それが、大事――長柄高校馬事文化研究部活動記録⑧

「結局のところ、馬券で大切なことはすべて、大事M〇Nブラザ〇ズバンドが教えてくれてるのよね……」
 完成した先週分の活動記録を見せに教科準備室を訪ねると、我らが馬事文化研究部顧問の田村先生が窓の外を見つめてたそがれていた。
 あ、これはまた、あれだな……。
「いや違うのよ、天塩君。今回の負けはほんのちょっと。本当に少額だから」
「全然違わないじゃないですか……」
 前も似たようなことがありましたよね? いいかげんワンパターンだって言われちゃいますよ。
「それで先生、今回はどのレースで痛い目を見たんですか?」
「いやね、昨日、仕事が早く終われたから、船橋のナイター競馬をちょっとやってみたんだけど」
 船橋って……。週末の中央競馬だけでは飽き足らず、平日夜の地方競馬にまで手を出すとか、先生も相当馬券好きだよね。
「まあ聞いてよ。昨日のメインがJRAとの交流戦でね。地方勢とJRA勢の能力比較が難しい条件だけど、だからこそ基本に立ち返って、私なりに競馬新聞で距離実績や馬場実績を精査、注目馬を二頭ピックアップしたのよ。一頭は一番人気の地方馬カレンカカ、そしてもう1頭が中央所属馬のポートロイヤル。こちらは九番人気よ」
「九番人気。それはなかなかの穴馬ですね」
「ええ。でも、そこに罠があったのよ……」
「罠……と言いますと?」
「好走条件は揃ってるように思える。なのに人気はない。するとこう考えちゃうのよ。『あれ? ひょっとしてこの馬、私が知らないだけで、何か死角とか不調の情報とかが出てるのかも……』ってね。もう一頭の注目馬が人気馬だとなおさらよね。で、怖くなっちゃって、人気馬の馬券を買う。……あとはわかるわね?」
「……ポートロイヤル、来たわけですね」
「積極的な先行策から直線では粘り強く押し切って一着よ。展開的にも確たる逃げ馬不在で、先行勢が有利になると見越していたし、二着のアンダーザスターもきっちり押さえていたのに、なぜ……」
 苦い記憶がよみがえったのか、先生は両手で頭を抱えた。馬券は自己責任とはいえ、たしかに気の毒ではある。予想はいい線行っていただけに、なおさらだ。
「そう! そうなのよ! 予想がはずれたならまあ仕方ないって思えるんだけど、予想は当たってるのに馬券が取れてない、これがいちばんフラストレーションが溜まるのよ! このレースだけじゃなくて、このところほかでもそんなレースが続いててねえ……まいっちゃうのよ、ホント」
 と、深いため息をつく田村先生。そういえば室谷さんも前に似たようなことを言っていたなあ。まあスランプというか、競馬をやる人が全員直面する苦しみなのかもしれない。
「ええと、それで、大事M〇Nブラザ〇ズバンドでしたっけ? いまの話にそのバンドがどう関係してるんです?」
 音楽にくわしくないこともあって、僕ははじめて耳にする名前のバンドだ。
「だからね、自分なりにしっかり予想ができたときは、人気だとか新聞のシルシだとか、そういうものに惑わされちゃいけないってこと。(他人の意見に)負けないこと、(いったん書いたマークシートを)投げ出さないこと、(券売機の前から)逃げ出さないこと、(自分の予想を)信じ抜くこと、(財布の中身が)ダメになりそうなとき、それがいちばん大事、なのよ!」
 財布の中身がダメになりそうときは馬券に手を出さないことがいちばん大事だと思いますけど……まあ、言わんとしてることはわからないでもないです。
「いま世の中、90年代の音楽文化がなんだって騒いでるけど、そんなに言うならもう、『負け〇いで』と『それ〇大事』だけ流しときゃいいのよ。誰からも文句つけられないんだから」
 あの、なんの前触れもなしに危ない方向へ舵を切るの、やめてもらっていいですか。もはや触るだけでもいろいろ言われかねない話題なんですから。放言するにしても、せめて競馬に絡めたネタにしてください。
 そのあとも先生は最近の世相を切りながら僕がまとめた活動記録にコメントをつけてくれた。時折「だいたいやねえ」などと関西弁もまじえてきたのは謎だけど……。
 そんなわけで、結果はこちら。


7/17函館5R ダート1000m 勝ち馬:ダンスウィズジョイ 評価☆3

璃子「5頭立ての少頭数のダート1000m戦。しかも、混合戦にもかかわらず出走全馬が牝馬。なかなか見ない特殊な一戦になったよね」
恵麻「結果も1着から5着まできっちり人気通りの決着。新馬戦でもこうなるんだねえ」
ハヤタ「勝ったダンスウィズジョイは、表現が難しいけど、後ろより前の筋肉が多くて、ダート向きのパワーがあるんだよね。そういう面も向いたのかなと思う」
姫「父はシニスターミニスター、母の父はサウスヴィグラス。血統的にもいかにもダート向きだし、生産もダートの活躍馬をよく出すグランド牧場。ここは陣営も狙いすました一戦だったのかもしれないわね」

