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「ノーガード聞き上手」の女

小学生の頃から通信簿の「人の話を聞く」がBだったという話を、至る所でしている。Twitterをご覧になっている人なら十分わかるだろうが、とにかく自分のやったことや感じたことや思ったことや考えたことで脳内ではちきれそうになっていて、それを他人に向けてわ〜〜〜っとしゃべると、「自分の話だけする人」になるのである。言い訳みたいだけれど、子供の頃の中耳炎で耳が結構悪いところ、これも認知の性質上集中力が持続しないところ、複数の人間に同時に気遣いを向けるだけの基礎体力があまりないところなどもあって、「聞く」ことに向いていないのも根深い欠点だろう。

10代の頃は他人がしゃべっている時に遮ってしまうのが続いて私にだけ「今から30分黙ってて」というルールが設置されたことがあるし、カラオケで「烏龍茶の人〜」「オレンジジュースの人〜」と気の利く子が注文を取りまとめてくれるたびに全く聞いていなくて「りさは違うの?」「私烏龍茶!」のやり取りを発生させて「最初から聞いていないとドリンク頼まないから」と怒られたこともある。学校の勉強は「聞く」をしてなくても教科書を自分が集中できる時に読み返せばなんとかなったので、幸いつまづかなかったが、英語のリスニングだけはどうしてもダメで、たしかセンター試験でも、英語のリスニングの最初5分ボーッとしてしまい、リカバリーに大変苦労した記憶がある。耳に意識を走らせるのが、とても苦手なのだ。自分のことばかり考えているから。

それなのに、新卒で編集者になってしまったものだから、かなり苦労した。著者や取材相手の話を聞いて、信頼関係を構築したり、そこからコンテンツを組み上げたり、先方が心地よく執筆できるように配慮したりする仕事であって、「聞く」「会話する」が業務の根幹にあるような仕事だからだ。「誰もお前の話を聞きたいわけじゃないんだから、黙っていろ」とよく怒られていた記憶がある。

幸い「インタビュー」という仕事の形式は、「聞く」練習には最適だった。相手の言うことをしっかり聞き漏らさないでいないと成果物が生まれないし、自分は「聞き手」であり、基本は「相手の話を引き出す質問」のみが許されている「仕事」であるという「ルール」が明確だからだ。「ルール」のある「仕事」なので、集中力を発揮できたし、だんだんコツも掴むことができた。ものすごいうまいインタビュアーではないと自覚しているが、求められている仕事の聞き手としてのクオリティは達成しているはずである。

さてそのように、下手の横好きながら、「聞く」仕事を続けていると、天性の「聞き上手」と言える人間に出会うことがある。その一人が、私が編集者時代に知り合ったライター・Yさん(仮名)だ。

Yさんとは、Yさんが出したある本をきっかけに知り合い、その本についての取材をさせてもらう中で仲良くなり、私もインタビュー取材の構成をお願いしたりするようになった。まだライターとして駆け出しで、インタビュアーとしてインタビュイーに発する質問の様子などを見ていると多少ぎこちないところもあったのだが、とにかく相手が発話している時の姿勢が印象的だった。私がインタビュアーをするときなどは「あ、これ聞きたかったやつだ!もっと突っ込もう」と思った時に、タイミングを失敗して、向こうがまだ話しているコメントに追加の質問が被ってしまい、結局勢いを削いでしまうようなことがあるのだが、Yさんにはそういうところがなかった。「間」に対してゆったりと構えている感じというのだろうか。相手が話しきるのをしっかり待つ、ということすら私は苦手だったので、Yさんとの取材で、自分自身も「聞く」姿勢をトレーニングさせてもらった。

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