エンジニアになりたい理由 下

雨上がり、僕は残った雨雲にぶら下がり、街ゆく人たちをのんびりと、そしてぼんやりと眺めていた。まばらな雨雲たちは、これからまた一雨降らせてやろうか、それとも今日のところはやめてやるか、迷っているようだった。
雨は昨日からずっと降り続いていた。
久しぶりに晴れたものだから、日常的に散歩をする人たちが一斉に玄関を出てきたのだろう。いつもよりやけに散歩をする人々が多いように感じた。

何も言わずに雲にぶら下がっているのも、なんだか雲に悪い気がして、質問をしてみた。

「ねえ、なんで泣くのやめちゃったの?」
「みんなが泣くのをやめたからね。僕もやめたんだ。」
「じゃあ、他の雲がまた泣き出したら、君もまた泣き始めるの?」
「かもしれない。」
「なんで?」
「だって、他の雲たちは泣いているのに、僕だけ泣かないのは、他の雲たちに白い目で見られるだろう。雲だけに。」
「雲だけに?何もかかっていないよ。」
「そうだったね。」
「雲たちにもそういう同調圧力みたいなの存在するんだね。」
「うん。どこにだって存在するよ。」
「生きづらいね。」
「うん、生きづらい。」
「今日はもう泣かないの?」
「うん。泣かない。」
「なんで?」
「あまり泣きすぎると、僕らは消滅しちゃうからね。」
「ああ、そっか。それが怖い?」
「怖くなんかないさ。もう何度も消滅してきたからね。その度に新しい僕に生まれ変わる。」
「輪廻転生的な?」
「そう、輪廻転生的な。」
「前の雲だった時の記憶は存在するの?」
「しないよ。」
「じゃあなんで輪廻転生してるってわかるの?」
「そういうものなんだ。」
「ふーん。」

「生きる意味ってなんだと思う?」
「生きる意味?そんなの考えたことないな。」
「じゃあ考えてみてよ。」
「そんなものは存在しないよ。」
「初めて聞いた。そんな回答。」
「そうか。雲は少し特殊だからね。生きる意味なんて存在しないよ。」
「人間もそうなのかな?」
「うん、人間もそうだと思う。生きる意味なんて存在しないよ。」
「そんなことないと思うけどな。」
「そんなことあるよ。人間は何かにつけ、理由や答えを見つけたがる。人間の悪い癖だよ。」
「そうなのかな。」
「そうだよ。自然界において、そんなの考える方が不自然だよ。雲だけにね。」
「また何もかかってないよ。」
「そうだったね。」

「全ての物事に意味なんて存在しないよ。あるのはただそこにある現実だけ。意味なんてありゃしない。」
「そういう考え方もあるよね。じゃあ国と国の争いとかご近所さんとのやりとりとか、恋人同士で愛し合うこととか、全て意味がない?」
「うん。意味がない。」
「じゃあ、生きること自体、意味がないね。」
「うん。生きること、それ自体に意味がない。だってすごく不合理だし、不条理だし。」
「じゃあ、僕らは全員死ねばいい?」
「全員死ぬでしょ、そのうち。」
「確かにそうだね。」
「うん。だから意味がないんだよ。」
「どういうこと?」
「意味がないから死ぬんだよ。意味があったら死ぬことなんてないでしょ。永久に不滅だ。」
「確かにそうかもしれないね。」
「この世に不滅のものなんてありゃしない。」
「だから全員死があると。」
「そう。だから全員に死がある。物事は死して完成するんだよ。」
「難しいな。」
「死ぬと初めてそこに意味が見出されるんだよ。」
「深いね。よくわからないや。」
「そのうちわかるさ。」

家に帰ると残った洗い物を片付け、海外で買ってきたマグカップにコーヒーを注いだ。
マグカップから立ち昇る湯気は、ゆらゆらと上昇していき、そして消えていった。部屋中に力強く香るコーヒーの香ばしいかおりを残して。

