賭癖50――長柄高校馬事文化研究部活動記録⑫

 こんにちは、長柄高校馬事文化研究部顧問の田村宮子です。
 今日は特別に、私が体験したちょっとだけ奇妙な出来事について、みなさんにお話ししようと思います。
 あれはそう、私がちょうど、ひさしぶりに手を出したWIN5で五レース目の関谷記念を裸同然の51キロのソングライン1頭に絞ったがために手痛い負けを喫した、その翌日のことでした。
 午後に人事部主催の特別勉強会があるから必ず出席するように――上司からそう告げられ、私は会社の地下駐車場で開かれたある集まりに出席したのです。
 薄暗い地下駐車場の一画に集められたのは、私を含め五十人。部署や年齢、役職はさまざまでしたが、みな同じ会社の社員です。「コ」の字型に並べられたパイプ椅子に座った一同は、休み明けの月曜日ということもあってか、みな一様にどこか浮かない表情をしていました。
 これから一体なにが始まるんだろう。そんな不安に駆られながら待っていると、どこからかカツーン、カツーンと不気味に革靴の音が響いてきました。
 思わず振り向いた私たちの前に姿をあらわしたのは、黒のスーツに黒のシャツ、全身づくめのなんともあやしげな色男。面立ちはやけに精悍で、俳優の小〇恵〇に似ていました。
 似ているというか、小〇恵〇でした。
 男はいぶかしげな表情の私たちを見渡したあと、こう言うのです。
「みなさま、はじめまして。私、HGF-―HATE GAMBLING FIRMの、賭野聖と申します。今日、ここに集められたみなさんは、この会社における『賭癖ワースト50』の社員です。みなさんには本日ここで受けていただくプログラムを通して、お賭けを大嫌いになっていただきます」
 もうなにがなんだか訳がわかりませんでした。いや、お賭けって。
 ますます不審げに眉をひそめる私たちをしり目に、男は続けます。
「本日の講義。賭け事において危険なこと。みなさん、なにかわかりますか?」
 男は私たちを見回します。でも誰もなにも答えません。
「ふむ……では田村さん、あなたにお訊きします」
「ふぇっ、わ、私?」
 まさかのご指名でした。
「冬のボーナスを全額、有馬記念の馬券にぶっこむ。これは無謀ですか? 無謀じゃありませんか?」
 いや、無謀かそうじゃないかと言われたら……。
「無謀……です」
「そう、無謀なんです。では、無謀だとわかっていて、なぜ賭けるのですか?」
「それは……なんとか一発逆転を狙いたいから、でしょうか。それに、気合が入っているところも見せられるし」
「なるほど……つまり、『ついに来ました有馬記念! 今年最後の大一番! ここさえ取れれば今年一年の負けも全部帳消しだ! 賭けないわけにはいかないでしょ! ほら十万! 三十万! 五十万! いや百・万・円! イエーイッ!!』……というわけですか」
 芝居がかった調子でまくしたてたかと思えば、乱れた襟を平然と整てみせる男のふるまいは、私たちを唖然とさせました。
 その後、私たちは、男がプログラムビデオと称する短い動画を見せられました。擬人化された猫のぬいぐるみを使った人形劇で、内容は馬券にのめりこんで負けがかさんだひとりの社員がとうとう会社のお金にまで手をつけ、やがて業務上横領罪で逮捕されてしまう、というストーリーでした。
 投獄された社員が暗闇の中で首をつるなんとも陰惨なラストシーンとともに動画が終わるやいなや、小〇恵〇似の男は私たちに語りかけます。
「このように、身の丈に合わない無謀なギャンブルは人生の破滅につながる恐れすらあるのです。特に、それまでの負けを取り戻そうと大きな額を賭けること、これは非常に危険な行為です。『最終レースで一発逆転狙ったけど、結局帰りの電車賃までスッちまって、オケラ街道を歩いて帰ったよ』――そんなものは武勇伝でもなんでもありません。ただの間抜け話です。その先にあるのは身の破滅、人生の終わりです。みなさんにはそうはなってほしくない――くれぐれも、有馬記念での大勝負だけは、しないでくださいね」
 本日の講義は以上です――男はしずかにそう告げると、また不気味に靴音を鳴らして私たちの前から去っていきました。
 たしかに身の毛もよだつ話ではありました。でも馬券で身を滅ぼすなんてこと、少なくともこの私に限ってはあるはずがありません。だって私、健全かつ常識的に馬券を楽しむUMAJOですから。
 事実、その年の有馬記念で私は大きな賭けには出ませんでした。もちろんボーナスにも手をつけていません。
 私が大博打を打つレースはそう、日本ダービーと決まっているのです。
 翌年のダービー当日のことです。私は自宅で即PATの投票画面をじっと見つめていました。パソコンのディスプレイに映し出された投票金額欄には、もう数えるのも億劫になるくらいゼロがずらりと並んでいます。もちろん全部「私のお金」です。
 大丈夫です。この馬券は当たるんですから。間違いないです。鉄板です。新聞の予想欄でも◎がずらりと並んでいるし、調教もよかったみたいだし、なにより私がこんな大金を賭けるんだから、この馬が負けるわけがないんです。だからこれは、無謀な賭けなんかじゃないんです。これはそう……投資です。絶対当たる馬券なんだから、もう投資ってことでいいですよね?
 賭ける額はちょっと大きくなっちゃったけど、だってしょうがないじゃないですか。オッズを考えると、このくらいは張らないと昨日までの負け分を取り返せないんですから。
 賭け金は預金口座からあるだけかき集めました。前の年のボーナスも全額つぎ込んでいます。会社の口座からほんの少しだけ、ほんの数百万円だけ借りた分も入っていますけど、この馬券が当たったらきちんとお返しするつもりです。なにも問題はありません。
 そのとき私の目にはもう、パソコンの白っぽい画面に浮かび上がる途方もない数字しか映っていませんでした。締め切り時刻は迫っていました。私は投票ボタンにカーソルを合わせ、震える指でマウスの左ボタンをクリックし――