7/17小倉5R 芝1800m 勝ち馬:シゲルイワイザケ
評価☆4

璃子「今年のシゲルはお酒シリーズかと思ったけど、そういうわけではないんだね……」
ハヤタ「えと……なんで室谷さんは微妙に落ち込んでるの?」
姫「『シゲル』の冠名で知られる森中蕃オーナーは毎年テーマに沿った馬名を同世代の所有馬につけることで有名なの。お魚シリーズとか役職シリーズとかね。ところが今年の二歳馬の馬名はどうも統一感がなくて、それをちょっと残念がっているのよ」
恵麻「その点についてインタビューでオーナーは、今年の二歳馬には『楽しいかなと思う名前』をつけたって答えてるみたい。馬名の公募もかけてるみたいだし、馬名でファンにも広く楽しんでもらいたいって意向なのかも」
姫「今年は期待の馬にはお酒の名前をつけてるって説もあるわよ」
ハヤタ「シゲルイワイザケは中距離向きの体型で体の使い方も上手。勝ちっぷりも余裕があったし、たしかに……」
宮子「ただ、馬券で熱くなりすぎたらアカンよ」
姫「シゲル賢者のありがたいお言葉……」

7/17福島5R 芝1800m 勝ち馬:セプテンベル
評価☆3

姫「牝馬限定戦。勝ったセプテンベルは結果的に逃げて突き放したわね。ドゥラメンテ産駒は先行して味のある馬が多い気がするわ」
ハヤタ「この馬は芝向きのバネがあって、仕上がりもよかったみたいだね」
璃子「それにしてもこのレース、ハヤタがパドックからサバイバルアートをピックアップしたときは耳を疑ったよ……。最低人気だよ?」
恵麻「でもその馬がちゃんと二着に来るんだから、やっぱりすごいねえ」
ハヤタ「いやいや……。小柄だけど筋肉の質が良い感じがしたんだ。体型的にも中距離が向きそうだったし」
璃子「これで未勝利をしっかり勝ち上がったら本物だね。この馬もハヤタも」

7/17小倉6R 芝1200m 勝ち馬:スリーパーダ
評価☆4

姫「スリーパーダはきょうだいにオークス馬のシンハライトを始め、重賞やオープンクラスを勝った馬がずらりと並ぶPOGではおなじみの良血馬よ。父がディープインパクトの血を引くミッキーアイルになったから、さすがにスプリンター色が強くなったかしら」
ハヤタ「そうだね。小柄で軽さのある感じの筋肉で、軽い芝が合うタイプだと思う」
璃子「道中は一旦控える冷静さも見せたし、最後もまだまだ余力がありそうな手応えに見えた。イケてないのでは疑惑は完全に払しょくされたね」

7/17福島6R 芝1200m 勝ち馬:ウインモナーク 
評価☆3

璃子「勝ったウインモナークと二着のヴェラフォルツァはともに『軍団』の馬ってことで、想定段階でシェアポイント狙いのPOGに入れるか迷ったんだよ……」
恵麻「馬体面、血統面ではどちらもアリって話だったんだけど、指名者数が多くて断念したんだよね」
ハヤタ「ウインモナークは厚みのある筋肉で、走らせるとビューンと伸びる感じ。お父さんの良いところを受け継いでいるんじゃないかな」
恵麻「クラブのHPだと球節が独特のかたちをしてて足元への負担が大きそうだってコメントも出てるから、なんとか無事に行ってほしいところ」
姫「ヴェラフォルツァはお母さんのラッフォルツァートも現役時代は同じ西園厩舎に所属していて、二歳戦で結構活躍したのよね。この馬も早い時期から活躍を見込めるんじゃないかしら」
璃子「ホント、指名者数がもうちょっと少なければなあ……」

7/17 函館11R 函館2歳S(GⅢ) 芝1200m
勝ち馬:ナムラリコリス

璃子「さて、ここで重賞の函館2歳ステークスも振り返っておこうか」
恵麻「勝ったのは三番人気の牝馬、ナムラリコリス。札幌でのデビュー戦は2着と敗れたものの、函館に替わった前走の未勝利戦で勝利。そこから中1週での参戦だったけど、好スタートから前二頭とはやや離れた三番手でリズムよく進めると、直線では馬場の真ん中あたりからしっかりと足を伸ばして最後は1と1/4馬身抜け出す快勝だったよ」
ハヤタ「首をうまく使ってしっかりバネをきかせて走れてた。繋は短いんだけどわりとすっきりとした筋肉がついてて、芝の短距離はぴったりだね」
姫「父はジョーカプチーノだけど、体つきからは母の父マツリダゴッホの影響も強いのかもね。マツリダゴッホは早い時期の芝短距離で活躍する馬を出すイメージもあるし、血統面でもここはハマった感じかしら」
璃子「私たちの推してたカイカノキセキは二着。いいレースはできたと思うけど、勝ち馬とは函館経験の差も出たかなあ」
宮子「とりあえず複勝だけは取れたわ! ありがとう、ありがとう……」

