防衛装備移転三原則における第三国移転の論点

 ここでは、X(旧Twitter)では分量的に書き切れないものの、論文や論考にするほどでもない事実関係の整理などについて、備忘録的に書いていきたいと思います。(なお、これらは筆者個人の見解です。また、いつまで続くかも分かりませんし、すぐやめるかもしれません。)

GCAPを巡る国際共同開発品の第三国移転問題
 今回は、日英伊戦闘機共同開発プログラム(GCAP)を巡って焦点が当たっている、防衛装備移転三原則(以下「三原則」)の再見直しについてです。三原則については、2023年12月末、共同開発した防衛装備品の第三国への日本由来の部品・技術の直接移転や、従来米国への部品・技術の移転のみに限られていたライセンス生産品に係る米国以外を含めた完成品の移転などが新たに認められるようになりました。しかし、その前の段階の自民党・公明党与党協議では、一旦は共同開発した装備品の第三国への本格的な輸出を認めると思われていた公明党が態度を変化させたため、共同開発した完成品の日本から第三国への直接輸出を認めるか否かの判断が、2024年に先送りされました。これを受けて、政府・自民党は、GCAPにおいて開発された戦闘機の事例に限り、第三国への完成品輸出を認めるという限定案を軸に、第三国移転への慎重姿勢を崩さない公明党と調整する方向性が報じられています。

 この三原則の下での第三国移転規制問題をめぐっては、ジュリア・ロングボトム駐日英国大使がGCAPへの影響を懸念する発信を行っています。当該発信に対しては、報道等において、第三国移転問題についてやや誤解や混乱が生じているような印象があるため、事実関係を少し整理した方が良いだろうと思っています(もしかしたらその印象自体が誤解なのかもしれませんが、念のためです。)。

現行三原則下で可能なことと不可能なこと
 さて、共同開発品の第三国移転については、2023年末改正前の三原則下においても、共同開発の相手方が日本由来の部品や技術を組み込んだ完成品を第三国に移転することを一律に否定していたわけではありませんでした。もっとも、当該移転についての具体的な規定が三原則の運用指針に書かれていなかったので、共同開発品の第三国移転をどう位置付けるかの整理は必要とされていました。
 第三国移転全般としては、防衛装備品・技術移転協定を締結した国との間で、日本の事前同意を与える手続があります。また特に、部品等を融通し合う国際的なシステムに参加する場合(事例:米国によるF-35部品の国際的部品融通システム(ALGS)への参画など)や部品等をライセンス元に納入する場合(事例:F-15・F-16戦闘機搭載F-100エンジン部品の米国への納入)等においては、移転協定の下での事前同意手続にはよらず、仕向先国の輸出管理体制の確認をもって第三国移転を可能とする簡易な手続が運用指針に規定されています。
 2023年末の改正は、これらに加えさらに、共同開発の相手方が日本由来の部品や技術を組み込んだ完成品を第三国に移転するに当たって、維持整備等のため日本から当該部品や技術を第三国に直接輸出することが求められる可能性を考慮し、それら部品・技術の第三国への直接輸出を可能としました。また、移転協定の下での事前同意手続によらず仕向先国の輸出管理体制の確認をもって第三国移転を認める簡易な手続の対象に、そうした場合(技術的機微性が高い場合を除く。)が加えられています。
 したがって、これらを踏まえれば、例えば、日本の部品や技術を組み込んだ日英伊共同開発戦闘機(GCAP)の完成品が英国又はイタリアの工場で完成品として組み立てられた場合、日本が事前同意又は第三国の輸出管理体制の確認を行うことにより、それらを英国又はイタリアが第三国に輸出することは制度上可能だと言えます。またその際、維持整備等のため、部品や技術を日本が当該第三国に直接補充するというようなことも可能となります。
 ただし、三原則やその運用指針は、外為法履行のための運用基準という位置付けですので、個別の案件は、国家安全保障会議等で審議の上、移転の可否を決めるという建付けになっています。
 一方、GCAPの戦闘機は日英伊企業のジョイント・ベンチャー(JV)により製造されることとされているので、第三国輸出のため「平等なパートナーシップの精神」(2022年12月日英伊共同首脳声明)の下で製造分担を行う中で、日本から完成品を輸出することが求められるケースも想定されるわけです。しかし、2023年末の三原則改正では、こうしたケースへの手当てが依然として行われていません。