「――ってところで跳び起きたのよ。いやー怖い夢だった。ひさしぶりに寝汗すごいかいちゃった」
「いや、長い長い長い長い」
 田村先生の話が終わるやいなや、僕たち馬事文化研究部部員一同は口をそろえてそうツッコんだ。先週から新潟、小倉、札幌の三場開催になって、振り返るべき二歳戦も増えるっていうのに、部活開始前からなにを長々と夢オチ話を披露してくれちゃってるんですか。勘弁してくださいよ、もう……。
「脱線ついでの余談だけど、あのドラマ、社員の酒癖以前に、ハラスメント上等の社風こそどうにかしたほうがいいんじゃないかと思うのよね。ひょっとしてあれ、全部サ〇バ〇エ〇ジ〇ントと藤〇晋社長の実話なの? まさかウ〇娘もああいう社風の中で生まれた……?」
 はい、本編いきますよー。

8/14 函館5R 芝1500m 勝ち馬:モンゴリアンキング
評価☆5

姫「勝ったのはキングマン産駒のモンゴリアンキング。行きっぷりよく道中は二番手から進めると、四コーナーで早くも先頭。そのまま余裕たっぷりの脚色で押し切ったわ。タイムも二歳レコードタイの好時計」
ハヤタ「骨太でいかにも短距離向きのトルクがありそうな馬体だね。蹄がベタで跳びも大きくて、広いコースでもどんどんスピードに乗っていけそう」
璃子「なるほど。上のクラスでも勝ち負けできそうな一頭だね」

