コマンドラインの一年後を占う?――長柄高校馬事文化研究部活動記録②

「では始めましょう、来年のダービー馬を探せ! Go for the classics 2021-2022 第一回新馬戦回顧~、パチパチパチパチ」
 馬事文化研究会の室内に、室谷さんの軽やかな拍手が鳴り響く。
 えと……これはどうしたらいいの? 長机を囲むほかのふたりは黙ったままなんだけど……。
 と、僕が反応に困っていると、室谷さんはとうとう沈黙に耐えかねたのか、拗ねたように唇をとがらせた。
「なにさ、もう~。人がせっかく小〇翔太風のどなりで盛り上げようとしてるのさ」
 だらしなく机に突っ伏した室谷さん。
 それを見て僕の隣に座っていた阿久津さんが嘆息する。
「いらないのよ、そんな伝わりにくい盛り上げは。だいたい、こういう企画で真似するなら、古〇剛彦か村〇浩平でしょうが」
「いやあ、そこはほら、好感度にあやかりたいっていうか」
「なるほどたしかに、小〇君ってGCだと好感度で売ってるみたいなところあるもんね」
と、変な乗っかり方をしたのは、僕の正面にいた渡辺さん。あいかわらずにこにこと笑顔を浮かべているけど、真意が読みづらいんだよなあ。好感度で売ってるって……。持ち上げてるのか貶してるのか、微妙なところだ。「GCだと」って限定もなんか含みがあるし……。
 あとスルーされそうになってるけど、古〇さんと村〇さんの好感度が低いとかそういうわけでもないからね? お三方とも、僕はご活躍をいつも楽しく拝見させていただいてます。
 だめだ……このままでは記録に残すことすらはばかられる危ない方向へ話が向く……もとい、いつまでたっても本題が始まりそうにない。ここはひとつ、僭越ながら僕、天塩隼太が軌道修正をはからせてもらおう。
「ええとそれで、今日の議題は先週の新馬戦回顧ってことでいいの?」
「そうそう、それだよ、それ」
 テーブルから身を起こし、室谷さんが我が意を得たりとばかりに僕を指さす。乱れた髪が頬にかかる様はファッションモデルのスナップ写真のようだ。ホント、黙っていれば文句のつけようがない美人なんだけどなあ……。
「ダービーも終わって、先週からJRAで二歳馬戦が始まったからね。そのレースに出走してきた新馬を私たちなりに分析して、来年のダービー馬を見つけようってわけ」
 なるほど、そういう企画趣旨なんだね。僕たち馬事文化研究部にふさわしい活動なんじゃないかな。
「来年こそはダービーの馬券を取りたいからね……!」
 室谷さんの目が邪悪な感じにゆがむ。……健全にまとめかけたのに裏の目的を暴露しないで。あと、その台詞も誤解を生むから言い方に気をつけてね? ちゃんと断っておくけど、僕たちは高校生なのでリアルな馬券は買ってません。室谷さんの言う「馬券」とはあくまで、インターネットサイトの予想大会で登録できる「エア馬券」のことである。
 馬券は二十歳になってから。
「って、ちょっと! さっきから始める始めるって言って、全然始まってないじゃない!」
 と、生真面目なところのある阿久津さんが机をたたく。ごもっともです、はい。
「まあまあ、姫ちゃん。先週の新馬戦ってことは、やっぱりコマンドライン?」
 猛る阿久津さんをなだめつつ、渡辺さんが絶妙なパスを上げる。コミュニケーション能力高いなあ。
 そのパスを室谷さんがキャッチ。
「もちろんコマンドラインが今週の目玉だけど、お楽しみはのちほどってことで。とりあえずほかのレースから検討しない?」
「それじゃあ、土曜日中京5Rからでいいわね?」
 阿久津さんの提案を受け、僕たちは各自手元の電子端末を操作。雑誌のサブスクリプションサービスを使って競馬情報誌『週刊Gallop』を開く。見るのはもちろん、先週の中央競馬全レースの成績が記載されたページだ。
 渡辺さんは同時に部の備品ノートPCでJRA-VANを起動させ、レースの出馬表を表示する。
