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ビートがしっくりこないと次に進めない

「SPARK HIROBA」HIROBA編集版
水野良樹×Kan Sano

2019.07.29

キーボーディスト、トラックメイカー、プロデューサーとして、独自のサウンド表現を追求し、海外でも注目を集めているKan Sanoさん。
J-WAVE「SPARK」で2週にわたってオンエアした対談の模様をHIROBA編集版としてお届け。

ビートがしっくりこないと次に進めない

水野 「SPARK HIROBA」第2回目の対談相手に、この方をお迎えしました。

Kan Sano Kan Sanoです。よろしくお願いします。

水野 お越しいただき、ありがとうございます。

Kan Sano こちらこそ、光栄です。

水野 最新アルバムの「Ghost Notes」を聴いていて、この番組で1曲かけたときに「このアルバム、すごく好きなんです」とファン目線でポロッとこぼしたら、スタッフが「すぐにゲストでお越しいただきましょう!」と(笑)。

注釈:「Ghost Notes」 2019年5月にリリースされたKan Sanoの4thアルバム。

Kan Sano ハハハ(笑)。びっくりしましたけど、うれしいです。

水野 ジャンル分けするのもあまりよくないとは思うんですが、俯瞰して見るとお互いに遠いところにいますよね。

Kan Sano そうかもしれないですね。

水野 でも、アルバムを聴いてかっこいいなと思って…憧れしかないです。

Kan Sano いやぁ、畏れ多いです。

水野 今回のアルバムも、すべてのサウンドをご自身おひとりで構築されていると伺いました。楽曲制作の出発点というのは、どういうところになるんでしょうか?

Kan Sano そうですね。プロデュースやアレンジの仕事など、いろいろなアーティストの音楽をサポートすることもしているのですが、そのなかでも、やっぱり自分の作品をつくることを軸に考えていて。

水野 はい。

Kan Sano 前のアルバム(「k is s」)をつくって2年半くらい経ちますが、つくり終えるとまた次の新しいものをつくりたくなってきて。前作の反動もあって、次は生音重視で、音数をもっと少なくしようといったことを考え始めたところからですね。

水野 同じことはしたくないという気持ちは強いですか?

Kan Sano そうかもしれないですね。今回のアルバムはネオ・ソウルみたいなものがベースになっていますが、10代から20歳前後くらいに聴いていた音楽ともう一度向かい合ってみたくて。

水野 はい。

Kan Sano その当時、ディアンジェロやエリカ・バドゥとかを好きでよく聴いていましたが、自分の音楽として、今までそういう要素をアウトプットできていなかった気がしていて。

水野 なるほど。

Kan Sano それが今ならできるかなというタイミングで、今回こういうサウンドになりました。

水野 そうなんですね。楽曲はどこを起点につくりはじめていくんでしょうか?ピアノの前に座った時点で、頭のなかで全体のサウンドが鳴っているんですか?

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Kan Sano 鳴っているほうですね。最近は歌モノが多いので、ピアノを弾きながら歌って、それをボイスメモで録音するという感じで作曲していくんですが、その時点で、それを支えるビートのイメージはあります。

水野 ああ、やっぱりそうなんですね。

Kan Sano 録音するときはいつもドラムから録るんですよ。

水野 そうなんですか!

Kan Sano はい。ビートがしっくりこないと次に進めないタイプで。

水野 それはどういう理由からなんでしょう。枠組みが決まっていたほうが自由になれるということなんですか?

Kan Sano グルーヴがしっくりきてないと、何を乗せても微妙だなという感じがいつもあって。

水野 はい。

Kan Sano 鍵盤類を録音するのは弾いてしまえば早いほうだと思うんですけど、ビートは構築するのに時間がかかりますね。

水野 ああ。そのビートのところが、僕は本当に分からなくて…。

Kan Sano そうなんですか?