GCAPにおいて何が問題となり得るか
 上記のとおり、現行の三原則では、共同開発の相手方が共同開発品を第三国輸出することに日本として同意を与えることは可能であり、また第三国への部品・技術の直接移転も可能となりました。このため、英国又はイタリアが主導する第三国輸出案件について、日本が拒否権を行使してブロックすることが制度上前提となっているわけではありません。もっとも、第三国がどの国かによって、日本が案件個別の判断として事前同意を与えないという選択肢はあり得ます。しかしこれは、外為法や、国家安全保障会議の審査を通じてその適正な運用を確保する三原則そのものに内在する考え方であり、共同開発や第三国移転特有の問題というわけではありません(むしろ、そのような個別判断にゆだねる制度設計は妥当です。)。
 さらに言ってしまえば、これは日本や三原則固有の問題でもありません。英国が欧州各国と共同開発したユーロファイターの第三国輸出においても、サウジアラビアへの追加輸出をめぐり、共同開発国のドイツが事前同意を与えない姿勢を維持していました。これは、サウジアラビアのイエメンへの軍事介入やいわゆるカショギ事件(ジャーナリストのジャマル・カショギ氏がトルコのサウジ大使館内で殺害されたとされる事件)を理由として、ドイツがサウジへの第三国輸出に厳しい態度をとっていたことによるものです(2024年に入りドイツはこの方針を事実上撤回したとされています。)。したがって、ロングボトム英国大使の発信は、このような英国の過去の経験を踏まえ、なるべく予見可能性の高い形で第三国輸出の可能性を捉えたいという意図だと解釈すべきでしょう。
 なお蛇足になりますが、防衛装備品の第三国移転について、米国の規制は日本と同等かそれ以上に厳しいものと言えるかもしれません。米国の武器輸出取引規則(ITAR)では、例外を除き、基本的に米国製の部品や技術を組み込んだいかなる製品の第三国移転にも同意を要する「シースルー(see through)規制」を運用として採用しています。これに対し、機微汎用品の輸出許可を与える輸出管理規則(EAR)では、「デミニミス(de minimis)規制」が採用され、部品組み込み割合が一定比率以上のもののが再輸出規制の対象となります。日本の三原則では、上記のとおり、部品等の内容によっては相手国の輸出管理体制の確認をもって第三国移転を認める簡易な手続もあるので、この点だけを見れば、他国と比べて著しく不合理というわけではないと思います。
 
 一方、完成品の日本から第三国への直接輸出が認められない場合、日英伊の中での「平等のパートナーシップの精神」に基づく製造分担の議論で、日本が不利な立場に立たされる可能性もあります。それぞれの国の製造キャパシティを踏まえた分担の議論が行われるでしょうし、その中では、将来的な第三国輸出のキャパシティも考慮要素となるかもしれません。
 ロングボトム大使が日本メディアに寄稿したことで、あたかも英国が自らの利益に反する日本の規制に懸念を示しているような印象に見えています。しかし、上記の整理を踏まえた場合、それは違うと思います。むしろ、完成品の直接輸出が解禁されなくて不利になるのは、英国ではなく日本の方です。日本が完成品を第三国に輸出できなければ、英国やイタリアの製造数が増えて、より一層それらの国の基盤強化につながるからです。
 つまり、日本政府がGCAPにおける製造分担の議論で日本が主導的役割を果たす意欲を示しているにもかかわらず、当該規制により、日本が「平等なパートナーシップ」ではなく、半ばジュニア・パートナーとなって共同開発に参画することになる懸念が残されているということでしょう。






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