五輪・オブ・ミルファーム――長柄高校馬事文化研究部活動記録⑩

「いやぁ、すごいわね、馬術」
 職員室にこの日の活動記録を提出にいったときのことだ。顧問の田村宮子先生が雑談のなかでそんなことを口にした。
「ああ、オリンピックですか」
 いま、真っ最中である。部員のみんなもこのあいだ意外に中継を見てることが判明したけど、田村先生も同じらしい。
「なに言ってるの。私たちは『馬事文化研究部』なのよ? 馬術競技はきっちり押さえておかなきゃでしょ」
 う……たしかに。いまやすっかり馬券狂いサークルのように思われてしまっている僕たちだけど、少なくとも建前としては競馬を含めた馬と人の文化を研究する部として設立されたのだ。
「えと、昨日やってたのは、障害馬術の個人決勝でしたっけ」
「ええ。馬場馬術も芸術的でうっとりしたけど、障害馬術はうってかわって迫力満点よね。普段、競馬の障害レースを見てる人なら絶対『なにあのジャンプ、めっちゃ高い!』ってなるから、競馬ファンにこそぜひ見てほしいわね」
「総合馬術のクロスカントリーもおもしろいですよね。距離のあるコースを走るぶんスピードも出てますし、より競馬に近い印象でした」
「障害レースにかぎって言えば、歴史的にはああいうクロスカントリーこそ近代競馬の起源でもあるからね。それこそ十八世紀のイギリスではじまったときの競馬ってあれくらいのスピード感だったんじゃないかしら。まさに歴史を見てる気分になれるわよね」
 なるほど、競馬の歴史か。そういう視点で見ると馬術にもまた違ったおもしろさを発見できるかもしれない。
 いずれにせよ選手のみなさんの技量や、それに応える馬のすばらしさは、素人の僕にもはっきりとわかった。
「馬術に限らずですけど、どの競技でも出場した選手のみなさんが競技後に対戦相手に敬意を表したりエールを送ったりしているのも、素敵だと思います」
「そうよねえ。ああいうことこそスポーツマンシップよ。私も普段はそんなにスポーツに興味があるほうじゃないけど、ああいう姿こそ子どもたちに伝えていくべきだと思うわ」
 田村先生はやにわに椅子から立ち上がると、熱っぽく語りだした。
「少し前に、『順位をつけない小学校の運動会』みたいなものが話題になったことがあるじゃない。個人的にはあれは教育としてちょっとずれてると思うのよね。将来に備えて子どものうちから競争に慣れさせるべき、とかじゃなくてね、一位になった子がその力を発揮できた理由は、なにもその子の能力だけじゃないってことを理解させる意味で、順位付けや記録も大事だってことよ。つまり、最高のライバルがいるからこそ最高の記録が出せるってこと。『私がすばらしい記録を残せたのも、あなたがルールの中で最善を尽くしてくれたからです、ありがとう』って気持ちを込めて、勝っても負けても相手を称える精神。スポーツ教育においてはこういう精神をこそ涵養すべきであって、結果の平等ばかりに目を奪われると大切なものを見失うんじゃないかしら。スポーツだけじゃなくて文化だってそうよ。たとえば多くの人の心を揺さぶる名曲や、歴史に残る小説や漫画の名作を生み出せる天才はたしかにほんのひと握りだけれど、それじゃあ夜のアーケード街でひとりギターを奏でるストリートミュージシャンやネットの投稿サイトに下手くそな作品を発表する素人作家が無意味な存在かっていったら、そうじゃない。こういう凡百な作品だって文化の場を育ててるし、名作が生み出される土壌になっているのよ。歴史に残る名作を生み出す天才は、もしかしたらあなたの下手くそな歌を聴いて、下手くそな漫画や小説を読んで、その道に興味を示すようになったのかもしれない。別に競争が大事ってことじゃないの。むしろ才能や能力そのものが必ずしも個人だけのものじゃなく、他者とのかかわりや環境の中で獲得され、発揮されていくものだってことを、子どもたちに理解してもらうことが大切だし、私たちも理解することが大切じゃないかと思う。だからスポーツや文化を見たり体験したりすることはすごく重要だし、競馬だってもっと子どもに見せていくべきだし、2003年の皐月賞で勝ったネオユニヴァースのデム〇ロが二着サクラプレジデントのカツ〇ルの頭をポカってやったシーンとかももっとプッシュしていくべきなのよ!」
「……ん?」
 ずいぶん長広舌の演説でしたけど、最後だけなんかおかしかったような……。そもそもデム〇ロさんのあれについては「互いの健闘を称えあったシーン」としてだけ後世に伝えてよいものかどうか……。真意については本人談も含めて諸説あるみたいです。
 まあともかく、僕たちのこんな与太話も、どこかの天才さんのご笑覧に預かることがあればいいなと願いつつ、先週の新馬戦回顧をお送りしたいと思います。