水野 歌モノ至上主義的に、メロディばかりに意識がいってしまって、リズムに対して何も知識がなく、ここまで来ているので。ビートのうえにメロディを構築するという部分は本当に学びが浅くて…。

Kan Sano 僕も基本的にメロディは大好きですが、細かいところにすごくこだわるので。

水野 はい。

Kan Sano グルーヴのちょっとしたよれ方も含めたうえで、ざっくりと全体で“メロディ”だと捉えていて。そういう感じですかね…すみません、あまりうまく言えないですけど(笑)。

水野 いやいや、とんでもないです。それをご自身ひとりですべて構築するということはやっぱり意味があるんでしょうか?それこそ、たくさんのセッションミュージシャンに参加してもらったときに、良くも悪くも自分でコントロールできないという面白さもあると思います。

Kan Sano はい。

水野 でも、細かいところまでコントロールしたいとなると、やはりご自身でということになるんでしょうか?

Kan Sano そうですね。ミュージシャンに頼む楽しさもあるし、ひとりでやる面白さもある。それは別物ですね。それこそプリンスとかにも通じるのかもしれないですが、僕はコントロールフリークみたいなところがあって。

水野 はいはい。

Kan Sano 細かいところまでつくり込みたいので、ひとりでつくるのは性に合っていますね。

水野 ああ。

Kan Sano ミックスやアレンジを何度も修正したり、わりとそういうことが好きなんですよ。

水野 つくっている最中がいちばん楽しいですか?

Kan Sano そうですね。制作中に何回も曲を聴いて、その世界に没頭しているのは楽しいですね。

水野 なるほど。

Kan Sano 水野さんはどうですか?

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水野 いやぁ…。僕も同じような質問をよくいろいろな方に聞いちゃいます。「どの瞬間がいちばん幸福感がありますか?」と。でも、自分ではどう答えていいか分からなくて。

Kan Sano はい。

水野 ライブで披露してリアクションが返ってきたとき、つくっている最中、アイデアが浮かんだ瞬間。たしかにどのタイミングも幸福感はありますが、僕はやっぱり「最終的な出口でその曲がどう扱われているか」ということに重きを置いてしまうんです。

Kan Sano うーん。

水野 僕らは歌モノなので「歌を聴いて誰かを思い出しました」といった、音楽だけの喜びとは違うところの喜び、音楽を超えた喜びに強く憧れを感じるんですね。

Kan Sano うんうん。

水野 逆に言うと「自分は音楽家ではないのかもしれない」と思う瞬間のほうが多くて。

Kan Sano ああ、そうなんですね。

水野 ジャズミュージシャンの即興性であったり、平坦な表現になってしまいますが「音楽で会話をしている」というような域にはいけないので、そういうことができる人たちに対して憧れしかなくて。

Kan Sano ああ、なるほど。

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ポップスはどこか次への入口になってほしい

水野 ご自身の作品をつくること以外に、いろいろな作品のプロデュースワークもされています。それぞれの考え方に、何か違いはありますか?

Kan Sano なんでしょうね…。もともとピアニスト、キーボーディストなので、職業柄、わりと俯瞰で見ることが多いですね。

水野 はいはい。

Kan Sano 自分のスキルを必要としてくれている人がいれば提供したいという感じです。最近はメジャーアーティストの方々とお仕事をする機会が増えてきていますが、自分の居場所ではないなというのはどこかで思っていて。

水野 そうなんですね。

Kan Sano J-POPはもちろん好きですし、関わってはいきたいですが、自分がやる音楽はそことは離れているので、モードはけっこう違うかもしれないですね。

水野 そうですよね。

Kan Sano 特に今回のアルバムは、自分がやりたいことをやったという感じで、どう受け止められるかとかは考えずにやっちゃったんですよね(笑)。

水野 素晴らしいと思います。

Kan Sano 本当はもっとアバンギャルドな内容になる可能性もあったんですが、結果的に意外とポップな作品になったと思っていて。

水野 そうですよね。

Kan Sano それが今の自分のバランスなのかなと思っています。

水野 たしかにおっしゃる通りかもしれないです。好きなことを表現されたというなかで、僕みたいな、かなり遠い人間が「うわっ、かっこいい!」と思ったということは、ある種のポップさというか、違う趣味の人たちにも届く広さが、今のモードとして多少はあるのかなと。