「中京5Rメイクデビュー中京、芝1600m戦。勝ったのは岩田騎手騎乗の牡馬クラウンドマジック。スタートは出遅れて後方からの競馬となったけど、ゴール前は鋭い末脚で差し込んできて、粘る一番人気のラクスパラディーを首差かわす豪快なデビュー勝ちだね」
「七番人気で、前評判は決して高くなかったんだよね。ハヤタ的にはどう見えたの、この馬?」
「うーん、そうだなぁ……」
 室谷さんに問われ、僕は二日前に見たパドック映像を思い出す。
「バランスの取れた体型だし、悪くない感じだったよ。首と胴が長めで、どっちかと言えばもう少し長い距離のほうが良いのかなと思ってたんだけど……」
「首と胴が長め……。あんたがエピファネイア産駒を見るときによく言うわよね、それ? ひょっとして、エピファネイア産駒の特徴なのかしら」
 と、阿久津さんから指摘が入る。どうなのかな? 僕は日本の種牡馬にはまだあまりなじみがないから、無自覚だったけど……。ただ、当然のことながら種牡馬の血が産駒の馬体構造に影響を与えることは確実にある。血統派の阿久津さんらしい気づきだ。
「エピファネイアはここ二年連続でクラシック勝ち馬を輩出してるわけだし、馬体的にも中距離向きっていうなら、この馬もクラシックを意識してもいいんじゃない?」
「勝ち方も豪快だったしねえ」
 と、渡辺さん。
「ただ、相手のレベルによっては、見た目の派手さのわりに……ってパターンもあるよ? ここは二着以下の馬についても検討しとくべきでしょ」
 室谷さんの視線が僕に向く。
「二着のラクスパラディーも筋肉が柔らかくて全身で歩いている感じで、素質があると思うよ。まだ緩さもあって、すごく鋭い脚を使うって印象じゃないけど……」
「姉がバウンスシャッセだからね。そのあたりはやっぱり同じタイプなのかもしれないわね」
「でも、近いうちに初勝利は上げられそうって雰囲気だったよね。少なくとも上位に来た馬たちに関しては、レース後の騎手コメントなんかも悪くない感触だよ?」
「それじゃあそのあたりも加味して、クラウンドマジックの総合評価は☆6ってところでいいかな?」
 室谷さんの提案に、一同うなずき返す。ちなみに総合評価は☆10が満点らしい。
「置きにいった採点とか言わないで。一番最初は難しいんだって」
 えと……室谷さんは誰に対して言い訳してるの?
「まあ、とりあえずは暫定的ってことで。次に行くね」
 渡辺さんの合図で、僕たちはまた手元の資料に目を落とす。
「次は日曜日の中京6R、芝1400mの新馬戦ね。勝ったのは牝馬のブレスレスリー。新種牡馬アメリカンペイトリオットの産駒だよ。先行争いを制してハナに立つと、軽快なスピードを見せてそのままゴールまで押し切っちゃった」
「この馬も五番人気で中穴って感じだったけど、ハヤタは結構推してたよね?」
「うん、体格のわりにトモやお尻にボリュームがあって、いかにも短い距離向きのスピード馬だなって思ったから」
「父のアメリカンペイトリオットについては、POG『赤本』で血統評論家の水上学さんも、早熟で短距離志向が強いってコメントしてるわ。この馬は芝向きだろうけど、今後はダート短距離で勝ち上がる産駒も出てきそうね」
 阿久津さんがいま口にした『赤本』というのは、光文社から出版されているPOG情報誌『POGの達人』のこと。今年デビュー予定の有力新馬の情報がわかりやすくまとめられていて、僕たちもおおいに参考にさせてもらっている。
「じつはこのブレスレスリー、POG指名もありかもって話も一瞬出たんだよね。指名数がちょっと多くて断念したけど……」
 と、室谷さんが少し悔しそうな表情を見せる。
「まあ、私たちの見る目は間違ってなかったってことで。二着のスタニングローズや三着のマイネルレノンも短いところで早期に勝ち上がってきそうだし、ブレスレスリーの評価については☆5ってところでいいんじゃない?」
 渡辺さんの提案に、阿久津さんがうなずく。
