3分で読みコント『消火器の手順』

慣れないことはするもんじゃないなあ。

今、僕の目の前で鍋から火柱が轟々と立っているのである。

ふと、天ぷらを作ろうと思ったら、温度を間違えたのか何なのかわからないが、火事寸前の様相である。

しかし、僕はこんな非常事態にも冷静である。

なぜなら、こんなこともあろうかと、消火器を買っていたのである。

備えあれば憂いなし。

今は消火器という備えがあるので見事な憂いなし状態となっている。

だから冷静なのだ。

しかし、非常事態には変わりはない。さあ消火器の出番さ。

かろやかな語尾『さ』も付けちゃう。

消火器には、使い方がわかるように手順がボディに書かれている。

僕のように初めて消火器を使う人間にも優しい。

この手順通り、事を行えば、あら不思議、あっという間に消火器プシューができるという寸法だ。

まずは消火器のボディに書かれている手順に沿って、実行してみよう。


1.取っ手の黄色の安全ピンを引き抜く

はいはい、引き抜きましょう引き抜きましょう。それはもう引き抜きましょう。

2.ホースの先端を外し、火元に向けます

そりゃあ、言われなくとも、火元に向けますとも。

3.レバーを強く握る

なるほどなるほど、このレバーを握ってしまえば、消火器プシューを憎っくき火元に放射できるわけだね。

なんだ、簡単簡単。

それじゃあ、プシュいきましょか。


お?ちょっと待て。

まだ手順があるようだ。


4.レバーを強く握る前に、今一度考えてみよう

ん?考える?何を?

5.その火元には私を使わなければいけないのか?

ん?私?消火器のこと?消火器が自分のことを私って言ってる?

6.私を使えば確かに火元は消えるかもしれない。しかしそれでいいのか?

あれ?何か手順が話しかけてきてないか?

7.私から発せられる消化剤でその火元周辺が真っ白になって、掃除が大変だぞ

え?そうなの?

8.結構、ゴシゴシしないととれないぞ。

そうなんだ。ゴシゴシしないといけないのか〜

9.そうだぞ、ゴシゴシしないといけないんだ〜

会話してる?今、手順と会話してる?

こうなったら仕方ない。手順と会話しよう。

いや、でもさあ〜すごい火力でさ、今や換気扇まで真っ黒になってるんだよな。これは非常に危険だから、ゴシゴシぐらい我慢するよ

10.まあまあ、そう言わないで。頼むよ、私を使わないでくれよ

君を使わないと家が燃えちゃうよ。うちアパートだから色んな人に迷惑かけるかもしれないし、弁償なんてことなったら僕は一体いくら払うんだって話になるし

11.いつまでもメソメソするんじゃないよ!!何言ってるんだよ!!

手順に怒られた。

12.いいよ、正直に言うよ、あのさ、私はね、空っぽになりたくないんだよ。こう常に消化剤を腹の中に溜めておきたいんだよ。君たち人間で言う貯金みたいなことかな。日本人は貯金が好きなように、私は貯消化剤が好きなんだよ。わかるかな?いくら火元が大きかろうが、君たち人間が好き勝手に私を使う権利はあるのかい?いやないね。少なくとも私はないと思うね。私はここに消火器の人権、否、消火器権を主張するよ。どうだい?驚いたかい?こんな消火器を見た事ないかい?ないよね?そりゃないよ。それにしても皮肉なものだね、本来は炎を消すことが役目の消火器の中に、こんなにも熱く燃え上がるソウルフルな炎があるとは君は思っても・・・

途中で僕はレバーを強く握った。







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