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小説・持たざる者のサバイバル タロット愚者の旅4

サルルが階段を駆け下りようとしたとき
大奥様に呼び戻された。
「よくお聞き、これから牧草小屋まで
誰にも見つかってはいけないし
誰かを連れて行ってもいけない。
今夜はアノ占い婆が泊まっているだろうから
彼女を連れて行きなさい」
何故この屋敷の者ではなくアノ占い婆を連れていくのか
訝しく思ったが質問など許される雰囲気ではなかった。

占い婆は調理小屋の竈の前で居眠りをしていた。
「婆さん、婆さん起きとくれ」
「なんだよ、ワタシャ何も盗み食いなんぞしてないよ
今夜は冷えるから竈の残り火で温まっていただけさ」
「そんなんじゃない、大奥様のお言いつけだよ」
「なんだね、こんな夜更けに占いかい?」
「違う違う、なんでも婆さんを連れて牧草小屋に・・」
つんのめる様に喋るサルルを占い婆はギロリと睨んだ。
「また娘っ子が姿を消したのかい?」
そう言うが早いか、婆さんはテキパキと指示を出した。
「納戸に行ってシーツを2~3枚持って来な、
ワインの他に強めの酒も一緒に、それからちょいと大きめの鍋
後は松明を持って着いてきな」
サルルは言われるがままにバタバタと走り回り
占い婆は薄い皮でできた大きな巾着の中を
あれこれ確認して「よし」と気合をいれ
巾着を背負うとサルルを従えて牧草小屋へ急いだ。

小屋の中は真っ暗で乾いた草の匂いが充満していた。
奥のほうから呻き声が聞こえてくる。
サルルが小声で「エマ?エマかい?」と呼びかけると
呻き声は止んだが、少しするとまた聞こえてきた。
婆さんが声のするほう進み
松明の火を気にしながら辺りを照らすと
若い女が藁の上で自分の腕を嚙みながら呻いていた。
松明に照らされた額は汗ばみ髪が貼りつき
着衣は乱れ、腰の辺りは大量の血で滑っていた。
サルルは一瞬、エマが暴行されたのかと思ったほど
壮絶なお産現場だった。
それももう直ぐ生れ落ちる時・・

呆然としているサルルに占い婆が激を飛ばした。
「何をボウっと突っ立っているんだ
外の井戸水を汲んで鍋で湯を沸かしな!
牧草はあちこち飛んで危ないから周りを石で囲んで
竈を作るんだ。持ってきたシーツを1枚こちらへ、
あぁもう頭が出かかってる、直ぐに産まれるよ!」

サルルは何故?相手は誰?何時から?など
頭の中を駆け巡る疑問に支配されそうになりながらも
懸命に簡易的な竈を作り、火をおこし、鍋で湯を沸かした。
それにしても・・・

謎は大奥様が何故エマのお産に気づいたのか?
何時知ったのか?だった。
一番の謎は婆さんの
「また娘っ子が姿を消したのかい」という言葉だ。
牧草小屋へと言っただけで何故占い婆は
シーツや鍋を持って、お産の用意しろと言ったのか?
何故自分はエマの変化に気づかなかったのだろう。


朝日が昇るのにはまだ間があったが
東の空がだんだんと赤みを帯びてきた頃
弱弱しい産声が聞こえた。

シーツに包まれた小さい赤ん坊が
エマの隣に寝かされた。
「男の子だよ」
エマは紫色の唇で
「ナマエ ハ アレッサンドロ
 サルル アリガト カンシャね
 コノ人ニ ワタシ ト コノコ ノ シュクフク ヲ
 オネガイ シテ」
掠れた声で切れ切れに言った。
「祝福だって?
 はんっ!止しとくれ!!

 ワタシャその祝福とやらを飯の種にしてる連中から
 散々な目に遭わされてきたんだ、今もね」
婆さんは息巻いたが、早口だったからかエマには通じなかった。
「オネガイ シュクフク ヲ
 ワタシ コノコ ト モウ オワカレ・・
 コノコ ヲ ・・・」
「何言ってのさ、生れたばっかの赤ん坊だよ
 誰が面倒みるのさ、あたしゃ嫌だよ、おっぱい出ないし
 エマ!しっかりするんだよ、第一この子の父親は誰?」
弱弱しく首を振ると、エマは優しく赤ん坊に口づけした。

占い婆がエマの手を握った。
「ワタシャ坊さんでもなきゃ教会にも行かない一介の婆だけどさ、
 いいかい、よくお聞き、この世の恨み辛みは
 アンタがこの藁の上に流した血と
 赤ん坊の頬っぺたの上に流した涙と一緒に
この世に置いていくんだよ!
 心が軽くなれば

 アンタ達が憧れる天国とやらに行きやすくなるだろうさ
 赤ん坊のことは心配すんな、
 春祭りの日に産まれためでたい子だよ、好きなように生きていくさ」
占い婆の言葉が分かったのか
エマは微笑んでもう一度赤ん坊に口づけしようとしたが
もうその力は残っていなかった。

大奥様は事の顛末を聞いたが
さして驚くでもなく気に掛ける風でもなかった。
赤ん坊のことは聞かれなかったので
サルルは少し安堵した。
大奥様には内緒にしておけと占い婆に言われていた。


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