背中は 裸足でも痛くない サーチライトも 届かないから あの日もあの夜も 月も星も めぐっては消え 陸のうえでも 波の音が耳から離れないけど 鯨のようだった盛り土が 今日 公園になった まだ誰も足を踏み入れていない まだ誰も手を触れていない しんとした遊具 月が虹色の暈をひらいた 鯨は子どもたちをのせて 海をめぐる

予定地(2019.7.7)

ここは予定地です なんぴとも立ち入ってはなりません ここは予定地です 何が定められているかは知りませんが いまは何もあってはならないのです ここは予定地です かつて何があったかは知りませんが いまは何もあってはならないのです ここは予定地です 誰が予定したかは知りませんが ことが済むまでは 予定であり続ける それが予定というものです ここは予定地です ここは予定地です

いれもの(2020.2.4)

わたしたちは いれものを作っている あの海を出た日から 大きな鋼鉄のいれものに やわらかいわたしたちは入る あの森を出た日から 作られたいれものは壊れるので やわらかいわたしたちは手を繋ぐ あの洞を出た日から わたしたちはほんとうは 手を繋がなくてもいい あの日に戻れるなら 触れればやわらかいわたしたちは ただ手を繋ぎたいだけ 大きな鋼鉄のいれものの下で

遠さ(2020.1.12)

白線が遠くまで延びている 遠い というのはほんとうだろうか こどもの世界の果ては その目の届くまで 背中が移動するにつれて 地図の大きさは無限になる ある限りの無限 言えるのはその程度で 手のひらの熱は 隣のあなたを温める程度で その日もきっと 誰かが白線を引く 「あそこに」と指をさす 遠い というのはほんとうだろうか

対蹠点(2019.12.25)

あなたはだれ その問いかけが なにを為すのか あなたを前にしても わたしであるとは言えないのに あなたを問うたところで わたしを埋められはしないのに 足で踏みしめられるものだけを あたたかいと感じる 天体を慰めにすべきでない これだけは永遠を覆さない 手を握ってみる 爪がくい込む 答えはそこにある

おもいで(2019.11.1)

生クリームをのせた パンケーキの傍らで 狐の死骸が 無数の蛆に喰い尽くされるのを 繰り返し眺めている 古いSF映画 近未来のレプリカントが 縋るように握っていたのは 紙に焼いた写真 データになった わたしたちのおもいでは もう擦り切れない もう縋りつけない 手触りも匂いも痛みも味も どこの森かは知らない 狐を喰い尽くした無数の蛆は 満たされて離れていく 灰にされた わたしたちのからだは 蛆を満たすこともなく 陶器の容積を占め続ける 次の法則が更新されるまで