「芝短距離となると秋以降の番組選択が難しくなってくるけど、この時期に新馬勝ちならPOG期間中に二勝、三勝とできるチャンスはおおいにあるわけだしね。まあ妥当なところじゃないの」
「よし、じゃあ時間もないし、次行こう。日曜日東京5R、恵麻、お願い」
 部長・室谷さんの命を受け、渡辺さんが「はいよー」と軽く応じる。
「メイクデビュー東京、芝1600mの牝馬限定戦だね。ここは人気上位三頭での順当な決着だったよ。一着は二番人気のクロフネ産駒、クレイドル。二着レディナビゲーター、三着リアグラシアとはクビ、クビの僅差だったけど、しっかりと勝ち切ったよね」
「この三頭、それぞれステラヴェローチェ、アドマイヤミヤビ、リアアメリアと上に活躍馬がいる血統で、注目度も高い一戦だったわよね」
「僕もパドックで見てやっぱりこの三頭の争いになるかな、って思った。三頭とも素質は十分感じさせる良い馬だよ」
「そのなかでもハヤタは勝ったクレイドルを推してくれてたわけだけど、その根拠は?」
 室谷さんが僕にマイクを向けるようなしぐさをする。このレース、僕の意見を採用してエア馬券を当てたみたいだから、ちょっと上機嫌だ。
「仕上がりの良さ……かな。無駄肉のないすっきりとした馬体だったし、パドックでもきびきびと小気味よく歩けていたから」
「それ、いかにも新馬戦向きだったってことでもあるわよね? そうなると逆に、二戦目以降が心配になってこない?」
 と阿久津さん。室谷さんが腕を組む。
「うーん、どうなんだろう。レース振りが単調すぎるってこともなかったし、センスの良さみたいなものは感じたけど。同じクロフネ産駒のホエールキャプチャみたいな?」
「完成度が高いって考えれば、牝馬戦線での活躍も見込めるよね。いずれにせよこればっかりは次走らせてみないとわからないかあ」
「恵麻の言うとおりね。評価は暫定値で☆5にしておきましょう」
 議論の煮詰まったところで、阿久津さんがメモをとる。協議の結果についてはほかの馬も含めてあとでまとめて報告するので少々お待ちを。
「続けて日曜日の東京6R。ここは混合戦だったけど、牝馬のビーオンザビーチか。やっぱり牝馬は仕上がり早なのかね」
 室谷さんの感想に、一同納得顔。芝1400mでおこなわれたこのレースは、直線に入って中団から脚を伸ばしたビーオンザビーチが混戦を断った。モーリスの産駒だ。
「牝馬だけど筋肉質でパワフルな印象だった。後ろ脚が短めで、短距離戦で差す競馬が得意だと思う」
「自分のかたちにハマると堅実に駆ける、って感じするね。マイルまでならギリギリこなせてもおかしくなさそうだけど……オークスまで見据えて、評価は☆3にしておこうか。やや厳しめのジャッジだけど、メリハリはつけろって上のほうからも言われているし」
 いや、上のほうって誰? 室谷さんはときどき謎の発言を入れてくるから困る。とりあえず田村先生ってことにしておくけど……。
「さて、残すはひと鞍。土曜日の東京5R、メイクデビュー東京、芝1600mの混合戦ね。勝ったのは先週の目玉、コマンドライン! いやあ、強かった!」
 室谷さんが目を輝かせて快哉を叫ぶ。おおげさかもしれないけど、同じように思っている人は多いんじゃないだろうか。単勝人気も1.1倍と圧倒的だったし、それだけの期待を背負っていたということだ。
「POG界隈でもかなり話題になってたもんね。ハヤタ君はどう見てた?」
 そう言って渡辺さんがノートPCの画面を僕のほうへ向けてくれる。再生されたJRA-VANのアーカイブ映像でパドックの様子にあらためて目を凝らす。さらに『赤本』の誌上パドック写真でも馬体を確認。
「うん……やっぱり並みの馬じゃないなって雰囲気は感じるよ。立派な体格でストライドも大きいし、筋肉の質も良いと思う。今回のメンバーだと素質が一枚上だったんじゃないかな」
「レースでもまさにそんな感じだったよね。直線、外に出して追い出されてからはぐんぐん伸びて、内で粘る二着馬をゆうゆう差し切り。最後は三馬身差をつける快勝だったし、物が違うというか、大物感のある勝ちっぷりっていうかさ」