7/31 函館5R 芝1200m 勝ち馬:ソリッドグロウ
評価☆4

姫「この馬は全兄に京王杯2歳Sを勝っているモントライゼがいる血統よ。この日の馬体重が438キロと、500キロ台の兄よりもだいぶ小柄みたいだけど、どう?」
ハヤタ「フレームは小さめだけど、前後に筋肉はついてるし、体のわりに胴も長いからやっぱりスピードタイプだと思うよ。お兄さん同様、息の長い活躍ができるかどうかは、筋肉が固くならないかにかかっているかも」

7/31 新潟5R 芝1600m 勝ち馬:ラニュイエトワール
評価☆4

ハヤタ「パドックではちょっとテンションが高かったけど、体は仕上がりきってたと思う」
璃子「直線では中団以下がごちゃごちゃしてた中、この馬は先行三番手で外目につけてて、揉まれるところがなかったもんね。人気にもなってたし、順当勝ちかな」
恵麻「美浦の尾形厩舎所属ながら川田騎手を起用してきたし、初戦から勝負かかりだったのかも」

7/31 新潟6R 芝1200m 勝ち馬:ジャスティンヴェル
評価☆4

璃子「ここも川田騎手だったねえ。栗東・安田隆行厩舎との黄金コンビ」
ハヤタ「馬はそこまで短距離向きってふうには見えなかったけど、脚や繋が長くて、スピードの出る馬場は向きそうなタイプだね」
璃子「ここは正直、相手に恵まれた感もあるけど、スローペースで逃げ馬不在と見るや積極的にハナを奪いにいった川田騎手の好判断も目立った。馬も自分のかたちにハマればしっかり走れるタイプかな」

8/1 函館5R 芝2000m 勝ち馬:ロン
評価☆5

ハヤタ「5頭立てだったけど、どれも良い馬で、レベルが高い一戦だったと思う」
恵麻「勝ったロンと3着のホウオウブリッツが評価☆5、2着のジャスティンスカイが評価☆6、レモンケーキとシャーマンズケイプも☆4だもんね。どの馬も相手次第で次走勝ち上がりも十分ありえるって評価だよ」
ハヤタ「勝ったロンは腹袋がしっかりしていて、持続力に長けたタイプだね。牝馬としてはめずらしいタイプかな」
璃子「自分の脚質をうまく生かせれば、クラシック戦線でもおもしろい一頭かも」
ハヤタ「2着ジャスティンスカイも雄大な馬体が目立ってて、東京とかの広いコースでもぜひ走りを見てみたい馬だよ。勝ったロンとは仕上がりの差だと思う」
姫「この馬は1月19日生まれで、新種牡馬キタサンブラックの『一番仔』としても話題になってるわね。お父さんとも似た雰囲気があるし、これもクラシックに向けて期待が膨らむ一頭よ」
璃子「まさしく少数精鋭の一戦だったね。このレースもひょっとすると『伝説の新馬戦』になるかもしれない」