8/14 小倉5R 芝1200m 勝ち馬:サンディブリッジ
評価☆4

恵麻「この日の小倉競馬場の芝コースは大雨の影響で不良馬場。どうかなと思ったけど、結果的にはサンディブリッジが1番人気に応えたね」
ハヤタ「430キロ台の牡馬だけど、前後に程よく筋肉もついてて、短距離馬としてはバランスのいい体型だよね。毛ヅヤも冴えててよく仕上がってた。もちろん良馬場でも大丈夫だと思うよ」
璃子「ところで私たち事だけども、このレースに出走してたシェンフォンをPOG指名に加えたんだよね。結果は三着で見事ポイントゲット! イエス!」
姫「私たちの中でも評価の高い新種牡馬ドレフォンの産駒ということもあって指名したのよね。きょうだい馬にはスマートボムシェルやクレスコブレイブがいて、ほかのきょうだいもみな勝ち上がってる点も信頼がおけるんじゃないかしら。馬体面ではどう?」
ハヤタ「肩が立っていて、期待してたとおりの短距離向きの馬体だね。繋が長めでクッションがあるし、良馬場ならもっとやれていいと思う」
璃子「いいねえ、ハヤタにしては甘口だ。前の二頭とは少し離されたけど、藤岡康太騎手の談話ではレースで少し戸惑ってたってことだし、次戦での上積みも期待できそうだね。とりあえず初勝利を目指してほしい!」

8/14 新潟5R 芝1600m 勝ち馬:ミント
評価☆6

恵麻「この日は新潟も雨でこの時点で芝コースはやや重だったね」
璃子「勝ったミントはゲートの駐立がイマイチで少し出遅れ気味のスタートだったけど、外枠から揉まれずに中団を追走して、直線は外に持ち出されて余裕たっぷりに伸び切って楽勝。ホント危なげないレースっぷりだったね」
ハヤタ「牝馬だけど華奢なところが全然ない好馬体で、直線でもふらつくところもなく駆けてて、いいなあと思った。飛節もよく伸びるし、距離が伸びても全然問題ないと思う。蹄の形を見ても良馬場でさらにいけそう」
姫「ゲートの課題はありそうだけど、エピファネイア産駒の牝馬で、クラシックの向けて期待は膨らむわね」

8/14 新潟6R 芝1400m 勝ち馬:ガトーフレーズ
評価☆3

璃子「10番人気と低評価だったけど、道中は馬群の中で我慢して直線はぐいぐい伸びてきた」
ハヤタ「追われてちょっとふらついてけど、ビットガードを着けてたからハミ受けに少し難しい面があるのかも。でも、この馬場でも脚色は最後まで衰えなかったよね。繋が立ち気味だし、緩い馬場も合ったのかもしれない」

8/15 札幌5R 芝2000m 勝ち馬:ホウオウプレミア
評価☆5

姫「ホウオウプレミアはセレクトセールで2億9000万円の高値で取引された一頭ということもあって、デビュー前から注目を集めていたわね」
ハヤタ「まだ馬体は全体的に緩いけど、胸が広くて心肺能力は高そう。本質的にはマイル向きだけど、心肺機能の良さで距離が伸びても対応できるんじゃないかな」
璃子「その意味ではクラシック戦線でも戦えるポテンシャルはある、と。期待値が高いぶん評価も厳しく見られるだろうけど、温かく見守りたいね」

8/15 小倉5R 芝1800m 勝ち馬:ドグマ
評価☆4

恵麻「2歳女王レシステンシアの弟・スパイダーバローズや、池江泰郎元調教師の所有馬・オールタイムハイが注目を集めた一戦だったけど、勝ったのは8番人気のキタサンブラック産駒・ドグマでした」
ハヤタ「首が長く太くて胴も詰まった印象。どちらかといえば母父であるブライアンズタイムの血が色濃く出た馬体かな」
恵麻「かなりのスローペースになったとはいえ、上がり三ハロンは他馬を大きくしのぐ34秒0。見た目には豪脚って印象だったよね」
ハヤタ「首が高い走りだったけど、この馬の走り方なのかもしれない。首をうまく使って走れたら距離が伸びてもおもしろいかなと思ってたけど」

