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関取花 連載第14回 あたらしいおともだち

 2019.11.27

あたらしいおともだち

最近、電動歯ブラシを使い始めた。

私は現在28歳、来月で29歳になる。30年近く生きていても案外、未体験なことは多いものである。
たとえばエステ、合コン、ネイルサロンなどはどれも行ったことがない。自分に合うかどうかは別としても、一度は経験してみたくはある。でもこれらを実行するにはそれなりのお金と気力が必要だ。行く前にスケジュールを立てなければならないし、誰かしらと接することを要される。そうなると私のような超出不精&めんどくさがり屋は途端にやる気が失せてしまう。人には向き不向きがあるから仕方がないしべつにやらなくても生きてはいけるのだが、常々なんだか勿体ないなあとは思っていた。

そこで私は、時間もお金も労力もあまりかけずに挑戦できて、かつ未体験なことは何かないかと考えた。そんな時にたまたまドラッグストアで電動歯ブラシが目に入ったのである。
価格も2,000円前後と割とお手頃だったし、歯磨きはこれまでも毎日してきたことだから生活時間に何の影響もない。誰に見せるわけでも見られるわけでもないからそこらへんの気を使う必要もないし、体も動かさなくていい。なんだこれは、まさに今の私にうってつけの最高アイテムじゃないか。ということで私はすぐに電動歯ブラシを購入し、早速その日の晩から使い始めた。

一番衝撃的だったのは音である。スイッチを入れると先端の丸い歯ブラシがグルングルンと豪速で回転するわけだが、それと同時に「ウィーーーン」といういかにも機械ですみたいな音がするのである。きっともっと高級なやつだったらそこまで大きな音はしないと思うのだが、何せ私のやつはお手頃価格なので、超うるさい。しかし私は単純な人間なので、こういう音はデカければデカイほどテンションが上がってしまう。そしてこんなデカイ音がしている機械をこれから口にぶち込むと考えただけで武者震いがした。なんだかサイボーグマンになれるような、SFの世界に足を踏み入れるような気分になったのである。

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さていよいよ歯を磨こうかと思ったのだが、つい興奮して歯磨き粉をつけるのを忘れていたことに気が付いた。あぶないあぶない、磨き始める前に気付けてよかった。私は普通の歯ブラシを使っている時と同じような感覚で、そそくさと何の気なしに電動歯ブラシに歯磨き粉をつけた。と、その時である。

ブシャ!シャシャシャシャーーー!!

洗面台、鏡、黒いスウェット、眼鏡、前髪…あらゆるところに白い小さな水玉模様が飛び散り、みるみるうちに固まっていった。一瞬何が起きたかわからなかったのだが、やけにスースーした爽やかな匂いがするので私はすぐに察知した。そう、これは歯磨き粉だと。

私は豪速で回転する電動歯ブラシとその音に夢中になりすぎて、スイッチを切るのを忘れていたのである。あんなに猛々しい姿で、セリフを与えるなら間違いなく「オラオラオラ!」と言っている電動歯ブラシ野郎の上に、フニャッとヌルッと柔らかい、セリフを与えるなら「うわ〜い」といった感じの歯磨き粉ちゃんを乗せてしまったのだから、そりゃあ駆逐されるに決まっている。かくして2019年11月上旬、私の家の洗面所には一足早い粉雪が舞ったというわけである。朝から半ギレになりながら掃除してやったよ。

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いつもの私だったら、こんなもん二度と使うか!とすぐに使用をやめてしまうところなのだが、この電動歯ブラシはなぜかその後も使い続けている。
あのどうしようもなくデカイ音に最初はムカついたりもしたが、一度口の中に入れたら(歯を磨いている時は口を閉じるため当然と言えば当然なのだが)「ムウゥゥゥゥン…」と若干しおらしい音になる。それがなんとも人間味を感じるというか、ツボなのである。なんだよ結構かわいいとこあるじゃんかみたいな、お前のそういうとこ嫌いじゃないぜみたいな、俺ら結構いいコンビになれるかもなみたいな、なんかそういう気分になるのだ。いや、自分で言っといてどんな気分だよって思います、ええ。疲れてんのかな。

ちなみにこの話を友人にしたところ、類は友を呼ぶのかなんなのか「私はその感じわかるよ、すごいわかるよ花」と言ってくれた。そんな彼女に言わせると「次はお掃除ロボットのルンバ、あれにしな。あいつはマジで生きてるよ、超愛しい」とのことだった。なるほど、未体験だけど既になんかわかる気がするぞ。買うか、ルンバ…。いや、その前にまず部屋片付けよう。

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関取花(せきとり・はな)
愛嬌たっぷりの人柄と伸びやかな声、そして心に響く楽曲を武器に歌い続けているミュージシャン。昨年はNHK「みんなのうた」への楽曲書き下ろしやフジロック等多くの夏フェス出演を経て初のホールワンマンライブを成功させた。2019年5月8日にユニバーサルシグマよりメジャーデビュー。
ちなみに歌っている時以外は、寝るか食べるか飲んでるか、らしい。
関取花オフィシャルサイト

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