エレクトピア解題



「もし容姿も環境も自由で、働かなくてもよくて、毎日好きな人とだけ遊んで暮らせる世界があったら、

自分は果たしてそこに行きたいだろうか?」


そんなことを思いながら描いた作品です。


タイトルはもちろんトマスモアのユートピアからきています。
電脳世界の理想郷「エレクトピア」
造語です。



着想は、
たまたまニューズウィークを家で読んでいたら、中国の社会信用システムの記事があって、

ざっくり説明すると、
(ざっくりなので正確には違うかも。。)

今中国では、社会信用システムなるものがあり、
レンタサイクルの返す場所や、普段のマナーや買い物、SNSでの振る舞いなどを始終監視され、全国民それぞれにポイント付けがされている。
そのポイント次第では、
日々の行動に制限、下手すれば渡航制限がかかったりもする。


というものらしい。


それを読んだ時、
(恐らく読んだ誰もが頭によぎることかもしれないけど、)
オーウェルの1984年を思い出しました。何だかよくわからない、ビッグブラザーなるものの監視社会。

なかなかディストピアじみてきたなあと思いながらも、日本もそのうちこうなっていく可能性もなくはないんだろうなあ…と思い、
一度これを主題に描いてみたいなあと思ったのがきっかけです。

面白いと思ったのが、
それで中国がそれなりにうまく回ってる、ということでした。
(それなりに、というかかなり?)

こういった世界を批判的に書くんじゃなく、

(生まれた時からずっと日本で育ってると、特に社会主義、共産圏の世界のことはまるで異世界でわからないことだらけだし、つい批判的になってしまうけど…)

実際にそういった世界が今存在したらどうなんだろう?
当然のことながら、いい面も悪い面もあるんだろうなと思いました。


例えば、
ネットでの刃物のような言葉が飛び交う世の中は多少改善されるんだろうなぁ…とか。


短編集に新作をひとつ描く。
となった時、

手持ちにあるネームの中でいくつか候補があったのですが、この作品はどうしても、今描いておきたいなと思い急いで描き下ろしました。


僕は技術の進歩というものに対して
今はそこまで否定的じゃなく、
それはYouTubeを始めたことがとても大きかったです。

それまではネットやSNSというものに対して凄く苦手意識があったのですが、自分がそれをやらざるを得なくなって、その恩恵をこれでもかと言うほど受けてみて、技術の進歩の良い面をたくさん知りました。
(同時に悪い面も知りましたが。)

そして、それと同時にそれまでも恩恵を受けていたということを実感し、頭ごなしにそういうのを否定するのはやめようと思いました。



ただ、そこに関して思考停止することも違くて、

イノベーションというものは不可逆なものだし、もう戻れない、

だとしたらそれとどう付き合っていくかをしっかり考えないといけなくて、


どんどん効率的になって
清潔で痛みもない
行き過ぎればそれは人間すら機械的なものになってしまう。
そして
それはやがて、
主体性のないシステムが人を殺していく危険をはらんでいる。

ナチスのように。



ただ、そうは言っても、
最近の若者はネットばかり見て、
みたいな短絡的なところに落ち着くのも嫌だったので、
(きっと僕も同じ時代に中高生だったら同じようになっていたと思うし)


何を大切にして、
どんなことを考えて生きているのか?
なぜそう生きざるをえないのか?

をちゃんと描きたいと思いました。


「たとえ作り物の世界でも…
あたしからしたらあっちが本当なんだ。」

作中のこのセリフは、
杏子が一人手に喋り出したセリフです。(基本どのセリフもそうですが。)



最近、新井英樹先生が番組で
我々大人がインターネットやSNSというものを作り出してしまったせいで、若者から偶然性というものを奪ってしまった。
みたいなことを言っていて、
(昔、浅田次郎先生もエッセイで同じようなことを言ってました。)


たしかに、必然性の中だけに生きるってのも結構辛いもんだよなあ…と。

いつでもどこでも繋がれて、
SNSは答えや正しさで溢れ、
検索すれば自分を肯定してくれるものがある。

間違いの許されない世界は窮屈だろうなあ…と本当に思います。


長々と書きましたが、

そんな窮屈な世界の中、

とことん非効率で、無駄で、汚くて、臭くて、痛い世界にしかない
自由と美しさがあるんだってことを少しでも描けたらいいなと思い、
こんな話を描いてみました。


果たして今の若い子にどんな届き方をするんだろう?
説教くさくてうざがられるかな?
そしたらごめんなさい。
そういえばうちの読者は結構年齢層高いなぁ…
でもこの間女子高生の子からメッセージ貰ったなあ。嬉しかったなあ。
その子が読んでくれてるといいなあ…。

と、

そんなことを思いながら
あとがきをおわろうと思います。




そういえば、
これは余談ですが、

杏子が最初に読んでる本は結構悩みました。
(こういう細かいところを考えるのが結構大変なんですけど割と好きです。)

恐らく不条理傾向の作品が合うのかなぁと思いつつ、カフカ、カミュ…
なんだかどれも違うなと思い、
結局サルトルに落ちつきました。
作品のテーマ的に実存主義というのも結構ピッタリだなあと思って。

エレクトピアの語源になった「ユートピア」もいいかなと一瞬思ったのですがなんだか露骨すぎるのでやめました。同じ理由でオーウェルの「1984年」も却下。(ネームの段階では1984年でした。)





漫画と、
そしてあとがきまで読んでいただきありがとうございました。


またどこかで会えると嬉しいです。

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