7/18 函館5R 芝1800m 勝ち馬:リューベック
評価☆5

ハヤタ「肩が寝ていて前脚がやや長め。ストライドを広く取って走れる、中距離向きの馬だよね」
姫「全姉がナッソーSの優勝など海外遠征でも活躍を続けるディアドラ。金子真人オーナーがセレクトセールで6600万円で落札した馬で、デビューから注目を集めていた一頭よ」
璃子「ここはさすがに力が上だったって感じか。ただ逃げてスローペースに落とす形になったから、今後厳しいレースを経験してどうかってところは注意しないといけないかもね」

7/18 小倉5R 芝2000m 勝ち馬:グーデンドラーク 
評価☆6

ハヤタ「ひと目で良いなあって思える馬だよね。皮膚が薄くてきれいだし、すごく均整の取れた体型で。距離や馬場も幅広くこなせそう。渋った馬場とか、坂のあるコースも問題なくこなしてくれるんじゃないかな」
璃子「オールマイティタイプかあ。条件替わりでも好走できそうっていうのは心強いよね」
ハヤタ「パドックではメンコにパシファイヤー着用だったから何か癖があるのかなと心配してたけど、レースでは外してたから、たぶんパドックで集中させる効果を狙ってたのかも」
姫「パドックでは馬具にも注目ってことね」
恵麻「ちょっと話は変わるけど、このレース、週報でレースコメント見てちょっとびっくりしたことがあってさ」
姫「なに?」
恵麻「6着に敗れたタイセイディバインの川田騎手が『返し馬の段階からせきがひどくて、こちらに輸送して体調を崩したのかも』ってコメントしてるの。えーって思っちゃって」
璃子「ああ、それは……。単勝一倍台の人気馬だったしねえ」
ハヤタ「せきしてるとかはさすがにパドックや返し馬ではわからないよ……」
璃子「せめて返し馬のときに騎手が『セキガー!』って叫んでくれればいいんだけど」
姫「馬場内で叫んでいいのは『ドイテー!』だけよ」

7/18 福島5R 芝1800m 勝ち馬:ミッキーブンブン
評価☆6

恵麻「出遅れたけど道中じょじょに追い上げて、直線でもしっかり伸びて差し切ったよ」
ハヤタ「体格にも恵まれてるし、体型や繋の長さと角度も理想的で、推進力を効率よく使える感じだと思う」
姫「たしかに一歩一歩ぐいぐい進むようなフットワークだったわね」
ハヤタ「距離が伸びても全然大丈夫だと思う」
璃子「あとは出遅れが癖にならないといいよね。今回はスローペースで逆に追い上げが楽になったかもしれないし、上のクラスでペースが上がったときに対応できるかが課題になるかも」

7/18 福島6R ダート1150m 勝ち馬:カセノダンサー
評価☆3

ハヤタ「やっぱりこの馬は短距離向きの体型って感じ」
璃子「どういうことか、ちょっと解説お願い」
ハヤタ「そうだね……。まず、お尻が丸くて太もも(トモ)の肉付きも良いから、ダッシュしてスピードを上げられる。首は短めで肩も少し立っているから、走りは回転の速いピッチ走法になりやすい。それでいて胴と背中は長めでその分のストライドも稼げるから、一気に加速して最後は体格で体型で粘るみたいなレースが得意……まあそんなところなのかな」
宮子「なるほどねえ。勉強になるわ。そのうち、天塩君に馬の見方の基本的なところを振り返ってもらう時間を作ってもいいかもしれないわね」
ハヤタ「き、恐縮です。僕も普段は感覚で判断してるところもあって、ちゃんと言葉にするのは難しいので、できれば教科書的なものに沿ってやっていければ……」
璃子「まあ、こうご期待ってことで」

 なんか最後に重大発表があったけど……ホントにやるの、これ? いやまあ、毎回毎回飛び出す危ない発言をいさめるよりは馬事文化研究部の活動趣旨に沿っている気はするけど、うう、プレッシャーだなあ。
 いつから、どんなかたちで始まるのか、いやそもそも本当に始められるのかもまだ不透明な企画だけど、まあできるかぎり頑張ります。


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