世界の料理

中国人舌、インド人舌、ヨーロッパ舌。(私が訪れた国)
私は、旅に行くたびにその国の舌を手に入れたい気持ちで現地の食べ物を食べる。辛いものに慣れている中国人が羨ましくて火鍋を食べるが、一発で胃にくる。カレーを食べればうんちはカレー臭く、肉ばっかり食べていたヨーロッパでは獣くさくなった。体に影響を出しながら、私自身の舌がその国の舌に変わって行くのを感じたい。ドイツ語圏にいるとありがとうよりもダンケシェンが口から出たり、アラビア語だとこんにちはよりアッサラームアライクムが口をついて出てきたりするように、脳みそもまたその国にシフトしてくる。
「電車遅れてんの?」
「はっはっは。普通普通」
のように思考がその国に合わせてゆったりとしてくるのも旅の特徴だ。とは言っても言葉には限界があるから完全なアラブ脳になるのは大変だ。しかしアラブ舌にはなることができる。中東のヨルダンに行ったとき、アラブ料理にときめいて毎日食べすぎていた。食後のデザートや小腹が空いたときによく食べていた「マームール」というデーツ(ナツメヤシの果実)が入ったお菓子があって、お土産として大量に買って友達にあげた。それを試しに自分の家で食べてみると、とてつもない甘さでヨルダンで食べたときと何かが違っていた。自分が日本舌に戻ったことを実感した。

もっとアラブ編
中東の旅には二週間ほど行った。アラブ料理は日本では一般的ではないためヨルダンではじめてのアラブ料理デビューであった。日本語に訳しても想像のつかないものが多くある。例えばホンモスと言われるひよこ豆ペースト。これをホブズと言われるピタパンのような生地につけて食べる。主にこのホブスをチーズや、ヨーグルトやオリーブ油入りのホンモスにつけて食べる。ホンモス、ホブズ、ハンマーム、マームール、似たような名前が多くて覚えにくい。ちなみにハンマームとはトイレの意味である。アラブ脳になりかけた友達がハンマームハンマームといいながらお菓子屋でマームールを探していた。

私の今回のヨルダンとパレスチナ、イスラエルを訪れた目的はシリアから逃れてきた方たちや、難民キャンプ内の見学、パレスチナでは今も現在進行形で続く二カ国の現状を見に行くためであった。テレビで報道される映像、歴史で勉強した中東戦争、私は自分が世界で起こっていることを知らないことに違和感を覚えていた頃、たまたま中東に詳しい人と知り合って行くことができた。ヨルダンでは女性や子供の心のケアを行うボランティア団体、難民キャンプ内で活躍する医療団体、シリアで婚約したあとヨルダンで再会した恋人たち、などたくさんの出会いがあった。ヨルダンで暮らしているその恋人たちは当時、ダマスカス大学の学生たちであった。チュニジアから始まった民主化運動の影響でシリアでも市民が政府に対して運動をし、それを武力鎮圧した政府によって今知られているシリアでの様子になっていった。あるとき彼らの隣町で、政府をからかう落書きをした少年が腕を折られるということが起きた。それを知った彼(名をムハンマドという)は自分の街でも民主主義でなければならないと思い活動を行っていった。それから街は政府に包囲され、ムハンマドも危険人物としてマークされた。その街で自治組織のリーダーになった彼は(それも投票で決めた)あくまで無暴力を貫き、みんなの食料を一つに集めて配ったり、政府には屈しない姿勢を取り続けた。そしてムハンマドはいよいよシリアにはいられなくなり国境の見張りをかいくぐって、砂漠のベトウィンに助けてもらいながら走った。彼は興奮もせず、冷たくもなくこれらの話をしてくれた。寝泊まりしながら朝にとった砂漠での写真をムハンマドは見せてくれた。友達が殺され、身一つで逃げてきたムハンマドの気持ちを考えると、砂漠での朝日はまぶしく、私はどうにもならない気持ちだった。既にヨルダンに逃げていた恋人と再会し、今は二人で暮らしている。そして来年赤ちゃんが生まれるらしい。ちなみに初めて会ったときのムハンマドの顔の印象は、均整のとれた目で、 おでこはピタッと張っていてとても格好よく、いい顔だった。彼の口から出てくる言葉を聞き逃さないように、耳をすまして聞いていると、その話の内容の激しさと、彼の淡々としゃべる顔を見ながら私はゲシュタルト崩壊を起こした。彼には滞在期間中二日間しか会っていないが、私はシリアに行ってみたい気持ちが大きくなった。ムハンマドと奥さんと赤ちゃんと私で彼の祖国で一緒に遊ぶのを私は夢見てる。

アラブ料理の一つにドルマというものがある。これはご飯や肉がぶどうの葉っぱの中に包まれている料理である。パレスチナの家庭にお邪魔したときは、ぶどうの葉っぱだけではなくキャベツや人参に包まれているドルマも出てきた。調べてみるとドルマデスというギリシャ料理と、日本のロールキャベツの起源らしい。初めて食べるドルマに新しさを感じつつも、世界のつながりを不思議に思った。

何度か家に招かれて家庭料理を食べる機会があった。どの家に行っても大皿料理がどどどんと平均三皿は出てくる。家に行くとまず甘いシャイを二杯ほど飲んでおしゃべりする。シャイはとても甘い紅茶で、日本人にとってはとても甘いのだがアラブ人はそれを毎日何杯も飲む。反対にコーヒーは甘くなくカルダモンがよく効いて大人の味であるのだが。おしゃべりに花が咲き、ゆったりしていると気づいたら「ご飯食べていきなよ」という流れになっている。アラブ人のおもてなしは有名な話であるからここで慌ててはいけない。夕食が近づくにつれて徐々に親戚が集まってきて(しかも全員女性)あれよあれよと人だらけになった。この日は大皿に乗ったマックルーベが登場した。マックルーベとは鍋に米、揚げたナス、鶏肉、などを層にして炊いた米料理。鍋をお皿にひっくり返してナッツを上に散らばせれば出来上がりである。油が多いアラブ料理はマックルーベも例にもれずオイリーであるが、その大きなお皿を家族で囲んでつつきあうのは家族の一員に入れてもらえるようなくすぐったさがある。ご飯やお茶を頂くたびに、自分がわがままな気分になるが嬉しいので一緒にご飯を食べる。これこそ家族の料理だなと、家族を大事にするムスリムにとってぴったりだと思った。私はこれからアラブ料理を食べるたびに恐らくこの家族の光景が思い浮かぶのだなと思った。酢につけたカリフラワーやカブを途中にはさみながら美味しそうに食べている私たちに向かって「シリア料理が世界に知られるようになったわ」とお母さんが言った。「世界に散らばったシリア難民が美味しいシリア料理を広めているのよ」ともう一度言った。複雑な気持ちになりながら日本での難民問題が頭をよぎった。

日本に帰ってアラブ料理を猛烈に食べたくなり、食べられるところを探してみたらネット情報によるとシリア料理は広尾に、旅中に食べたイエメン料理は群馬にあるらしい。(カフェ的なものは代官山にもある)食から中東に興味を持つ人も多いから今度友達と行ってみようと思う。これから日本にもっと外国人が増える。世界の料理を食べられるようになるからますます楽しみになるのと同時に少し寂しい気がする。インドでカレーの食べ方をインド人に教わったりわらわらと人が集まって皿を囲んだヨルダンでの光景を、ただ食べるだけではなくその環境もセットで味わいたい。そのために次はどこにいこうかな。


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