僕と君は結ばれない⑧

実際に彼女たちにも冴木を通して会った。結論から言うと、その中で俺が惚れたのは二名だけだった。一人は女子で、もう一人は男子だった。男子に惚れたと言うと、語弊があるので友人になりたかったってことな。六十分の二、つまりは三十分の一の確率だ。まぁ、自称先輩の好きなタイプが分かるというだけはあると思った。それにそれ以外の生徒も後から見てみたが、そのリスト以外で俺が気になる生徒はいなかった。……たまたまとはいえ、すごいと思ったが、恐怖も感じた。
 夏休みに入るまでの間に能力を使い、一年生の女子を俺に惚れさせようとしたが、失敗した。男の方とは、ちょっとした友人になった。これだけ、告白されているにも関わらず、実際に俺が惚れるような女の子には俺は見向きもされない。人生というものは本当にままならないものだ。
 そうこうしていると夏休みに入り、俺はバイトを続けたかいもあってか、冴木の叔父さんに教わって、バイクの整備が一人でもこなせるようになった。
最初の方は、必ず俺が整備したバイクを叔父さんは念入りに確かめていたが、最近は俺が整備したものも軽く点検するだけで全て俺に任せてくれるようになった。そのことに喜びと共に安堵の感情が湧き上がってくる。これで、現状この店において俺がすべきことができるようになった。それにバイト代も上がったこともあって十万円ほど貯まった。冴木からは、どんな車種を買うか聞かれたり、買ったら後ろに乗せてくれとせがまれたりしたが、適当にはぐらかしている。
夏休みに太一さんが咲さんの住んでいる場所へ行ったらしい。今も二人は仲良くしているようだ。家に上がった際に写真を見せてもらったが、二人とも幸せそうだった。
だが、冴木と太一さんはかなり相性が悪いことも分かった。俺が、太一さんの家に遊びに行くと、どこで聞きつけたのか冴木が一緒についてきた。家にあげてもらっているのにも関わらず、やれ家が汚いだの、ものが散らかりっぱなしであると説教をしていた。あんたのそのだらしなさが人に迷惑をかけている、年上ならもっとしっかりしろ、なんて凄いことを言い出したので流石にたしなめた。
だが、冴木は全く反省の色もなく太一さんに会うたびに説教していた。俺もたまにバイクのメンテナンスのことで忠告していたが、その比ではなかった。
 親の仇でも見るような怒りに満ちた目で太一さんを睨む冴木に、何が気に入らないのだと問うと、あいつの全てです。あいつがもっとしっかりしていれば、先輩は私ともっと普通の青春を送れるのに、という見当違いの回答が返ってきた。
ここまで冴木が人を嫌うことは珍しかった。ここまで一緒に過ごしてきて分かったが、冴木は意外と気が遣える奴だった。俺が惚れた一年生を口説くときも何も言わずに見守っていたし、男子と仲良くするときは助け船を出してくれた。他の女子から告白されている時も、苦々しい顔をしながらも告白の邪魔をすることはなかった。ただ、クラスメイトと話している時は相も変わらずお構いなしに話かけてきたけどな。
……俺自身も結構酷なことをしている自覚はある。好きな相手が別の女にアプローチをかけるのを黙って見過ごさせる。鬼畜の所業だ。だから、あいつに俺はろくな男じゃないから、他の男にしろと何度も忠告した。
 だけどその度に、他の誰かじゃ意味がないです、先輩がいいです、と泣きそうな笑顔で言われた。
正直、心に来るものはあった。だけど、俺はそれに応えることができない。俺は太一さんの彼女である咲さんに惚れている。
 …………本当は、俺も冴木といるのが最近は楽しく感じている。これが、世間一般で言う恋というやつなのかもしれない。だけど、俺にはそれに応える資格もない。散々、自分の都合で色々な人間の運命を変えてきた。だから、今更自分の生き方を変えることはできない。俺は他人の運命を自分の都合で操るのが好きな鬼畜だ。今の俺が学校で人気があるのも、直接的ではないにしろ、能力を効率的に使うための結果でもあるのだ。
「佐藤先輩、ぼーっとしてどうしたんですか?」
「あぁ、いやちょっと考え事をしててな」
