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読む『対談Q』 水野良樹×松尾潔 第2回:音楽よりもっと好きなものがあるとすれば、音楽のある世の中。

HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されている『対談Q』。こちらを未公開トークも含めて、テキスト化した”読む”対談Qです。

今回のゲストは音楽プロデューサーの松尾潔さんです。

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情緒的になりすぎず、冷静に見極めたい。


水野:松尾さんの書かれた『永遠の仮眠』は、表面上すごく煌びやかな世界が描かれているかのように思えるんだけれども。その一方、ドラマタイアップの話では、テレビ局のプロデューサーが出てきて、その方が非常に乱暴というか…。そこと主人公は対峙するんですね。これって、音楽の世界とは別のルールで動いている世界とどう対峙するかって話で。

『永遠の仮眠』/松尾潔


水野:さらに、この物語には途中で震災が出てくる。人間のルールから外れた自然災害というものに対して、音楽家としてどう向き合うか。どう自分たちの物語や人生を立ち上げていくか、取り戻していくか。そういうものが本質としてあって。

松尾:うん。

水野:これって、松尾さんがずっとやられてきたことじゃないかって思ったんです。いろんなアーティストと出会って、それをどう再構築して世の中に伝えるか。どうデザインしていくか。それを常にやられている。そこが松尾さんの強いところなんじゃないかって。

松尾:できているかどうかは別として、意識はしていますね。音楽より、もっと好きなものがあるとすれば、音楽のある時間。音楽のある世の中。『永遠の仮眠』ってタイトルは、物語に出てくる言葉なんですけど、僕がギリギリまで悩んでいたタイトルがいくつかあって。そのなかに、『音楽を止めるな』っていうのがずっとテーマとしてあったんです。我々が信じる音楽が流れている間は、ままならない世の中だとしても、まだ地獄ではなかろうと。

水野:なるほど。

松尾:だから、音楽をストップさせちゃいけない。それって結局、音楽が今、社会のなかでどういう役割を果たしてきたか、どういう位置づけにあるか、常に目が曇らないようにしていなきゃいけないってことだと思っているんですね。この本には、音楽やメディアのこと、煌びやかなこと、いろんな商業的なブランド名も出てくる。でもそういったものが震災で振り落とされたとき、そこに残るものは何か。それを見つめた小説なんです。僕自身、矛盾するようだけど、「たかが音楽」って気持ちもどこかある。

水野:ええ。

松尾:音楽が世の中を変えられるとは思ってない。だけど、この世の中をどうにかしなきゃと思うときに、ちょっと背中を押してくれるとか。ひとときの憩いとして、イヤなことを忘れさせてくれるとか。そういう効用があるのは、身をもって知っていますから。情緒的になりすぎず、冷静に見極めたい。アーティストではなく、プロデュースをしている自分の仕事はそういうものじゃないかという思いが強まって、この小説になった感じです。

水野:悪い意味のプロデューサーって、俯瞰しすぎて自我がなくなってしまう気がするんですよ。あまりにも自分事ではないって存在になってしまうと、これもよくなくて。

松尾:難しいですよね、そこね。

水野:でも松尾さんの場合は、アーティストと接する手前で、まずご自身が、「音楽とはこういうものなのではないか」「自分とはこういう人間なのではないか」という洞察や自己反省を繰り返していらっしゃる。言い方が正しいかわからないけれど、そこに適度な自我があるというか。そこらへんはどう保ってらっしゃるのかなって。

松尾:そこがいちばん難しいところなんですよ。松尾潔って名前で本を出しましたけど、それって数年前の自分だと考えられなかったことなんですよね。

水野:ああ、なるほど。

松尾:自分が作詞や作曲したものでさえ、自分の名前を使うことはマレでしたから。ペンネームを使ったり、もう名前自体を出さなかったり。詠み人知らずみたいな世界に憧れるところもあって。その署名性が、自我のお話と近いんじゃないかなと思います。20代30代は本当に、わりと自我のないタイプに近かった。でもやっぱり、コミットしていかないといけないんだって、今の水野さんぐらいの年齢から考え出したのかな。


最後のつもりで受けた曲が、EXILEの「Ti Amo」


水野:いろんなインタビューを拝読すると、ちょうど僕ぐらいの年齢で一度、キャリアをやめられることも考えられたって。

松尾:そうですね、40歳のときにやめようと思っていました。

水野:そこらへんはどういうふうに…。

松尾:うーん、ちょっと遠くまで来すぎちゃったなと。音楽好きの少年が、今の自分を見たらどう思うだろうって、センチメンタルな気分になったりね。今考えてみると中年の危機というやつですか。30~40代で。旅先で派手な革ジャン買っちゃうのと同じようなひとつの症状だと思うんだけど。昔、誘蛾灯に惹かれるように、フットワークよく行っていた自分から見て、「あれ、今の自分、カッコいいか?」みたいな。