8/1 新潟5R 芝1800m 勝ち馬:ルージュスティリア
評価☆6

璃子「単勝1.4倍の圧倒的人気のディープインパクト産駒、ルージュスティリアが快勝」
恵麻「上がり三ハロンが32秒7。超スローペースで二着馬の上がりも32秒6だから鵜呑みにできるかってところはあるけど、新潟2歳Sも狙えるくらいの脚ではあるよね」
ハヤタ「馬体もいいよ。胸が深くて心肺機能が高そうだし、筋肉も収縮力がありそう。まだ体に緩いところもあってふらついたけど、完成してきたら相当なレベルまで行く可能性はあるよ」
姫「今年のダービーも制した藤原厩舎と福永騎手のコンビ。牝馬のこの馬もクラシック候補としてマークはしておきたいわね」

8/1 新潟6R 芝1600m 勝ち馬:ボンクラージュ
評価☆3

ハヤタ「パドック映像だと角度的にはっきり見えづらかったんだけど、幅の狭い体型で芝の中距離向きって印象かな」
璃子「スローペースで逃げ切り。牝馬限定戦で全体のレベルがどうかも、いいスピードは見せたね」
姫「ここにも藤原厩舎×福永騎手のサブライムアンセムが出てきたけど、直線では内にもたれどおしで満足に追えてなかったみたい。そのあたりを修正できれば勝ち上がってきそうだけど……」

 というわけで新馬戦回顧は以上だ。
 ここからは気になった未勝利戦も取り上げておきたい。まずは8/1新潟1R。

8/1 新潟1R 芝1600m 勝ち馬:ベルクレスタ
修正評価☆5

恵麻「断然の一番人気に応えて三馬身半差の快勝だったね」
姫「道中は中段待機。直線を向いたときは一瞬馬群に包まれそうにもなったけど、前が開いてからはぐんぐん加速して一気に抜け出してきたわね。ここでは力が違ったってところかしら」
璃子「新馬戦で私たちも☆4と評価してたわけだけど、この勝ちっぷりなら評価を上げていいよね。牝馬クラシック戦線に食い込んでくる一頭になりうるでしょ」

 と、Go for the classicsという観点からはここまでで十分なはずなんだけど、室谷さんがどうしても取り上げたい一戦があるのだという。

8/1 新潟2R 芝1000m 勝ち馬:エシュロン

璃子「ミルファームの運動会……いや、ミルファームのオリンピックや!」
ハヤタ「え……ど、どういう意味?」
姫「ハヤタ、これを見なさい。馬柱の、馬主と勝負服の欄よ」
ハヤタ「え、えええ! なにこれ、同じ勝負服がずらりなんだけど」
姫「そう。このレースは出走18頭中、じつに過半数の10頭が同じミルファームの所有馬。早い時期からどんどん新馬戦に使う戦略で知られたミルファームは、8月の新潟開催でおこなわれる芝1000mの二歳未勝利戦に所有馬を大挙出走させることでも有名なのよ。新潟の長い直線で同じ赤白格子の勝負服がずらりと並ぶこの光景は一部で『ミルファームの運動会』ともいわれ、最近じゃ夏競馬の風物詩のひとつとなっているのよ」
璃子「そして結果も1着エシュロン、2着チアリングでミルファームのワンツーフィニッシュ! まあこれだけ数出してればそうなるでしょ、って感じだけどね!」
姫「あんたはなんでそんなはしゃいでるのよ……。まあ滅多に見られない光景で、おもしろいレースではあったのはたしかだけどさ」
ハヤタ「なんかおまけコーナー的なところにいちばん時間かけてる気もするんだけど、いいのかな……」

 時間をかけるばかりかタイトルにまでしちゃってるけど……まあオリンピック真っ盛りの世相に免じてお許しいただければと。
 牝馬でおもしろそうな馬も何頭か出てきたし、競馬でもほかのスポーツに負けないくらいの熱戦が繰り広げられることを期待しつつ、ではまた来週。



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