「しっかし、先輩も慣れたもんですね。完全にバイクのメンテナンス一人でできるようになっているじゃないですか」
「まぁな」
 油にまみれた顔を布で拭う。
「叔父さんも最初は、先輩が入るのを反対していたんですけどね、今じゃあ短期で辞めさせるのは惜しいって、私に先輩が辞めるのを止めてくれって懇願してくるんですよ」
「そりゃ、ありがたいよ」
「叔父さん、言っていましたよ。あいつの眼には鬼気迫るものがあるって、何が何でも技術を身に着けてやるって気概を感じるって」
「見間違いじゃね、俺は適当にいじっているだけだよ」
「それに、先輩がここに入ってから結構、店にお客さんが来るようになっているんですよ。修理依頼が多かったのが、うちの店でバイクをわざわざ買ってくれる人も増えましたし、取り寄せなのに、わざわざこの店を使ってくれる人も多いですし」
「お陰で、忙しいだけでこっちは迷惑だよ。同じバイトなら暇な方がいいからな。修理は楽しいから別だけどよ……」
「…………きっと分かる人には分かるんですよ。分からなくても分かるんですよ。私はそう思います」
 突然、訳の分からないことを一人でに呟いている。
「……? どうした、熱でもあんのか?」
「……何でもないです。そろそろ、夏休みが終わりますね」
「そうだな。……そういえば、お前何か欲しいものか何かあるか? バイト代も入ったし、何かあれば買ってやるぞ。今、俺がここでバイト出来ているのはお前のお陰だ。諭吉一枚分までなら、何か買ってやるよ」
「…………先輩はどこまでいっても馬鹿ですね。それじゃあ、私が頑張った意味がないじゃないですか。少しくらい自分のためにお金を使ってくださいよ」
「どういう意味だよ。で、どうする? 俺はどっちでもいいけどな」
「そうですね。じゃあ、前約束したデートのこと覚えています? そのデート代を先輩が持ってくださいよ」
「まぁ、約束したからな。デート代くらい持つ。それで、どこか行きたい場所とかあるか?」
「もっちろん、あの恐怖のジェットコースターがある遊園地ですよ」
「…………俺は冴木が乗っているのを見ているだけでいいか?」
 冴木は答えずににんまりと微笑んでいるだけだ。
「……じゃあ、いつ頃がいい? 咲さんが帰ってきている日付以外だったらいいぞ」
「全く、デートに行こうというのに堂々と別の女のことを持ち出せる先輩の神経が疑われますよ」
「そこは諦めろ。俺の運命の女神は咲さんに違いない。だから冴木、お前よりも優先順位が高いのは仕方がないのだ」
「先輩って、他の女子たちを躱すときは、もっとましな理由で躱すのに、私の時だけ雑じゃないですか? 手抜きですか? まぁ、咲さんもそろそろ帰ってきますし、その後にしましょう。そうですね、来週の金曜とかどうです? それなら、きっと大丈夫です」
「うん? 咲さんが帰ってくる日知っているのか?」
「あー、そんな気がするんですよね。……あれ、どうして知っているんだろう。うーん、もしかしたらバカ太一に聞いたのかも」
 それから、手帳を取り出して、何やら確認している。女の子が使いそうな可愛らしげな小さいメモ帳では無く、いかにもビジネス手帳といった感じのものを冴木は常に携帯している。俺といる時も大体それを開いている。色はオレンジだが、かなり大きくかさばりそうだ。
「前々から思ってたんだけど、その手帳って何が書いてあるんだ」
「そんな野暮なこと聞かないでくださいよ。先輩とのアツアツな日常が日記として記されているに決まっているじゃないですか。少しだけ中身見ます?」
「……まぁ、あんまり気が進まないけどな」
 中を見ると、二ページで一週間分の日記が書けるようになっていた。やたら、日付が大きく書いてある手帳だったのが印象に残った。中はさして語ることはないようなものばかりだった。
「へぇ、こんなん書いているんだな」
「まぁ、これは私の日記ですよ。大切な日々を書いていくものなんです」
「へー」
 そう言いながら、ぱらぱらとめくっていくと先々の予定のところに何か書いてあった。ぱらぱらめくっていたので、何と書いてあったかは読めなかった。
