小説・持たざる者のサバイバル タロット愚者の旅3
≪ 12年前 ≫
奉公人や奴隷として買われてきた女たち男たちが
祭りの支度に忙しく立ち働いていた。
明日は一年の内でも一番大事で大掛かりな『春祭り』
大勢の賓客や近隣の農民たちを招いて
今年一年が豊作で安寧であることを祈る儀式の日だった。
「エマ!エマはどこ?大奥様がおよびだよ!エマ!!」
大奥様の小間使い兼女中頭のサルルが
険を含んだ声でエマの名前を連呼していた。
エマは去年の夏に奴隷商から買った女中だ。
手足が長く細い身体つきだが妙に胸が大きく
そこを若旦那様が面白がり、相場に色を付けを買い取った。
奥の小間使いとして表に出さなかったのは
大奥様が素早く若旦那様の意図を汲み取り、警戒したからだった。
エマはこの国の言葉が覚束なく
「メシ デキタ クエ」などと大奥様に向かって言うほどだった。
名前を聞くと「ワタシ ナマエ エカテリーナ」と答えたが
サルルが「どこのお姫様じゃあるまいし、御大層な名前なんざ
此処では要らないよ。お前の名前はエ・・エマだ
今日からお前はエマだ、いいね!」
エカテリーナは目を見張り激しく首を振りながら
「ワタシ ナマエ エカテリーナ!エマ チガウ」と
何度も訴えた。
その度にサルルから頬を打たれ尻を蹴られた。
とうとう3日目に蹲りながら
「ワタシ ナマエ エ・・マ」と受け入れた。
「まったく強情な娘だよ」エマを殴った腕を摩りながら
サルルはその場を立ち去った。
エマとなったエカテリーナは
サルルが見張る意味もあって大奥様の部屋で
下働きをした。
ガサツなサルルと違ってエマは
大奥様の衣装や装飾品、化粧品を濃やかに扱い
そこを見込んだ大奥様は髪を結う手伝いをさせたが
美しく結い上げるエマの腕前を気に入り
今ではサルルよりもエマを手放さなかった。
ある日、大奥様の目がエマの全身を捉えた。
エマの胸元が濡れていたからだ。
その日以降、大奥様はエマを側に寄せ付けなくなった。
「大奥様、エマが何か粗相でも致しましたか?」
サルルが恐る恐る尋ねたが
大奥様は「別に、何故?」と刺繡をしている手元から目を離さずに言った。
「あ、いえ、何もなければ宜しいので」
話はそれで終わった。
それから三月が経過した春祭りの前夜
「申し訳ありません大奥様、エマが見当たらず
皆に行方を聞いても誰も見ていないというのです
脱走でしょうか?」
奴隷が脱走となれば自分も無事ではいられない
サルルは身体の震えを抑え込み
肩で息をしながら大奥様に告げた。
鏡の前で髪をくしけずっていた大奥様は
「そう、たぶん倉庫か馬小屋か牛小屋・・そうねぇ
屋敷から一番離れた牧草小屋の藁の中にでもいるんじゃない?」
ブラシから手を放し、落ち着いた声でサルルに告げた。
「牧草小屋の藁の中でございますか?なんでそんなところに・・」
当惑するサルルに
「お湯を多めに沸かしておくことだわね
さぁもう寝るわ」そう言いながらベッドに移動する女主人に
「はぁ・・お休みなさいまし」と挨拶し
サルルは慌ただしく牧草小屋に走った。
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