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ひらのにこという作家

作品集の刊行に合わせて、より内容に興味を持っていただくために始めたnoteですが、何よりもまず作家について知って貰わなくてはいけないのではないか…と思いましたので少しお付き合いください。

始めた経緯〜現在までは作品集の対談で触れていますのでこちらでは補足的なテキストになればと思います。
結構ドラマティックだったかも知れません。

2014年から画業を始めました。
自分は美術系の大学を出ていません。
経歴に何も書かれていないのは、何もないからです。
完全に独学かというとそこは微妙で、専門学校に通っていました。一通りは学びましたがそれが今の画風に繋がる直接の影響は無いです。
一番初めの夢はイラストレーターになりたかったのです。
が、イラストレーターにはなれませんでした。
努力も能力も技術も何もかも足りませんでした。

数年間の『自分はダメかも知れない』という思いが、『自分はダメなんだ』と確信に変わった時、自分の人生は『負け』なんだと思いました。
その思いは今でも抜けていません。
それだけ強烈に挫けました。

そこから他業種で普通に働いていました。
(今も働いています。)
プロのイラストレーターを目指すことは諦めたけど、絵は描いていました。
誰に見せる訳でもない絵をずっと描いていました。
師匠からの
『チャンスは誰にでも一回は訪れる。
それが来た時に逃さないように、準備だけはしておけ』
という言葉。
信じていたわけではなかったけど、心のどこかにはありました。

熾火がまだ燻っているか確認するだけの日々のようでした。

そうこうしているうちに身体を壊しました。
その時思ったのは
『今死んで心残りはなんだろう』
でした。

それが絵でした。

そこですぐフルタイマーを辞めてパートタイマーになり、描く時間を少しでも多く作れるようにしました。

絵で世に出ることを諦めてしまったこと、負けてしまったことがやっぱり悔しかったのです。

でも『絵に、自分の才能に人生を賭けた』みたいなかっこいい感じではなく、
『いつ死ぬかわからないんだから、悔いを残さないようにしたい』というちょっと後ろ向きな感じでした。
(身体を壊した、というのも命に関わるものではなかったのですが、生き方を見つめ直すくらいには疲弊するものでした)

もう一度やり直すには挫け過ぎていたので、プロのイラストレーターの道へは戻れませんでした。そこで出会った別の道がファインアートの世界です。ここで初めてギャラリーで展示をするようになりました。
と軽く書いていますが、ここまで来るのにも再始動してから数年掛かりました。
この辺の詳しい経緯も対談で触れています。

…経歴はさらっと流そうと思ったのに長くなってしまいました。二回に分けます。

続きます。

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