 と、興奮気味にまくしたてる室谷さん。ふたつやっているPOGのひとつで指名馬に入れたこともあって、この馬に対する期待度は相当高いようだ。
「全兄のアルジャンナもPOGで人気になった一頭だったわね。この馬はその兄以上の逸材と言われているし、私としても異存はないわ。ただ……」
 阿久津さんがレース映像を見返して、言う。
「直線の坂下でちょっと反応が鈍かった点が気になるわ。厳しい目で見ると、前評判の高さで相手も散ってメンバーが軽くなってた面もあるはずなのに、それでこの程度? って気もしなくはない」
「そのあたりは騎乗したルメール騎手も、レース後のコメントで『跳びが大きいし、呼吸もできていないから反応が鈍かった』って分析してるみたい。まだこれからの馬だ、って」
「国枝厩舎は早い時期の新馬初戦はそんなに仕上げてこないみたいだからね。あのアーモンドアイだって初戦は二着に負けたわけだし。それを考えるときっちり勝ち切ったってだけで上々なんじゃない?」
「まあ、それもそうね」
 渡辺さんと室谷さんの反論に、阿久津さんはあっさりと引き下がる。たぶん、議論を煮詰めるためにあえて苦言を呈する役を買って出てくれたのだと思う。
「厩舎の調教方針とかについては僕は詳しくないからなんとも言えないけど、たしかにまだ仕上がり途上って体つきではあったと思う。そんな状況でも、追われてからもバランスを崩さずしっかり走れてた点は良いなと思った」
「二歳とかだとレースでトップスピードに乗せられると苦しがってフラフラする馬も多いもんね。そういう点では、この馬はまだまだ余裕があるってことだよね」
「うん。距離も今回のマイルよりは2000mとか2400mとか延びたほうが向くと思う」
「クラシックまで期待していい、と」
「まさに来年のダービー馬候補筆頭ってことだね! ようし、それじゃあ評価は思い切って☆10! ……といきたいところだけど、さすがに一回目だし、☆7くらいにしとこうか」
 入れ込んでいるようでいて結構冷静だなあ、室谷さん。あまりやりすぎると上のほうから怒られるのだろうか。いや、だから誰、上のほうって。
 とにもかくにも、これで先週分の新馬戦回顧は完了だ。五レース分となるとやっぱり結構疲れるね。
「それにしても『来年のダービー馬だ』なんて、国枝先生もぶちあげたもんだね。ルメールも予約入れちゃったみたいだしさ」
「国枝先生にはダービー取ってほしいって気持ちはやっぱりあるわよ。あれだけの名伯楽なんだから」
「でもこの時期の新馬の評判って、一年後にはすっかり『なかったこと』にされてる風潮ない? 私、『POGで大評判』とか『ダービー馬候補筆頭』って言われてて、実際にダービーを勝った馬って、全然思いつかないもん」
「むしろイケてなかった馬のほうが記憶に残るよねー」
 本題が終わったリラックスムードのなか、きゃっきゃうふふと盛り上がる女子三名。口調と雰囲気でだまされかけるけど、またぞろわりとヤバめな内容なのでは……。
「ま、まあ、僕たちが今日ここで話し合った新馬評価も、一年後『なかったこと』にならないよう、ちゃんと覚えておかなきゃいけないね」
「え……?」
 ぴしりと音を立てたように、表情を固める女子三名。
 おや……? ひょっとしてこれ、前評判と実績が連動しない、あるいは逆に「ほら俺の言ったとおりだろ!」って豪語できるのって、競馬ファン側の「忘れっぽさ」にも一因があるのでは……?
 ま、まあ、ある意味、自分たちしだいではあるのか。
 どんな結末を迎えようと誰もが納得できるよう、これから一年しっかりと新馬戦や二歳・三歳のレースを見ていこうと、僕は心に誓うのであった。ではまた次回。

(了)

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