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「TOKYO NIGHT PARK」水野良樹 3月19日放送分 ~5年後10年後、今を振り返るとき、恥ずかしい自分じゃないように~

毎週いろんなゲストの方にいらしていただいていますけれど、今週は久しぶりの水野良樹ひとり喋りでお送りします。近況としては、いきものがかりがおかげさまで3月15日にメジャーデビュー15周年を迎えました。ありがとうございます。でも、上を向いたら20年、30年、40年、50年とやられている先輩方がたくさんいらっしゃって、本当に誰も引退してくれないので(笑)。たかだか15年で大きな顔はできないんですけれども。とはいえ、短いようで長い15年。メンバーともよく言うんです最近すごい才能がどんどん出てくるなかで、自分たち程度の才能、技術だったグループがこうやって15年やれたのは、本当にみなさんのおかげでしたって思うんですね。繋げていってもらったなって。「あのとき、あのひとに出会っていなかったら…」ということばかりの15年なので。自分たちの力というよりは、一緒に物語を作ってもらって、たまたま僕らが真ん中にいただけな気がしているのが正直なところです。

とくにこの5年ぐらいは強く思いますね。デビュー10周年に地元の海老名、厚木で『いきものまつり』を大きな形でやってもらって。そこから放牧があったり、独立もあったり。かなり内側ではいろんなことが起きていました。今だから言えますけど解散してもおかしくなかったと思うんですよね。でも結局それを選ばずに続けて、もう5年経って。その間にも助けてくれるひとたちがたくさんいて、それで今があるので。もう本当に自分たちだけのものではないなと感じるこの5年間、そして15年間だったのかなと思います。

デビュー15周年前日の3月14日(日)に『いきものがかり デビュー15周年だよ!!! 〜会いにいくよ〜特別配信ライブ』と題しまして、横浜アリーナでライブをやりました。無観客の配信ライブです。昨年、ツアーが2本中止になって。2本という数字で言うと、少ないかのように思えるんですけど、数十本のライブが飛んでしまったんですよ。春はホールツアー、秋はアリーナツアー。延期して、2021年の春ぐらいにやれるかなと思ったら、それも難しくなって。本来だったら横浜アリーナも有観客でやるつもりだったんですけど、チケットを売ろうというときに、緊急事態宣言が出てしまって。やむなく中止になって。だけどデビュー日の前日だし、全国のみなさんに観てもらおうということで、配信ライブをやったんですね。

正直なところ、配信ライブの演出とかスタッフさんにかなり無理を言いました。実はリハーサルもコロナの状況でいつもの感じではできないんですよ。通常なら、リハーサルを1か月ぐらいやって、そのままの調子でスムーズにライブに向かうんだけど。スケジュールもぐちゃぐちゃになっているし、スタジオを押さえるのも大変だし、ミュージシャンのみなさんにも調整をしていただいて、なんとかやって。それも限られた日数でどれだけ用意できるかみたいな状態でやっていたんです。だから配信ライブでいつもと違う演出をやることがなかなか難しくて。現場ではいろんな話し合いをしました。僕も今までにないぐらい、スタッフのみなさんに強い言葉で言ってしまったりもして。とはいえ、いきものがかりが15周年で届けるのはどういうものが良いのか、スタッフのみなさんも可能なことはないか、すごく考えてくれて。僕らのワガママを聞いてくれて。ああいう形でライブができたんですよね。配信ならではのカメラアングルであったり、演出であったりも、僕らなりのメッセージになりました。

さぁ、ここで1曲お届けしましょう。そのライブで初披露となりました、まさにこの1年があったからこそできた曲。自分も想いを込めた言葉、タイトルになりました。いきものがかりで「TSUZUKU」。

いきものがかり「TSUZUKU」


歌詞:https://www.uta-net.com/song/300025/

これは昨年のちょうど今頃ですかね。『100日後に死ぬワニ』という作品がインターネットのなかですごく話題になって。1日1日、その物語が進んでいって「100日目が来たときにワニ君はどうなるのか?」と。僕らは途中でその作品に関わることになりまして。2月の半ばぐらいにきくち先生にお会いして、そこから曲を作って、「生きる」という曲をその100日目に公開して。そのあと、いろんな意味で厳しい言葉も飛び交い、すごい春になってしまったのですが…。

いきものがかり「生きる」

歌詞:https://www.uta-net.com/song/283430/

あれから、ワニ君がいなくなってから、1年経って。その後を描く『100日間生きたワニ』が映画化されることになりまして。その映画化されたワニ君に曲を書くということで、今回の「TSUZUKU」ができあがったんですね。これ、本当にいろんな想いが込められていて。やっぱりあのときあったことを僕はずっと考えているんですよね。100日間のなかで、恥ずかしいことを僕らは何もしていなくて。否定したいことはたくさんあって。実際にあの場で否定したりもしたんですけど。いろんな想いが絡んで、つらい気持ちになって。何よりきくち先生がつらい気持ちになったと思うんですけど。でも、きくち先生は最後までブレなかったですね。そして今もブレていない。だからその姿がすごく刺激になって。

あのとき100日間、みんな追いかけて、みんな自分の話をし始めてね。「自分も若くして旅立ってしまった友達がいた」とか、「自分もこの1日1日を大切に生きているだろうか?」と考えて胸に迫るものがあったりとか。ネットのなかでいろんな言葉が飛び交いましたよね。みんな自分の物語をワニ君を通して考えて、喋って、大きなムーブメントを呼んだんだと思うんです。それが、陰謀論的なものというか、自分たちからすると「なんでそんなふうに捉えるんだろう?」というような嵐がバーッと起きた瞬間に、みんなそれぞれが思っていた物語を隠してしまったり、投げ出してしまったり。それはすごく悲しかった。

そして、自分の物語を作ることとか、自分の言葉を大切にすることとか、目の前の生活を大切にするみたいなことが、さらにワニ君が終わったあとの1年間でめちゃくちゃ難しい日々になってしまいました。コロナ禍で、ひとりひとりで過ごさなきゃいかないという状況に追い込まれて。どうしても不安だから、怒りとか、不満とか、そういう気持ちに心が持っていかれてしまって。もちろん、表明しなきゃいけない怒りも絶対にあると思うし、それは守られるべきだと思うんだけど。厳しい言葉にみんな気持ちが寄ってしまう。そして自分たちの目の前の暮らしを丁寧に生きることができない。そんな余裕もないという方もたくさんいらっしゃるし。そういうなかで、自分たちが持っていた感情だったり、目の前のひとを大切にする気持ちだったり、当たり前にあったものを維持するのが難しいなと感じていた1年でした。

それでもブレなかったきくち先生がいて、ワニが映画化される。映画にもいろんな想いや物語が込められていくんですけど、やっぱりずーっと1年間ブレないものがあるんですよね。このコロナを経ても。僕もそのブレないものに対して、何か気持ちを繋げていくという意味で「TSUZUKU」という曲を書きました。これからのいきものがかりにとっても、僕自身の活動にとっても、大きな経験になったと思います。3月31日にニューアルバム『WHO?』がリリースされますけれども、このアルバムもワニ君との出会いがなければできなかったんじゃないかなって、僕自身は強く思っています。1曲1曲作るということが、しんどかった1年だったので、曲数はいつもよりも少ない、コンパクトなアルバムなんですけれども。込めた想いは非常に濃密なものになった作品なんじゃないかなと思っています。

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