惜しみなく英文解釈は奪う

I exist as I am―that is enough; If no other in the world be aware, I sit content,
And if each and all be aware, I sit content.
One world is aware, and by far the largest to me, and that is myself;
And whether I come to my own to-day, or in ten thousand or ten million years, I can cheerfully take it now, or with equal cheerfulness I can wait.
-- Walt Whitman --

決して失恋しない類の人がいる。その一つの種類はけっして恋をしない人である。


Throught the film the uniform of the day was dress blues; requests for liberty were always granted. The implication was that combat would be a lark, and when you returned, splangled with decorations, a Navy nurse like Maureen O'hara would be waiting in your sack. (英語教育英文解釈演習室10月号)

(岩清水訳) それが言わず語らずのうちに伝えるものは、戦闘する兵隊さんは幸福の青い鳥の浮かれたひばりのようなものであり、きらびやかな勲章をつけて帰ってくると、モーリン・オハラのような素晴らしい従軍看護婦が寝床のかごで待っているといったものであった。(注: dress blueの解釈の正解は公式の場の礼装)

The implication was that ~ を「言わず語らずのうちに伝えるものは..」と名訳した俺はまたもや歴戦のつわものを俺の最高に高まった英文解釈が沈めたとモーリン・オハラの資料を読みながら悦に入っていた。その後の「幸福の青い鳥」はまったく持ってダメ押しみたいな気分で訳した。ここが実に痛い誤訳。最初の自分の閃きや思い込みからついに二週間抜け出すことができなくて投函したのだ。完全なる敗北。

俺はこの小さな誤訳を英語上の問題とは思わなかった。俺は女を知らない。それだけだ。愛だ。俺には愛が足りない。

書を捨てて街に出よという声が聞こえてきた。

吉行淳之介の恋愛論によると女性はいくぶん秘密っぽく、湿っていて、罪のにおいがする.. ということに快感を求めて解放されるという。俺は片っ端から知っている女性に七味を片手に握り電話して、俺と吉野家でデートをしないかと誘ってみた。英文解釈で敗北したことにより自暴自爆になっていた。but in vain … 女性を誘って牛魔式など成功するわけがない。こんな馬鹿な方法で女心をつかめるもんか。俺は自分の頭の悪さを呪った。

ある日、自分の中からこれまでの人生を内省しろという声が聞こえてきた。

初恋を思い出す。俺の初恋は、大好きだった女の子の辞書のSEXのところにこっそり蛍光ペンでマークしたことで終わった。今でも後悔しているが、馬鹿だったんだから仕方ないだろ。これは40過ぎて彼女の友人から聞いたんだけど、実は彼女は俺の友人にバレンタインデーのチョコレートを渡してくれと相談していたらしいんだよ。俺は野球部のエースで3番を打つ奴と学校一の才色兼備の彼女が一緒に下校したのを見たことがあり、とても手の届かない人だと思っていた。俺は補欠にもなれないで背番号もない選手だったのだ。さらにこれは最近聞いたのだけど、彼女は俺が当番日誌に書く雑文が大好きでそれを面白がってくれていたという話。そうか人生はどんな強敵が来てもいつだって希望を捨ててはいけない。そして俺にもこの俺だけの雑文を楽しみにしてくれている人がいたということなんだね。こんなに嬉しいことはない。思うに俺はこの夢の続きを訳文に変えて英文解釈演習室でやっているんだなあと振り返る。

だんだんまとまりのない文章になったけど、草英文解釈のおやじらしい結論にすると、本当は何書いていてあるのか全然わからない英文が手持ちの辞書を総動員して突然霧が晴れたようにくっきり明快になるのが単純に気持ちいいのだ。飽くまで外界の跳梁に身を任かす。昼には歓楽、夜には遊興、身を凡俗非議の外に置いて、死にまでその恣(ほし)いままな姿を変えないのが俺のスタイル。果てしのない迷執にさまよわねばならぬ人の宿命であって見れば、各の瞬間をただ楽しんで生きる外に残される何事があろうぞと思う。

例えば演習室で自分だけが爽快感のある読みを発見したときは、それはもう「指置くたびアヌス(オクタビアヌス)快感」なんだよ。一騎当千の強兵を全部沈めて、地中海世界を統一して帝政を開始した気分になるのだ。

最後に英文解釈GPは、ここに集結している白樺派の猛者たちの理想郷でありまさに武者小路実篤と同じ理念の新しき村。そこでは人々は英語力や肩書きに全く関係なく平等である。阿部次郎の三太郎の日記からその理念を引用して終わりにしたい。

内面的絶對的見地よりすれば、三尺の竿を上下する蝸牛は、千里を走る虎と同樣に尊敬に價する。さうして虎は蝸牛を輕蔑することの代りに、千里の道を行かずして休まむとする自己を恥づる。蝸牛はその無力に絶望することの代りに、三尺の竿を上下する運動の中にその生存の意義を發見する。

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