8/15 新潟5R 芝1800m 勝ち馬:ユキノオウジサマ
評価☆4

璃子「このレースでの注目は、きょうだい12頭が全部勝ち上がり、重賞ホースやクラシック戦線での善戦馬の名前もずらりと並ぶPOG的超良血馬、ダンテスヴューだったわけだけど……」
姫「直線でよく伸びてはきたけど、逃げ馬を捕えきれず二着に終わったわね。福永騎手もレース後反省の弁を述べているように、結果的に道中のポジションが後ろすぎたみたい」
ハヤタ「体つきも少し余裕残しに見えたし、気持ちもまだ乗り切っていなかったんじゃないかな。能力はありそうだし、叩いて変わってくると思うよ」
恵麻「もちろん勝ったユキノオウジサマも良い競馬をしたよね。積極的にハナを奪ってペースを握ると、長い直線でもしっかり踏ん張って後続の追撃をしのいだ」
ハヤタ「この馬もまだ筋肉に水っぽさがあるように見えるけど、骨格がしっかりしてる感じだよね。自分の形に持ち込めればこれからもアッと言わせるレースができるんじゃないかな」
璃子「今回も単勝万馬券だからね! ドレフォン産駒だし、穴党好みの一頭になってくれることを期待したい」

8/14 小倉9R フェニックス賞 芝1200m 勝ち馬:ナムラクレア

璃子「ここからは特別レースの回顧に入るよ。まずは小倉のフェニックス賞。勝ったナムラクレアは新潟の新馬戦3着から中1週での出走。思い切ったレース選択が功を奏してここで初勝利となったわけだけど……もう一頭、ここが初出走の馬も話題を集めていたよね?」
姫「外国産馬のデュガね。注目されていた理由は、今年のセレクトセールでの『爆買い』も話題を集めた藤田晋オーナーの馬主デビュー戦だったから。新馬がオープン戦に出走して馬主初勝利となったらすごい記録だったんだけど……そこまでうまくはいかなかったわね」
恵麻「でも3着なら上々の結果じゃない? 道中は追走に戸惑って直線でも外に回らざるを得なかったかえど、最後は良い伸びを見せたし」
ハヤタ「そうだね。脚が長めでいい筋肉がついてたし、素質を感じさせる馬体だと思った。ちょっとテンションが高めだったけど、レースに慣れればすぐ勝ち上がってもおかしくないよ」
璃子「というわけでデュガの評価は☆4。森厩舎だし、海外遠征なんて路線もありえるかもね。ちなみに牡馬なのでウ〇娘じゃなくてウ〇息子です」
ハヤタ「冒頭の脱線があのネタだったのは、もしかしてこれが理由……?」

8/14 札幌10Rコスモス賞 芝1800m 勝ち馬:トーセンヴァンノ

姫「このレースも未勝利馬のトーセンヴァンノが勝利。6頭立てと少頭数でメンバーが手薄だったこともあるけど、格上挑戦を続けてきたことが報われたわね」
恵麻「ここは私たちのPOG指名馬でもあるウンがホッカイドウ競馬から参戦してたんだけど……4着かあ」
姫「先行集団に混じってレースをできたし、直線でもしぶとく勝負圏内に留まってはいたから、決して悲観する内容じゃなかったと思うけどね」
ハヤタ「フットワークを見てもやっぱり芝のほうが走りやすそうではあったよね」
璃子「ここからどういうふうにコマを進めるかまだ分からないけど、私たちはまだなにも諦めてないよ! 目指すは日本ダービー! そして、宮姉の話が正夢になって、来年のダービーの大勝負はこの馬で……?」
宮子「ごめん、それはちょっと勘弁してくれる?」

 あまりに悲惨な結末を迎えかねないというわけで、それはちょっと勘弁してあげることになった。もちろん出走してきたら全力で応援はする。
 最後に先週の未勝利戦。14日札幌1Rでは先週の新馬戦でスローペースに泣いたレッドラディエンスが「怒りの連闘」であっさりと勝ち上がった。また15日新潟2Rでは良血馬リアグラシアが新馬戦3着から順当な良化を見せて初勝利。この2頭はあらためて重賞戦線に名乗りを上げてくると思う。
 2歳戦もこれからどんどん面白くなってくるけど、馬券は熱くなりすぎず、ほどほどに楽しんでくださいね、田村先生。くれぐれも賭癖をこじらせないように。
 というわけで以上、小〇恵〇でした。
 
 


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