M&Aのストラクチャ(7):新株発行/自己株式売出

ひろです。
それでは新株発行/自己株式売出について、まとめて行きます。

~ここから過去の記事~

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<ビジネスの観点>

さて、既に申し上げた通り、新株発行についてはあまり「M&Aだ!」と呼ばれることは多くありません。そもそも新株発行にしても公募増資(市場の不特定多数の株主に向けて発行する)ということも多いですしね。第三者割当増資(特定の相手のみに発行する)とは限りません。
また、多くの場合新株発行は「資本業務提携」と呼ばれるレベルに収まることが多いです。すなわち、数%~数十%の持分になる範囲に収まる新株発行ということです。
資本業務提携は、「業務提携」では所詮業務上の繋がりだけであるためある意味脆弱な関係であるところ、資本(株式)も絡めることで、「株主である業務提携先が真面目に業務上の協業を推進させなければ、株価が上昇しない(協業をしっかりと行えば株価が上がり、自らにも利益となる)」という状況を作る、というものですね。これによって業務提携のコミットメントを高めることが可能です。
ただ、資本提携は「●%の持分」を相手に差し上げるわけなので、「何度も何度も誰にでも」というわけにはいかなく、発行体側から後戻りすることもまずできないですから、かなり慎重な判断が必要です。

資本業務提携の事例としては、もう解消されましたがスズキとフォルクスワーゲン(VW)を挙げたいと思います。これは発行後にVWは19.9%の株主になるということで、相当に強固な関係を企図して行われたものと思われます。
その発行価格(これは厳密には自己株式の処分なので処分価格という表現ですが)はなんと前営業日から10%のディスカウント、1か月平均から4.6%のディスカウント、3か月から3.6%のディスカウント、6か月から5.0%のディスカウント、というものです。もう「ありとあらゆるものからディスカウント」という感じですね。

第三者割当増資における価格決定には指針(この指針は2010年なので厳密には2009年の上記案件には関係ないと思います)があるのですが、指針上は、

①発行価格は前営業日株価から10%ディスカウントした価格以上にしないとだめだよ!
②ただし、株価や売買高の状況に応じて、前営業日から「適切な期間(最大6か月)」の平均株価から10%ディスカウントした価格以上であれば大丈夫としてもいいよ!

というルールになっています。
このルールよりも低い価格での発行は、「有利発行」として株主総会における特別決議が求められることになります。

実際は、前営業日から10%以上のディスカウントを取ろうとすると株価や取引高に相当に特異な状況が必要です。
たとえば戸田工業から伊藤忠への新株発行では、前営業日から25.5%(!)のディスカウント、1か月平均から18.1%のディスカウント、3か月から6.7%のプレミアム、6か月から2.6%のディスカウント、という激しい発行価格が設定されています。結論としては、彼らは「2か月平均」を用いたとリリースに書いてあります。
なんでそんなことをしたのか? なぜこれは有利発行ではないのか? という説明には、「5. 発行条件等の合理性」においてなんと1ページ以上を割いて説明しています。簡単に言えば「レアアースを使わない技術についてリリース出したら株価が高騰したけど、市場が一時的に過剰な反応をした可能性が高いので、足元の株価は適正な企業価値を必ずしも適切に反映した株価とはいえない可能性があるよ」ということです。
詳細は御覧頂ければと思いますが、このくらい詳細に説明しないと、この条件での発行は出来ないわけです。また、監査役も意見を出している旨の記載がありますが、意見は「伊藤忠にとって特に有利な価格であると直ちに断じることはできない」というかなり慎重な表現になっています(普通は「特に有利な金額に該当しない」という意見がもらえます)。こういった所も配慮が必要になってくるわけです。

VWの事例は2009年とはいえ、かなりぎりぎりまで攻めたような条件ですよね。かなり激しい交渉があったものと思われます。
最終的には解消に至ってしまった経緯については、各所の記事(ここここ)を参照して下さい。

さて、資本業務提携は特定の相手に株主となってもらい業務提携を強化することに着眼が置かれており、その持分は最大でも数十%までに留まり、また、「資金調達手法」としての要素は必ずしも強くないことも多いのですが、「新株発行を通じた買収」とまでなると話はだいぶ変わってきます。
新株発行が買収手段として使われるような場合というのは、基本的な発行会社が相当に財務的に厳しい(資金繰りが厳しい)状況であり、資本増強が必要な状況と言うことができると思います。何しろ、そうでもなければ株式を発行してもらわなくても素直に株主から買えばよい話ですからね(上場しているとTOBかけないといけない=時価以上のTOB価格を設定せざるを得ないためcostlyということはありますが)。

有名事例は、以前も取り上げましたが当然シャープによるホンハイへの新株発行でしょうね。
こちらは記事も多い(ここここここ)と思われるので、ここで多くは語りません。今後のシャープがどうなっていくかに期待していきたいと思います。

<法務の観点>

会社法上の公開会社であれば原則として取締役会の決議のみで足ります。ただし前述の通り、「有利発行」に該当する場合は株主総会における特別決議が必要です。
なお東証上場会社については、希薄化率が300%を超える(今100株発行していたら300株超を発行する)場合は上場廃止になり、希薄化率が25%を超えたり(今100株発行していたら25株超を発行する)支配株主が異動したりする場合は第三者委員会等の意見取得や株主総会決議による株主の意思確認が求められます(急速な資金繰りの悪化等の緊急性が高い状況を除く)。
発行会社における契約の相手方からの承諾は、原則として不要です(ただし、CoC: Change of Control条項が定められている場合を除く)。
また発行会社においては、原則としては許認可はそのままに維持されます。
こちらも企業を買収しているのとある意味変わりないため、株式譲渡と同じように、潜在債務も承継することになります。

<税務の観点>

対象会社における課税で大きな点としては、新株発行の場合は少なくとも発行金額の1/2は「資本金」として組み入れることになるため、資本金金額に対して0.7%の登録免許税が課せられることです。「大きな影響」とは言わないものの全くの無視もできないような水準の税率です。自己株式の処分の場合は資本金が変わらないため登録免許税は不要です。
発行会社の株主には特に税務上の影響はありません(まあ、希薄化が嫌気されて価格が下落すればキャピタルロスという被害はありますが…)。
買収会社もこれというほどの税務上のイシューはないですね。

~ここまで過去の記事~

さて、これでストラクチャーについても一通り終わりました。
ではではまた。

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