倉林文学賞応募作 ~ 愛と青春の英文解釈

俺は30前後の頃、酒に酔うとよく英文解釈の話をしていた。

この日も適当に選んだデートの相手の麻由美(現妻)相手に英文解釈の話を延々としていた。下線部訳ってのはSVOCが多い。SVOCってのは単語が4個ってことだ。4単語だ。何故4単語か解かるか。
これは言うなれば起承転結を意味してるんだ。起で起こし、承で受け、転で転じ、結でまとめる。そしてこの起承転結で1番重要とされているのは、承の部分だって事はあまり知られていない。
そう、つまり大事なのはいつだって動詞なんだ。主語を誤解しても、動詞をつまえてやり直しがきくんだ。

人生だってこれと同じだ。例えるなら、主語は10代から20代前半にかけての学生時代。動詞はそっから30代あたりまでの社会人としての始まり。目的語は脂の乗りきる40代、50代、そして人生の集大成の60代以降は補語。
俺はな、主語でしくじった。他の奴らより少し出遅れた。でもな、やり直しはいくらでもきく。俺にはまだあと3単語あるんだ。まだ終わっちゃいねー。こっからだ。こっから挽回してきっちり補語を沈めてやる。お前見てろよ、馬鹿野郎。そんな俺の熱弁を尻目に麻由美は退屈そうに新しく買ったPHSをいじっている。

人生とは英文解釈だ、俺はもう一度自分に確かめるように言った。
麻由美はちらっと俺の方を見てその後、邪魔くさそうにこう言った。

「あのさ、その話10回ぐらい聞いてんだけど。いつも思うんやけどあんた、主語がわからんかったら、もう一回文頭からちゃうん。挽回無理やろ。」

俺は少し腹が立った。しかしいつもの真由美ならここで話が終わるはずがこの日は違った。

「でも、無理に4単語で終わらなくてもいいんじゃない。形容詞や副詞が入ったら すぐに5単語か6単語になるんじゃない。あんたはあんたでしょ。」

それを聞いた瞬間、身体中に稲妻が走った。

俺にはない発想。逆の発想。何故だか急に身体が軽くなるのを感じた。
俺は初めて麻由美がいとおしく思えた。

「俺の人生の助動詞さんになってくれ。」 

自分でも驚くような言葉が出た。

麻由美は間を入れず「やだ。」と答えた。

しかし答えは別にどうでもよかった。

俺は目の前のグラスの氷をカランカランと鳴らしマスターを呼び、いつもよりほんの少し強い酒を頼んでみた。店のステレオからは俺の好きなBobby CaldwellのHeart of Mine が流れていた。

https://www.youtube.com/watch?v=HWCfdbKmkSY

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