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茂木健一郎「一流と呼ばれる人のメンタルが安定している根本理由」


2020.12.17 PRESIDENT Onlineより

有名経営者やクリエーター、アスリートなど、一流と呼ばれる人はみんな食事にこだわりを持っている。脳科学者の茂木健一郎氏は、「ろくな食事もしないでお菓子ばかり食べ続けている『成功者』など、ほとんどいない。食事とメンタルの関係は、案外ばかにできない」と語る――。

※本稿は、茂木健一郎『最強メンタルをつくる前頭葉トレーニング』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。


食事とメンタルはつながっている

メンタルと身体は、密接な関係にあります。

ストレスが大きすぎて「心が病んでいる」場合には、その不調は身体にも出てきます。頭痛や目眩めまい、不眠、湿疹、寝ても疲れが取れないなどの裏には、心因性の原因が潜んでいることも多いのです。反対に、体調不良がメンタルに与える影響もあります。風邪や病気、怪我や事故、加齢などから身体が思うように動かない。そんな時には、どうにも気分的に調子が上がらないものです。

その関連性がわかっているからこそ、企業の経営者やクリエーター、アスリートなど一流と呼ばれる人は、みんな食事にこだわりを持っています。ろくな食事もしないでお菓子ばかり食べ続けている「成功者」など、ほとんどいません。

食事とメンタルの関係は、案外ばかにできません。落ち込んでいる時に、美味しいものを食べたら元気になったという話はよくあります。失恋して、さめざめと涙をこぼしていた人間が美味しいものを食べた途端、元気になったというようなことです。

「失恋して、物が喉を通らない」、こんな言葉もありますが、それはちょっと違うのではと思っています。「元気がないから、食べられない」のではなく、「食べたら元気になってしまう」から食べないのです。失恋の痛手を負っている本人にしてみたら、今くらいは悲しみに浸っていたいというのが心情です。今は「元気になりたくない」から、「食べない」。もっとも、短期間ならそういう時間があっても僕はいいと思いますけどね。
近年の研究でわかってきた「脳腸相関」

食事には人を元気にさせる力がありますが、それは「脳腸相関」という、「腸の健康状態が脳のパフォーマンスに大きく影響してくる」という研究からも説明がつきます。近年、ストレスがきっかけとなって引き起こされる心と身体の病気に関して、脳と腸の関係が注目されるようになってきました。

過敏性腸症候群は、腸自体に炎症があるなど明らかな病状がないにもかかわらず、便秘や下痢などの症状が数カ月以上続く消化器官の機能障害のことです。電車通勤の途中に急にお腹が痛くなって、駅のトイレに駆け込むことや、会議や試験がある日に激しい腹痛で通勤、通学ができないという苦しみを抱えている人もいます。

昔から、ストレスが原因の病気は、脳内の神経伝達物質であるセロトニンが足りないなど、脳の状態が腸に影響を及ぼしていることは知られていました。しかし最近の研究で、脳から腸への影響だけでなく、腸の健康状態が脳に伝わり、気分や感情に影響を及ぼすことがわかってきたのです。
腸は「第二の脳」である

腸は食べ物を消化して、栄養素を吸収する消化器官です。ところが、腸にはそのような消化器官としての役割に加えて、ある意味脳と同じように思考を司つかさどり、情報の処理・伝達を担う神経細胞が存在していることがわかってきました。

この神経細胞は、腸管神経系と呼ばれる独自の神経ネットワークを形成しており、脳からの指令がなくても、腸があたかも自発的に考えて活動するかのような働きをしているといわれています。いわゆる、腸が「第二の脳」といわれる所以ゆえんです。

脳と腸はお互いに情報を交換し合い、影響を及ぼし合っています。たとえばストレスを感じるとお腹が痛くなり、便意をもよおします。これは、脳が自律神経を介して腸にストレスの刺激を伝えるからです。逆に、腸に病原菌が感染すると、腸管神経系を介して脳に伝わり、脳内で不安感を感知します。

脳と腸の情報交換は、免疫系(腸には全身の半数以上の免疫細胞が存在)、内分泌系(ホルモンを分泌する細胞が存在)、神経系(腸管神経系が存在)という、腸に備わった三つの機能を介して行われます。


その中でも特に、腸から脳への情報伝達ルートとして重要なのが、「迷走神経」と呼ばれる神経です。腸から脳へ伝達される情報量は、脳から腸へ送られる情報量より多いといわれています。つまり脳は腸から送られてくる情報に大きな影響を受けている、といえるわけです。
腸内細菌が「脳腸相関」に大きく関与

