見出し画像

フィリピン最大の民放にプロバスケットボール撮影用の大型中継車を4か月で納入する


フィリピンではTV中継車は現地製だけであった。TV局の要請によりジプニーを生産する下町の自動車工場で特注制作したカメラ等撮影用機材の運搬車が使われていた。ジプニーとは米軍払い下げジープを改装した乗用車や小型バスで、フィリピンでは車体の板金などの生産技術はそれなりに発達していた。庶民の足として主な交通手段であった。

同国で最大の民放TV局では全国に移動開催される人気プロスポーツ、バスケットボールの試合を生中継する事で視聴率が稼げるとの目論見から、撮影現場でスローモーション等を取り入れた番組編集ができるような本格的中継車を導入することになった。

この情報を得た我々の代理店から最新の機材を搭載した大型中継車の引き合いを受けた。価格や納期について、現地製のものとの比較があって結構厳しい条件を頂いた。特に納期については契約後4か月という事であった。当時のラモス大統領が出身地の北部ルソン島パンガシナン市での試合を観戦されるという国を挙げてのイベントに使う為であった。

以下大型TV中継車を契約後4か月で納入する方法について語る前に言葉の意味として、貿易に携わってない読者の為にL/Cの意味を述べます。信用状(L/C)とは貿易決済を円滑化する為の手段として銀行が発行する出荷・支払い確約書の事。

当時、元勤務先のTV宣伝費は莫大なもので、今回の購入は来年度の宣伝契約との交換取引との事であった。つまり当社の販売契約金額と同額以上の来年度の宣伝契約を締結する事が条件であった。在フィリピン販売会社に出向き、主たる部品は同社の物を使用するという説明をして相談すると、どうせTV宣伝は実行する予定との事で快く引き受けて頂いた。

契約書に代わり同局から約200万ドルのL/Cを発行頂いた。次に価格積算時に見積もりを頂いた自動車メーカーに左ハンドルのトラックシャーシーの納期を確認した。日本国内では材料在庫があった場合でも納入には最低2か月は必要との事であった。また車体改装の見積もりを頂いていた千葉の会社によると車体制作に必要な時間は最短4か月との事であった。これでは合計4か月での納入はどうみても不可能である。

対策を考えた結果、自動車メーカーのアドバイスもあって、自動車販売会社のマニラ支店を訪問した。するとショールームに今回の制作に必要な10トントラックのシャーシーが展示してあり、担当の方に相談すると、日本への積送は可能とのことであった。帰国後、直ちに約束のL/Cを開設し、車体の到着を待った。マニラから横浜への航送は4日につきこれによって先方の納入期限はギリギリ守れる可能性が出てきた。

横浜での通関を済ませてシャーシーを千葉の工場へ陸送し、車体の制作を始めてもらった。同時に大急ぎで制作に必要なAV機器の調達を始めた。各メーカーと取引条件を決めてそれに従った送金やL/C開設を実行した。車体の制作会社で、今回の案件の準備室をあてがわれたので、駐在員を派遣して、到着した部品の管理とAV機器の搭載・設置計画を管理してもらった。

カメラの次に大きな金額の買い物であったのは基幹部品である米国製のビデオ制御卓で、交渉後の金額は一台で約20万ドルだ。ファイナンスしてくれる約束の銀行で、局から貰ったL/Cを担保に米国メーカーへのL/C発行手続きを行った。

契約後ひと月ほど経って、次の仕事を探しにドバイへ出張中に大阪本社から連絡があり、
マニラからのL/Cがキャンセルされたと銀行が騒いでいるとの事であった。それはないだろうと思い、TV局へ連絡すると、単にメインバンクを変更するために一旦キャンセルした、代わりのL/Cをすぐに発行するとの事。其の通りになったので、事なきをえた。

次に基幹部品である米社から当社のL/Cが2週間経っても到着しない。状況を教えてほしいとの連絡があった。銀行に問い合わせると、米国に到着してから経由銀行が2行ほどあり、そのひとつで手間取っているとの事であった。銀行の大阪支店では決まりにより東京の本部から問い合わせているとの事であったので、返事を待っていたが、3日経っても返事が来ない。しびれを切らして、大阪の外為担当課長にドバイから電話して、自身で米国に電話確認して下さいと言ったところ、それはできないとの事。

貴行では英語の試験はなかったのかと、失礼なことまで言った。後で銀行の担当者から聞いた事だが、結局ご本人が電話してくれたらしい。その甲斐あってか米社からL/C到着の連絡があった。ドバイから帰国後、土産を持って銀行にお礼に行った。全ての関係者会社の協力の甲斐あって仕事は進み、数件の発注忘れと納期遅れの部品を除いて中継車の組み上げは完了した。

次は横浜からの輸出とマニラでの輸入手続きである。インボイスの表現を『OBバン1台』でどうかとの意見もあったが、使用部品の詳細も書く事にした。これは後でマニラでの通関時間の短縮に役立った。今回も航送は横浜港発の自動車専用船が使われた。

残るはマニラでの残材の組み上げと最終調整だけとなった。現地での通関と引き取り完了の連絡を待ち、設計施工の作業を請け負ってくれた会社と当社のエンジニアを始めとする技術者が出張、マニラ側の技術者も併せて局の中庭で一週間の徹夜作業の末、ぎりぎりで約束の引き渡し期限に間に合った。

引き渡しの日には盛大なセレモニーをしてくれるとの事であったので、マニラに出張した。私と元勤務先会社フィリピンの取締役が招かれ、同局の会長に大きなキーのオブジェを渡した。楽団の生演奏のなか、カトリックの神父さんが車体各部に安全運行を祈念して聖水を付けていた。さすがはカトリック国のTV局、一連の儀式は生放映され大変光栄な式典であった。

当時資本金1000万円で設立4年目、人員は男女合わせて7名の会社には重たい案件であったが、初めての経験にも関わらず4か月でTV局向け大型中継車を納入できたのは国内外の関係会社や人々との人間関係が良く、皆でお互いの弱い部分を助け合い、心を一つにして仕事に取り組めたおかげだと思った。ちなみにこの案件に協力頂いた主な会社は、

民放TV局 : エンドユーザー
当社代理店 : 現地交渉とメンテナンス
日本の銀行 : LCを担保に制作資金の貸し付け、購入用LC発行と送金
AV企画会社 : 中継車のオーディオ・ビデオ部分設計施工
自動車改装会社 : 車体の設計、加工
現地自動車の販社: 10トントラックシャーシーの車両調達とメンテナンス
元勤務先(大阪) : カメラを始め、主な商品の供給
 同(フィリピン): TV宣伝費とのバーター契約に協力
他の部品の供給元: 日本国内外のAV機器の供給
乙仲会社 : 車体の海上運搬、 調達部品の航空運搬

画像1


今回の仕事で勉強になったのはプロジェクト販売には多くの会社が関わる為、良好な人間関係の構築と継続が大切という事。皆が利他の心と感謝の気持ちを持ち続け、一緒に仕事をしたら気持ちいいし、楽しい相手だと思ってもらえる事だと学んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?