会社+αの収入源を得ようとFXをしていた頃の話(No.7)

高卒で社会人になったが、当時は定年まで勤めると思っていた。

役員面接で、『なぜ、そんなに緊張しているのか??』的な質問を受けて
『自分が定年まで勤める会社の面接なので緊張します!』と言ったのを、今でも鮮明に覚えている。
。。。結果としては6年半くらいで辞めたのだが(笑)

入社して、2年くらい経ったある日、
ふと自分の将来の事を考え、『生涯賃金』と『一生の支出』を計算したところ、
どう楽観視しても、『自分の人生の収支が赤字である』事に気付いた。
(結婚せず、1人で細々と生きる分にはギリギリ±ゼロの試算結果だった。)

それから『会社の給料以外の収入を得よう!』と思った。
20歳になったら、あらゆる事は自己責任で契約して実行できる
という認識があったので、独力で色々調べ、証券会社の口座開設した。

ドブに捨てる覚悟で、その証券会社に余剰資金20万円を入金してFX(外国為替証拠金取引)を始めた。
当時は100倍(※1)までレバレッジを掛けられたが、コワくてそれは出来なかった(笑)
※1→為替相場が1円動くと、100万円が増減する。と思えば概ね正解である。

当時、使っていた携帯電話はガラケーである。
今でこそ、色んな証券会社が便利なアプリがあるが、
当時は営業職をしながら、ガラケーのブラウザで『更新』を繰り返して、
相場を見ながら、売買を繰り返していたのである。

20万円の軍資金から始めたが、半年後には360万円になっていた(汗)
当時の心境としては、『延々、プラスに出来るなら、会社辞めて良いな♪』と思っていた
そこから、リーマンショックが来て、ロスカットや損切りを繰り返して、
その年はプラス80万円で終える事が出来た。

。。。振り返るとだいぶ怖い事してたな(笑)


稼いでいく過程での紆余曲折の一端である。

今は個人事業主として、アレコレ試行錯誤しながら、
複数の収入源を得られる様に、事業展開している最中である。

長くなってきたので、続きはまた今度♪

唐橋 祐樹(からはし ひろき)

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