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水野くんが興奮してスタジオのなかをウロウロし始めると「よっしゃ!」って思います

「I」制作舞台裏インタビュー 
甲斐俊郎

2019.05.09

「あの曲を最後まで書いて、ひとりで歌って、完成させます」

小田和正さんとの楽曲制作のなかで、完成間近まで行って、小田さんの判断もあって、ストップしたあの曲。HIROBAをスタートさせる水野良樹の覚悟とも受け取れる思いが込められたその曲は「I」と名付けられた。

「I」の世界をより深く探るべく、制作に携わった3人のスタッフがそれぞれの視点で語る短期連載。初回は、エンジニアの甲斐俊郎さんが登場。

水野くんが興奮してスタジオのなかをウロウロし始めると「よっしゃ!」って思います

──「I」のお話の前に、まずは甲斐さんご本人のお話を伺いたいのですが、甲斐さんがエンジニアを目指したきっかけを教えてください。
甲斐 アーティストの方々みたいに幼少期に特別な音楽体験があって、それで目覚めたといったことはなくて。もちろん、子どものときから音楽が好きではあったんですが、それ以上に装置が好きというのはありました。オーディオが好きで、音楽と装置の関係性が気になって。2ウェイスピーカーのネットワークの組み方を雑誌で見て、自分でスピーカーをつくったりもしていましたね。

大学を卒業してからも就職せずにフリーターみたいなことをしていたのですが、あるとき、バイト募集の雑誌にソニーミュージックのスタジオの募集が掲載されていたんです。当時何も分かっていなかったんですが、応募してみたんですよ。そうしたら、いきものがかりのマスタリングをずっと担当されている阿部(充泰)さんが面接官としていらして「面白いから入れてみよう」と採用してくれて。それが最初ですね。そこから今に至って、20年くらい経ちます。今はコンピューターのマルチトラックで録音できるようになっていますが、僕が始めた頃はまだテープレコーダーでしたね。いきものがかりも「My song Your song」くらいまではマスターはアナログテープに録っていた曲もありますよ。

注釈:「My song Your song」 2008年12月リリースのいきものがかりの3rdアルバム。

──いきものがかりとの最初の出会いはいつでしたか?
甲斐 今回の取材場所をどこにしようと考えたときに、このスタジオを挙げたのは、ここで最初に水野くんに会っているからなんですよ。いきものがかりのインディー盤のレコーディングでしたね。最初の印象は…やっぱりまだ学生さんっぽいなって感じで(笑)。当時のマネージャーさんの車で厚木から3人で来て、朝までレコーディングしてたなぁ。そういうことがデビューまで続いてましたね。

──デビューして、だんだんと成長していくいきものがかりを間近で見てきて、どんなことを感じられましたか?
甲斐 水野くんのことで言うと、「これでみんなに聴かせよう」とか「これで提案するレベルに達している」といった、曲をつくる人としてのOKラインがすごく厳しいんだろうなって感じるんですよね。例えば、一日レコーディングしていると同じ曲をずっと聴いているわけですよ。でも終わって家に帰って、そのメロディが思い出せないとか、記憶に残らないみたいなことって、あんまりよくないことなんだけれど、実はたまにあるんです。でも、水野くんの曲は絶対に思い出せるんですよね、不思議ですけど。たぶん、そういう残るメロディができるまで推敲しているんでしょうね。

それをかたちにしていくのが、僕と水野くんとの接点になるんですけど、そのときに、「自分でギターを弾こう」とか、「コーラスを入れたい」とか、アーティストとして当たり前にあるであろうエゴが全くなくて。おそらく、「そうしない方がいいだろう」といった視点を持っているんだと思うんですね。そんな人は今まで会ったことがなかったので、びっくりしたんですよ。メジャーレコーディングともなれば、何かしらやりたくなるじゃないですか、普通は。やっぱり視点なのかな。客観的に見ているんでしょうね。

でも、HIROBAはまた別物じゃないですか。小田さんとの共作のなかでボツになった流れも初めての経験だろうし…だからどんな感覚でつくったのか、いろいろ聞いてみたいですよね。

──まさに今お話に出た“ボツになった曲”が今回の「I」という楽曲になります。いきものがかりではなく、HIROBAでの水野さんは、甲斐さんの目にはどのように映りましたか?
甲斐 いきものがかりではない水野良樹は初めて聴くわけで、やっぱり全然違っていて。メロディはそれほどではないとしても、彼の声で歌われる歌詞のイメージは、いきものがかりのときとは全然違いますよね。

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僕は、いきものがかりのデモテープの段階で曲を聴くこともあるのですが、そうすると仮歌は水野くんが歌っているんですよ。作曲した人が歌う曲ってやっぱりいいんですよね、それは水野くんに限らず。その良さは、いつかみなさんに聴いてもらうことがあってもいいんじゃないかなと思っていましたし、もともと山下くんと二人で歌っていたんですから、「おお、ついにやりますか!」って感じでしたね。

いきものがかりで、水野くんや山下くんの歌詞を吉岡さんが歌うときのフィルターの具合は独特で、過剰な演出もない。例えば詞曲をもらって歌う歌手の方であれば多少の演出はあると思うのですが、吉岡さんの場合は、それがないんですよね。わりとフラットに歌うというか。でも、曲との相性がとてもよくて、それはもう組み合わせというか、最良のかたちなんだと思うんです。

