いろいろな家

毎日、生きている。食べるもの、着るものは変化するのに寝るところは毎日ほぼ同じ。私にとっての家とは?
テント泊。テントで寝ると、大体の確率で背中に大きな石が当たる。テントの中ではみんな必死で、もぞもぞと動きながら自分のポジションを確保する。それでも朝起きると、隣の友達の強力な攻めによって、結局体育座りに近い形で目を覚ます。快適に眠ったことがない。
無人島での夜。木で作った屋根だけの家。海風は想定していたが、山からも風が吹くため、めちゃくちゃ寒い。数時間ごとに起きてしまうが、時計がないので何時なのかわからない。雨で体も濡らし、夏の夜なのに凍える夜を過ごす。
今年の冬、雪国北海道に行って初めて外で寝た。雪のブロックを積み重ねていって天井を狭くしていくイグルーを作った。自分一人がようやく寝れるスペースのイグルーであったが、丈夫で案外寒くなかった。アラスカで暮らすイヌイットの気持ちになりながら目を閉じていると、私は熊と鹿と自然と寝ているんだなと嬉しくなった。
自分の家の布団。枕なしで大の字で寝る。夏には、屋根があってよかった、と思いながらもなかなか寝付けない。あまりに環境が快適だと体がなまってしまうので冬は寝袋で寝ている。体の動きが取りづらくていい運動になる。
初めてのアジアに着いて、訳もわからずタクシーで宿に向かう。ラジオから、日本にはないメロディーの音楽が流れてくる。懐かしさを感じ、あっこの国好きだなと直感する。バスはビルマ語とその人々でいっぱい。アジアの夏の夜は、全体的に薄い黒色で、歩行者のギョロッとした目がこっちを見る。一時間ほどたって通りに人々も多くなってきたころ、車が止まった。運転手が左の建物を指差していた。廃屋みたいに見えて、隣との家の感覚が狭くて、私は一気に心細くなった。放り出された私は、このとき外国にきた! と震えるのだ。
ときに眠れない日もある。焦れば焦るほどもっと眠れなくなる。羊を数えるのも飽きて、他人の寝息に合わせて呼吸してみても眠れない。私はそんなとき、自分はアドベンチャーレースに出ているんだと思い込むことにしている。アドベンチャーレースとは数日かけて、あらかじめ決まっているコースのタイムを競うものだ。レースに出る人は、少しでも早く着くために、ほとんど寝ないで夜も山を登る。眠れない私はレーサーなんだから寝なくても大丈夫、と言い聞かせながら朝を待つ。
家とは、ただ自分を雨や風、泥棒から守るだけのものではない。家とは本来その地域に根ざしているはずだ。その場所でしか見ない夢や、抱かない気持ちがある。私はまだまだいろいろな家に泊まりたい。モンゴルでのゲル。砂漠での一夜。あー、おやすみなさい。(AM三時)

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