Kan Sano そうですね。このアルバムをつくっている間も、絢香さんのプロデュースやCharaさんのツアーと並行してやっていたので、そういう影響もあるのかもしれないですね。

水野 ああ。これから、どうなっていくんでしょうね。

Kan Sano いやぁ…、どうなんでしょう。

水野 ハハハ。

Kan Sano 5月に初めて韓国でライブをやってメチャクチャ盛り上がったんです。

水野 へー!

Kan Sano 僕の曲がSpotifyなんかで聴かれているみたいで。

水野 すごいですよね。

Kan Sano だから、海外にもっとアプローチしていきたいですね。

水野 いやぁ、絶対にしたほうがいいですよ!僕が言うまでもないですけど。

Kan Sano いやいや(笑)。

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水野 そのなかで、歌詞が日本語であったりするじゃないですか。

Kan Sano はい。

水野 あのサウンドのなかで言葉を入れるのはすごく難しいと思います。

Kan Sano そうなんですよ。

水野 しかも、ある種、言葉が楽器になるというか。発音のバランスとか、正直、日本語が全然合わないじゃないですか。

Kan Sano そうなんですよね(苦笑)。

水野 どういうところを注意されているのかなと。

Kan Sano それはもう、いちばん試行錯誤したところです。歌を歌ったり、歌詞を書いたりということは前作くらいから始めたので、まだ手探りでやっていますが、日本語でいきたいというのは最初から考えていました。

水野 そうなんですね。

Kan Sano 海外にアプローチするにしても、英語にしなくていいんじゃないかと、どこかで思っていて。

水野 はい。

Kan Sano スタッフからすると「いや、英語にしたほうがいいよ」っていうのはあると思いますが。

水野 ハハハ(笑)。

Kan Sano 僕は日本語でもいいんじゃないかなってずっと思っていて。普段、自分が聴いている音楽も七尾旅人さんや寺尾紗穂さんといった、日本のフォークシンガーといわれる、日本語の響きに重きを置いているような方たちなので。自分も日本語で、かつある程度聴き取れる歌い方にしたいなと思って。

水野 はい。

Kan Sano 僕の歌い方はかなりウィスパーなので、言葉が聴き取りづらい歌い方ではあるんですが、聴き取れるように、その塩梅を何度も録音して微調整しましたね。歌い方をいろいろ変えてみて。

水野 重ねてみたりとか。

Kan Sano そうですね。あとは、英語だと一言で短く言い切れるものが、日本語はどうしても長い文章になってしまう。

水野 分かります!

Kan Sano 僕のメロディって基本的には短いんです。

水野 なるほど。

Kan Sano そうなると、言葉をいっぱい詰めていくのは難しくて。短い言葉で、いかに言い切るかと。

水野 日本の作詞家が、数十年にわたって苦労している点ですよね。

Kan Sano そうですね。

水野 数文字で、意味も音も合わせていかないといけない。

Kan Sano そのスピード感みたいなものは気をつけましたね。伝わるスピードというか。

水野 はいはいはい。

Kan Sano それが、もたつかないように。

水野 理屈っぽくなっても意味がないし。

Kan Sano そうですね。でも、なんて言うんでしょう…今回は、歌詞に関しても自分が納得いくものを書くしかないという感じだったので。正解も分からないですよね、そういう意味で。

水野 ハハハ(笑)。

Kan Sano いまだに分からないです。

水野 いまだに分からないという気持ちだけは共感できます。

Kan Sano ハハハ(笑)、本当ですか!