コーヒーを注いでやるとなんだかマグカップは嬉しそうだった。

さて、そろそろ本題に入ろう。

僕がエンジニアになりたい理由。

ここまでつらつらと思いつくがままに文章を書いてきた。

構成はこうしようとか、
これを書いたら面白いかもとか、
オチはこうしようとか、

そんなものは一切考えなかった。
ただただ思いつくがままに書き続けた。
関係があることも、一見関係がなさそうに見えることも。

だから、上中下の三部作になってしまったし、下の冒頭部分なんて、純文学っぽくて、村上春樹っぽくて、なんだか可笑しくなる。

でもこれが僕の頭の中だから仕方がない。
筆が進んでしまったのだから仕方がない。

何かを想像し創造すること。

これが少しばかり、得意なのかもしれない。

文章は何かを表現するために存在する。
だから文章が好きだ。

エンジニアになりたい理由をテーマに思いつくがままに書き続けた。
だから上中下の文章の中にそれらの理由が散りばめられているのだと思う。

上は自分の過去を、プログラミングを学び始めたきっかけを。
中は自分という人間について。
下はまとめ。

読み返してみると、面白いことに気付く。
僕はずっとエンジニアに憧れ続けていたのだ。

それはなぜかもしっかり書いてある。
何かを生み出す人に憧れ続けていたのだ。
世界中に感動を生み出す人に。
人々の心の中に残り続ける人たちに。

だから、キングカズに憧れ、ロベルトバッジョに憧れ、ロナウジーニョに憧れた。

そしてもう一つ。

僕も何かを生み出す能力が欲しかったのだ。
だから、二度挫折しても、諦めずに三度目の挑戦をした。

中を読み返してみると、当たり前なのだが、今までの自分の行動は、自分という人間の哲学に基づいた行動だったのだと気付いた。

ずっと考え続けてきた物事の根底概念。
よくもまあ色々なことを飽きずに、懲りずに考えてきたなと自らに脱帽する。
よくやったよ、俺。

「世の中にインパクトを残したい」

これが僕が見つけた働く理由なわけだが、
この働く理由こそが、エンジニアになりたい理由、
もっというと、プログラミングを学んだ理由だったのだと気付いた。

エンジニアでなくとも、僕が憧れてきた人々は、世の中にインパクトを与えてきた。
たとえそれが小さな小さな世界であっても。
たとえそれが宇宙規模では意味のないことだとしても。

何かを生み出したい。
そして生み出した何かで世界にインパクトを与えたい。

この定義が根底にある。

言い換えると、この定義が達成されれば、エンジニアでなくともいいというわけだ。

小説家。

文章を書く仕事は、まさに創造性に富んでいると思う。

その上、好きだからこれも続けていきたい。

デザイナー。

何かをデザインすること。これもまた創造性の塊だ。

ミュージシャン。

スポーツ選手。

起業家。

僕はきっと、新しいことを生み出していきたい。
そういう性分なのだと思う。

エンジニア。

エンジニアになれればそれで目的達成なのかという疑問が生まれてくる。

答えは、ノーだ。

なぜなら、先にも述べた、

何かを生み出したい。
そして生み出した何かで世界にインパクトを与えたい。

これが重要になってくるからだ。しかも、高次元で。

エンジニアとして仕事をすること。これはどちらか一つを叶えることはできると思う。
何かを生み出すことか、もしくは、世界にインパクトを与えること。

でもどっちも達成したい。達成しないとダメだ。

それを達成するためにエンジニアを目指しているのだと思う。

想像することが好きな僕。
創造することが好きな僕。

エンジニアとして仕事をしながら、趣味で開発もしていきたい。
趣味で文章を書いてしまうくらいだから。

なぜ文章を書くのかを考えてみると、それしか僕には手段がなかったからという結論に辿り着く。
僕にデザインのセンスがあったら、おそらく何かをデザインしているだろうし、絵のセンスがあれば絵を、音楽のセンスがあれば音楽をやっていただろう。それはコーディングでも同じだ。
コーディングのセンスと知識があれば、恐らく趣味で何かを生み出しまくっているだろう。

僕はそれを増やしていきたいだけだ。

自分の世界を、未来の可能性を広げたいだけだ。

文章は、たまたま好きだったのと、たまたま少しだけセンスがあっただけだと思う。
でもいきなり文章がそれなりに書けたわけじゃない。
一つ一つの積み重ねだったように感じる。
幼い頃から人より文章を読んできたからだと思う。
そして書いてきたからだと思う。

学校の作文などは本気で取り組んだし、大学時代の哲学の最終レポートで超大作を書いたこともある。
授業はつまらなくて出ていなかったのに、出席必須の授業であったにも関わらず、自分で学んできた哲学を、自分の哲学を書いたらSが貰えた。
教授からは異例だと言われた。

ようやく、ある程度書けると自信を持てるようになった。
しかしここまでくるのに十数年かかった。

コーディングも同じであろう。
2023年の4月から本格的にプログラミングを学び始めたが、まだまだ納得のいくものは生み出せていない。
それもそうだろう。
文章でさえ十数年かかるのに、半年やそこらで納得のあるものを生み出せてしまったらもうそれはただの天才だ。

スクールの同期である、神といわれる人たちを見てみても、コードを書ける!という人を見てみても、十数年、少なくとも十年くらいはプログラミングしてきました!という人々がほとんどだと思う。

ましてや人より成長スピードが遅い自分にとっては、もっとかかるかもしれない。

「本当の意味でのプログラミングを理解をしたい」から。

「わかった気になんてなりたくない」から。

でもこれにはいい面もある。
誰よりも深く理解ができるから、理解できた時のブレイクスルーは非凡だ。

何かを生み出すこと。
そして世界にインパクトを残すこと。

この二つはセットなのだ。

マグカップに注いだコーヒーのように。
どちらも欠けてはいけない。


いつの日か、

何かを想像し、創造し、世界を変えたい。



だから僕はエンジニアになりたい。


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