さらに脳腸相関には、腸内に住みつく「腸内細菌」が大きく関与していることがわかってきました。現在では、「脳と腸と腸内細菌」の三つが相関関係にある、という考え方が浸透してきています。

「脳と腸と腸内細菌」の三つに相関関係があることを証明した研究があります。実験では、体内に腸内細菌をはじめとするすべての微生物が存在しない無菌マウスと通常のマウスを使って、どちらのマウスがストレスに強いかを比較しました。

実験結果は、無菌マウスのほうが腸内細菌を持つマウスに比べて、ストレスを感じやすく、脳の神経系の発達が遅いことが判明しました。その後、無菌マウスに腸内細菌を移植すると、多動などの不安行動が減ったということです。

腸内細菌は、ストレスを抑え、脳の発達にも大いに関連していることがわかりました。今や脳腸相関を考えるうえでは、腸内細菌の存在なしには語れないのです。
1000種類以上の微生物がつくる腸内の「生態系」

人の腸内には、1000種類以上の多様な細菌が棲息しています。その数は、なんと100兆個以上。これらは腸内細菌と呼ばれ、個々の菌が集まって複雑な微生物生態系をつくっています。この微生物群集を「腸内フローラ」といいます。

腸内フローラを整えることは、心と身体の健康に欠かせません。そして、この腸内フローラ、構成する細菌は多種多様なのですが、大きく分けると次の三つに分類できます。
「善玉菌」:代表的なのは、ビフィズス菌や乳酸菌。腸の消化吸収や免疫力を上げる働きがあり、有害物質を体外へ排出してくれる。
「悪玉菌」:代表的な菌は、ウェルシュ菌・ブドウ球菌・大腸菌で、腸内に有害物質をつくり出す。悪玉菌が増えると、便秘や下痢を引き起こし、心と身体の調子が悪くなる。
「日和見菌」:代表的なものは、バクテロイデス・大腸菌(無毒株)・連鎖球菌。善玉菌にも悪玉菌にも属さず、優勢な(多い)菌に味方する。身体が弱ると、腸内で悪い働きをする。
「腸内フローラ」を健康的に整えるには

腸内フローラを整えるには、「善玉菌を含む食品」と「善玉菌の餌となる食品」を一緒に摂ることが必要だといわれています。

実は、これは日本人にとって有利なのです。というのも、日本人はもともと野菜や穀類中心の食生活を送ってきたからです。もっとも、近年では洋食化が進み、肉類中心の食生活に変化したため、脂質や動物性たんぱく質など悪玉菌の好む食事に変わってしまい、健康的な「腸内フローラ」を保つのが難しくなっています。ストレスや睡眠不足も、悪玉菌を増やす要因になります。

善玉菌を含む食品は、ヨーグルト、納豆、漬け物、みそ、チーズなどの発酵食品です。発酵食品には、乳酸菌やビフィズス菌など善玉菌が含まれています。発酵菌には、腸内フローラを善玉菌に変える働きがあります。

善玉菌の餌となる栄養素は、食物繊維とオリゴ糖です。どちらも、腸内で善玉菌を増やす助けになります。食物繊維を多く含む食品としては、野菜(ごぼう・にんじん・ブロッコリー・ほうれん草)、いも類、きのこ類、海藻類、納豆をはじめとする豆類などです。オリゴ糖を多く含むのは、玉ねぎ、ねぎ、にんにく、アスパラガスなどの野菜やバナナなどです。
温かい食べ物・飲み物だけでメンタルが落ち着く

そのほか、「メンタルの調子が悪いな」と感じる時は、温かいものを摂ることをお勧めします。身体感覚や身体運動が、脳の認知情報処理に影響を与えるという「身体化された認知」という研究があるからです。

たとえば、ここに冷たいコーヒーが入ったカップと、温かいコーヒーが入ったカップがあるとします。人は温かいカップを持った時のほうが、冷たいカップを持った時に比べると、他者に優しく接することが実験結果として表れているのです。まったく同じ人間なのに、より利他的に振る舞い、他者を温かい人物だと評価したのです。

この現象は、身体に触れる物の物理的な温かさが、人格の温かさと関係していることを示しています。ですから、もし誰かに頼みごとがある場合は、できるならアイスコーヒーを手渡しながら頼むのではなく、ホットコーヒーを渡して頼んだほうが、相手が受け入れてくれる可能性は高まるということです。

今、マインドが不安定になっていると感じたら、まずは温かいごはんを手に持って食べるだけでも、少し心がほぐれるはずです。

[脳科学者 茂木 健一郎]

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