水野 やっぱり、分からないですもんね。

Kan Sano 自分が好きで聴いているシンガーが、どういうように書いているのか。それはけっこう調べましたね。

水野 ああ、なるほど。

Kan Sano 僕はピアニストなので、ジャズピアノであればビル・エヴァンスやハービー・ハンコックがいてという、その歴史がちゃんと分かります。

水野 文脈ですよね。

Kan Sano そうです。でも、リリックに関しては、そこが何もない状態で始めてしまったので。

水野 ああ、そうか。シンガーによっても違いますけどね。

Kan Sano そうですよね。

水野 僕はここ2、3年くらいで、自分のグループ以外で、楽曲提供をさせていただけるようになりました。

Kan Sano はい。

水野 演歌を背景にした方、邦楽のなかでも全然違うバックグラウンドを持った方。歌い方にしても、いきものがかりの吉岡のように滑舌よくストレートに歌うタイプのシンガーもいれば、こぶしで聴かせるシンガーもいる。そうすると合う言葉が全然変わってくるんですよね。同じ日本語でも、子音の強調具合、母音のはっきり聴こえてくる感じ、鼻濁音の印象とか。そうすると、これは複合的なものだなと思ったんです。

Kan Sano そうですよね。

水野 単純に作詞の技法だけでは解決しないのかもしれないと。

Kan Sano 僕も自分の歌い方、声質がかなり特殊なので、やっぱり合う言葉、合わない言葉というのはありますね。

水野 ああ、やっぱり。

Kan Sano それは、たしかにありますね。

水野 話が戻りますけど「海外で聴いてもらうときに日本語で」ということは、僕も同感です。

Kan Sano あ、そうですか。

水野 絶対にいいと思います。

Kan Sano それは僕の願望も含めてなんですけどね。

水野 僕は日本語のほうがユニークなものとして、ウケるのではないか、もしくは届くのではないか、と思います。

Kan Sano 韓国でライブをしたときに、日本語で歌ってちゃんと届いていたので。

水野 ああ、そうなんですね。

Kan Sano やっぱり、これでいいんだと思いましたね。

水野 最後になりますが、いわゆるJ-POPと呼ばれるようなものは、どのように見えていますか?

Kan Sano うーん、そうですね。僕もそもそも出発はMr.Childrenとかなので。

水野 ああ、そうなんですか!

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Kan Sano ずっと10代の頃に聴いてきた音楽ですが、ポップスはどこか次への入口になってほしいと思っています。

水野 はい。

Kan Sano 僕の場合だと、ミスチルを聴いていて「このファンキーな音はなんだ?」と思って、調べたらクラビネットという楽器で。

水野 はいはい。

Kan Sano 70年代にスティーヴィー・ワンダーがよく使っていたことを知って、そこをきっかけにブラックミュージックを聴くようになりました。

水野 ああ。

Kan Sano そういう入口であってほしいと。J-POPでも、少し自分の理解を超えたものであるとか、例えるなら毒と言ってもいいし、異物であったりカウンターカルチャー精神とか、なんでもいいんですが。そういう要素が入っているものが好きですね。

水野 なるほど…うーん…頑張ろう!

Kan Sano ハハハ(笑)。

水野 僕、何もできていないので。

Kan Sano いえいえ。

水野 貴重なお話を聞かせていただき、しかも全然違う場所にいる方から、いろいろな視点を教えていただき、学びの多い対談になりました。

Kan Sano こちらこそありがとうございました。

水野 「SPARK HIROBA」対談企画、第2回目のゲストにKan Sanoさんにお越しいただきました。ありがとうございました。

Kan Sano ありがとうございました。大丈夫でしたか?

水野 もちろんです!ああ、うれしい!!

(おわり)

Kan Sano(かん・さの)
キーボーディスト、トラックメイカー、プロデューサー。
キーボーディスト、プロデューサーとしてChara、UA、土岐麻子、大橋トリオなど、多数のアーティストのライブやレコーディングに参加。
また、トラックメイカーとして自身のオリジナル作品のほか、CM曲やドラマのサウンドトラックなども制作。今夏も多数のライブイベントへの出演が決定している。
Kan SanoオフィシャルHP
Kan Sano Twitter

Photo/Kayoko Yamamoto
Text/Go Tatsuwa
Hair & Make/Yumiko Sano


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