水野:ああー。

松尾: 1回そう思い始めると、「もうダメじゃん俺」みたいな思いに潰されそうになって。「やめよう」と思ったのが30代の終わり。僕は1968年1月生まれなので、40歳の年、2008年いっぱいでもうプロデュースはやめて、制作からはとにかく離れたいと。あとは飲食業、ソウルバーやろうかなと。レコードは死ぬほどあるから。

水野:はい、はい。

松尾:まわりにも結構そういうふうに言っていて。2008年は新規のお仕事、ほとんどお断りしたんです。あの年は1年間でちゃんと受けたの、案件としては5つぐらい。曲数で言っても、7~8曲ぐらい。でも、ちょっとできすぎた話なんですけど、最後のつもりで受けた曲が、EXILEの「Ti Amo」っていう曲で。

「Ti Amo」/EXILE



水野:僕ら、(レコード大賞の)会場にいました。

松尾:そうか。一緒でしたよね。

水野:ええ。会場で見てました。

松尾:12月30日にレコード大賞をいただいて。終わったあとに、パーティー会場でEXILEのHIROさんから、「松尾さん、来年もまたここに来ましょう!」って言われて。さすがに僕もそこで水を差すようなこと言えなくて、「もちろん!」ってまた言っちゃうわけですよ。若いときからのノリで(笑)。

水野:やっぱりどこか優しい(笑)


もう、ひとつの口で全部語ろう。


松尾:それでやめるのを撤回して。「自分が40代、仕事やり続ける理由はなんだろう」って一生懸命に考えて。それが、ソーシャルインクルージョン的なところを視野に収めた音楽作りだったんです。考えてみると、ずっとアメリカの黒人音楽が好きで来たのは、虐げられる側、差別される側の音楽に惹かれてきたわけで。

水野:はい。

松尾:ただ、「あんまり政治的な思いを音楽に持ち込んじゃダメだ」とか、言い聞かせてきた。アメリカの知り合いはみんな、「そんな区別とかつけるほうがおかしいよ」みたいな話なんだけど、僕としては、「この国の現実があるからなぁ」みたいなのがあった。それを40歳すぎぐらいから、気にしなくなった感じですね。

水野:ああー。

松尾;僕のTwitterって、朝食べた甘いもの、今夜のラジオの紹介、昨日のレコーディング、ブラック・ライブズ・マター、今の日本の政党政治の在り方、もう全部ひとつのアカウントでやっているんです。それに対して、「それやめたほうがいいよ」って忠告してくれるひともたくさんいるし、まぁ僕のことを思ってくださっているんだろうけど。もう、ひとつの口で全部語ろうって腹が据わったのが、この10年って感じですかね。

水野:松尾さんは、自分がどういう考えを持って、どういう存在なのか、かなり深いところでの葛藤を一度通り過ぎていて。それがやっぱり、これだけ俯瞰されるプロデューサーであるにも関わらず、常に軸や重力がそこにある理由なのかなと思います。

松尾:やっぱり僕が若いとき、アメリカやイギリスで仕事してきたのが大きいです。彼らときちんとお話をしたいから、新聞をきちんと読む。新聞以上のものもたくさん見聞きする。でも、日本に戻ってきて記事にするときは、エンターテインメントを重視するって自分に言い聞かせて、そういうところはカットする。ラジオ番組とかでも、そういう話はほぼやらない。もうなんか…そういう裏表があるのがイヤだなって。

水野:はい、はい。

松尾:向こうで、「これを日本の俺のファンにも伝えてくれよな」と言われると、「もちろん!」って言うんだけど。日本で記事にするときは、「今回のプロデューサーは〇〇で、△△が客演して」とか、クレジットを見ればわかることしか書かない。正確な情報も必要だけれど、自分というバイアスをかけずに言葉を発するなら、僕じゃなくていいじゃん…っていう気持ちはずっとどこかにありました。それが40歳過ぎで爆発しちゃったんですね。

水野:いやぁ…僕も爆発しかけています、今。

松尾:そう、40歳前後で”清志まれ”さんというオルター・エゴがね。水野良樹とどちらもあって、すごく自然なことだと思う。だから水野さんって、ここまでいろんなひとたちの気持ちを惹きつけてきたんだなって。清志まれの小説を読んで、「やっぱり考えていたんだな」と、答え合わせしているような気分になりますよ。

『幸せのままで、死んでくれ』/清志まれ


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