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小説・持たざる者のサバイバル タロット愚者の旅1

ボロボロのマントを纏ったその男は
杖にしがみ付くようにして坂道を登った。
周囲が見渡せる場所に着く頃には
額は薄っすら汗ばみ、息切れがした。
男の視線の先には、小高い丘の上に小振りの城といえるほどの
石造りの館が建っていた。
もう何年、何十年経ったかも定かではない、
男は15であの館から旅立った。
記憶の中の館はもっと大きく立派だった。
館の周りは見渡す限りの農場と農園が今も広がっている。


男の名前はガロ、
本当の名前かどうか分からない。
ガロはこの地方で餓鬼とか小僧という意味だ。
ガロに親はいなかった。
どういう経緯でこの屋敷にガロがいるのか誰も知らないし
ガロ自身も何時どこから此処に来たのか分からない、
使用人仲間の茶飲み話で、ヨチヨチ歩きのガロは可愛かったと話したのは
大奥様の小間使いサルルだったが
彼女は迂闊なことを喋ってしまったと、それ以来
誰が詳しい話を聞きたがっても口を噤んだ。
ガロは空腹になると勝手口から竈の側に潜り込み
下働き達の目を盗んでは
テーブルの下にこぼれ落ちたパンを口に入れ、
農場の子牛に紛れ、母牛から直接乳を飲み、
飼い葉桶の中の野菜を馬と分け合いながら生き延びてきた。
少し背が伸びてくると屋敷の下働きの大人に混じり
春には牧羊犬と一緒に羊を追って走り回り
夏には旦那さまの広大な領地の中の川で馬を洗ってやり
秋には収穫したブドウの籠を背負って運び
冬には薪を手に屋敷中の暖炉に火を起こして回った。

意地の悪い牧童たちはいつも機嫌が悪く
ガロを邪険に小突き回すので
奴らが酒を飲んでいる時は素早く身を隠し
噂話を仕入れては小間使いたちに面白おかしく話して聞かせては笑わせ
恋仲の下働きと農夫の仲を取り持って
小遣いをもらう、
そんな術を身に着けた。

月に一度、温かなスープ(それもジャガイモの他に肉の切れ端が入っていた)が与えられた。
その日は決まって、朝早くに大奥様の小間使いサルルが納屋にやって来た。
サルルはガロを井戸端に連れていき痩せて小さな体を洗った。
ガロはその日が嫌いだったが
月に一度肉を多めに食べられるので我慢した。

その日だけは綺麗に洗濯されたシャツを着せられ
靴まで用意されたが、靴はいつも小さく窮屈だった。
支度が済むと、大旦那さまの部屋に通された。
大旦那さまはいつもベッドの中にいて
ギロリとこちらを睨み続けたが、声を発した事は一度もなかった。
しばらくして大旦那さまが手元のベルを鳴らすと
この屋敷のすべてを取り仕切る執事のジャンが
ガロの手を引いて食堂に連れていき
温かなスープを出すようにと調理番に言いつけ
食堂のドアのところまで行き、ふと振り返った。
ジャンはガロの顔を見つめ
「幾つになった?」と聞いた。
突然話しかけられたガロ驚き緊張して震えた。
調理番がスープを運んできながら
「旦那、この小僧に歳を尋ねても無理ってもんです、
なんせ自分の出生の・・あ、いや、その
生まれ日なんざ知りやしません」
「そうか、そうだったな、うん、そうだな」
そういうとジャンは指を折って数える風をしてから
「おいガロ、お前は今年で1

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