水野くんがやろうとしていることは、普通のことですよね。ひとりになって自分で歌うというときに、やっぱり自分の感情を乗せないと歌って伝わらないので、そこは向かい合っていくんでしょうね。自分の感情を乗せて歌うことはすごく難しいと思うんです。だから今は模索しながら歌っているんでしょうね。特に「YOU」の方は小田さんとの歌唱の兼ね合いも考えていると思うので。

──レコーディングする際に、曲のイメージや方向性について何か具体的に水野さんと話し合ったポイントはありますか?
甲斐 そこは、アレンジャーのejiさんと水野くんのなかでバッチリ詰めてあったので、僕はもう現場で録音するだけでした。それぞれのミュージシャンの出す音も含めて、もう出来上がっていたんですよ。それをストレートに録って。ひとつだけ調整したのはボーカルの音量でしたね。水野くんは、僕が思うより「少しだけ抑えてください」と。「少し印象を変えたいんです。ボーカルを大きく出すJ-POPとは違うものがつくりたいんです」と言っていた記憶があります。

いきものがかりの作品でもそうですけど、水野くんは常に新しいものをやろうとしている印象ですね。

──「I」が完成して、どんな思いですか?
甲斐 最初聴いたときから「これ、めちゃくちゃいい曲じゃん」って。また、小田さんとの作曲の経緯を聞いて「YOU」を聴くと、さらに「めっちゃいいじゃん!」ってなるわけですよ。「YOU」も「I」も両方ともすごいなと。

「I」はシンプルなので「アコースティックの生の音、いい音楽を聴いてください」という気持ちはありますね。ejiさんの編曲も素晴らしくて、ボーカルのスペースがちゃんと空いているし、ボーカルと呼応するようなメロディもしっかり入っていて。ボーカルを「少し抑える」というのも、ボーカルの距離感で言うと、前面に張り付いていたものをバックのミュージシャンがいる位置まで少し下げるという感じですね。

──ボーカリストとしての水野良樹の印象はいかがですか?
甲斐 上手なんですよ。ピッチもいいし、リズムもいいし。もともとの水野くんの歌い方のしゃくりだったりビブラートをどのくらい残すかというのは、彼次第ですもんね。「YOU」は少なくしているんですよね。シンガーとしてのキャリアはまだないので、説得力ある歌を歌うにはどうすべきだろうというのは、これから彼が向き合うテーマになるんでしょうね。

──甲斐さんの、エンジニアとしてのこだわりや喜びを教えてください。
甲斐 スタジオワークのなかでは少なからず大事な役割であって、とはいえ、みんなでつくるものなのでね。レコーディングで、ミュージシャンのみなさんが準備をしてスタジオに入ってくるわけですよ。そうなると僕も準備しないわけにはいかないですよね、もちろんね。だから毎回、試合みたいな感じなんですよね。

ミュージシャンのみなさんには満足いかない状態では、絶対に帰ってほしくないし、いい演奏をしてほしいじゃないですか。音が乗ってくると気持ちいいので。そのためにやっているんですよね。そこでうまくいかないと、その試合は負けなんですよ。僕のせいでこのセッションがダメになっちゃったって…絶対イヤですから。そのためにも準備が重要な仕事になっていますね。2時間前に入って、準備する。ハイレベルなミュージシャンが集まるので、数多く録ってもよくないんですよ。2回目くらいがいちばんいいんですよ。こちらがグズグズしていると録り逃してしまうので。レコーディングセッションのなかで、そこが僕のいちばん好きな段階ですね。楽しいですよ。

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「いや、今日楽しいね」「最高じゃん!」ってみんなが言って、にこやかに帰ってくれるというのがいちばんの喜びですよね。水野くんが興奮してスタジオのなかをウロウロし始めると「よっしゃ!」って思いますよね(笑)。
(取材陣、一堂爆笑)
水野くんは、いい音が録れていると頭掻きながらウロウロしだすんですよ。

──具体的にはどんな準備をされますか?
甲斐 音源を聴いて、どんな楽器が入っていて、こんな曲調だから、このマイクを使おう、といったことを考えますね。やっぱり音源があると準備はしやすいですよね。あとは、参加するミュージシャンの顔ぶれも事前に知りたいんですよ。このドラマーだったらタムはこのくらいの数で、とか。そうするとマイク選びや置く位置も対策ができるので。もちろん、「はじめまして」の方だと最初は探りながらにはなりますけど、お互いプロなんで、最終的にはうまくいきますよ。

やっぱり何事も準備と現場対応が重要ですよね。これからもしっかり準備をして、みんなに満足してもらえる、いいレコーディングができれば、最高ですね。

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甲斐俊郎(かい・としろう)
レコーディングエンジニア。
Sony Music Studioにてキャリアをスタート 。アウトボードやコンソールなどのアナログ機器と最先端のデジタル機器の両方の長所を駆使したミキシングスタイルが信条。これまでに、いきものがかり、YUKI、中島美嘉、Moumoon、コアラモード、赤い公園、Blue Encount、春奈るな、スキマスイッチなどの諸作で確かな手腕を発揮している。

Photo/Kayoko Yamamoto
Text/Go Tatsuwa

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