冬のライオン 感想②

この戯曲はいろんなものを含んでいるなとは思う。
一番の軸になるものは夫婦、次に親子か。

しかし、私が一番気になったのは"老いる"ということだった。
『冬のライオン』というタイトルの意味を考える。ライオンはヘンリー自身だろう、そこに"冬の"と冠をつける。
冬とは人生の晩年を指すのではないだろうか。

ヘンリーはバイタリティ溢れる壮年期の男性ではあるだろう。
奇しくも私もヘンリーと同じ50歳だ。
最近、自分もそろそろ人生の斜陽というやつだなとはしみじみ思う。
老いるにはまだ早い、が、自分の若さは本物の若さには到底叶わない、そういうお年頃だ。
ヘンリーも自分自身の若い頃との差を痛感してるのだろうなと思う節はあった。
しかし、まだまだ自分はイケてる!と思うし、思いたいのだろうと(これは想像でしかないが、男性のほうが自分はまだまだイケる!と思う傾向にあると思うのだが)
そして、息子たちは若さのど真ん中にいる。
特にリチャードの勇猛果敢さに、ヘンリーは焦りも感じてるのではないかと思ったりもした。

エレノアはヘンリーよりも、さらに年上。
容姿をいじるような台詞もあったが、あれはまぁ「わかる」
若さとは自然にいられることが若さそのものであり、若さのために努力をし始めた時点で本物の若さではないと思うのだ。
エレノアは「鏡は嘘をついてくれない」という、しかし1幕後半で自ら鏡を覗きこむ。
私はあの強さがとても好きだ、あのシーンはエレノアの魅力がつまっていると思う。

ヘンリーは物語の後半で、エレノアと別れてアレーと新しい王子を産むと言い出す。
私はこの展開はものすごくエグいなと感じてしまった。
男のヘンリーは新しい子を産み出すことができるが、女のエレノアはすでに産み出した子を武器にするしかない。
これはもう、人間も動物だと考えれば、生殖機能の男女差を突き付けられた。
男は年を取っても子を持つ希望があるが、女は年を取ると希望は薄れる。
これはもう仕方のないことなのだが、ヘンリーがさも当たり前のように「新しい王子」を求める姿にはムッときた。

しかし、アレーには「今の王子を殺さなきゃ私の息子が危ないじゃないの!」とキレられたり、エレノアに「王子が産まれて無事に育つかどうかはわからないし、時間稼ぎしたらあなたの生殖機能だって落ちていくわよ(意訳)」というようなことを言われて追い込まれる姿に、女は強い!と感動を覚えたりもした。

私は人間も動物の一種だと思っているので、子孫を残そうとする行為は当たり前なのだろうと思っている。
こういう注釈をつけるのも自身のポリシーに反するのだが、子孫を残さない選択をとったかた、取らざるをえなかった方を批判するのではありません。

ヘンリーのアホと思ったのは、新しい子がすぐに産まれると思っているところだ。
出産ほど神の気まぐれでしかないものはないのに。

2幕後半の、ヘンリー、エレノア、アレーの三人のやり取りを観ながら
「自分の居なくなった未来と自分の残す未来に思いを馳せること、これもまた"老いる"という現象なのだろうなぁ」と感じていた。
未来のどこかの地点で、自分がいない未来になっちゃうのですよね~。
この物悲しい感じが"冬のライオン"ってことですよね。
群れの中の絶対的王者の雄ライオンも、いずれ若い雄ライオンにその立場を奪われる。
これもまた自然の摂理なのだが。


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