「おい? 何か先のページに何か書いてあるけど?」 
 そう言うと、冴木は俺から手帳をひったくった。
「まったく、佐藤先輩にでも見られたくないことってあるんですから、先々のページまで読まないでくださいよ」
「わるい、それで何が書いてあったんだ?」
「先輩、因みに全く何が書いてあったか読めなかったですか?」
「あぁ、ぱらぱらめくっただけだからな。全然読めなかった」
「…………良かった」
「何だよ、冴木。そんなに俺に知られたくないことなのかよ」
「女の子にそれ聞きます? 先輩少しは考えて下さいよ」
「分からねぇよ。何だよ」
「……はぁ、先輩が告白されても中々付き合えない理由が分かりました。こう、デリカシーというか、察する能力がないというか」
「……何だよ、冴木らしくもない。はっきり言えよ」
「……はぁ、私は女子です。男にないものが月に一度きます」
「………………悪かった、これはデリカシーがないと言われても仕方がないな。」
 俺は、素直に頭を下げた。本当に女子というのは大変だ。一々そんなものを日記に書くなんて知らなかった。
「……分かればいいんです。女の子は大変なんです。先輩が見ている可愛い部分っていうのは、加工されて本当にいい部分だけが提供されているんです」
「いやー、勉強になるよ、冴木。本当に他の女子っていうのは大変だな」
「分かればいいんです。ん? 何か引っかかるけどまぁいいか。で、何の話をしていましたっけ?」
「デートの日程だろ。俺は咲さんがこっちに来る日程とかぶらなければそれでいい」
「えぇ、日程が被らなかったら、来週の金曜日デートで決まりですね。楽しみにしています」
 俺は、自宅に帰りゆっくり風呂を浴びた。汗を流し、風呂から上がるが、オイルの匂いがとれていない気がする。それだけ、長い時間バイトを続けてきたわけだ。
 それから、俺の携帯電話に太一さんから連絡が入ってきた。
「よぉ、健一。元気してるかぁ。…………今、あの女は近くにいないよな?」
「冴木のことですか?」
「あぁ俺、あいつのこと苦手なんだよなぁ。こう、あいつの俺を見る目ってごみでも見るような感じじゃねぇか? お前も先輩ならあいつのしつけぐらいちゃんとしてくれよな」
「ははっ、気をつけます。ただ、あいつが俺の言う事を聞くとも思えないですがね。……ところで、今日は何か用ですか?」
「そうだよ、その件で連絡したんだよ。咲さんが今週金曜、つまり明日帰ってくるんだよ。お前にも言っておこうと思ってな。お前の店には土曜の昼には行こうと思うけど、バイトのシフト入っているか?
 俺はバイトのシフト表を確認する。入っていない。
「ちょっと入っていないみたいですね。店に言って、出勤できるようにしますから」
「そんな無理しなくていいぜ。咲さんも来週の月曜日までいるって言ってくれてるしさ。その時までにバイト入っていればその時でも俺達は構わなねぇからよ」
「いや、一刻も早く咲さんに会いたいので、何としてもバイト先にはシフト入れてもらえるよう直談判してみます」
「……お、おう。ただ前も言ったが、咲さんは俺の彼女だからな。話してもいいけど、俺から奪おうなんて考えだけはおこすなよ」
「ははっ、ソンナコトシナイデスヨ」
「おいっ、いくら健一でも本当にそんなことしたらただじゃすまないからな」
「冗談に決まっているじゃないですか。咲さんの眼に僕は映っていないですよ。」
バイトの最終決定が決まったら連絡すると言って、電話を切った。急な変更で自分本位のバイト変更だ。一体、どうしたものかと頭を悩ましているとまた電話が鳴った。
「先輩、先輩、佐藤先輩、今大丈夫ですか?」
 太一さんではなく冴木だった。
「あぁ、大丈夫だ。何かあったか? って、何で携帯電話の番号知ってる? 俺、お前に携帯電話番号の教えてなかったよな?」
「佐藤先輩、抜かりましたね。私が何のために先輩を叔父さんの店で働かせたと思っているんですか」
「……まさか、履歴書に書いた連絡先を知るためだったのか」
「ふふっ、そのまさかですよ」
「…………普通に犯罪だからな、冴木」
「まぁ、八割は冗談ですから安心してください」
「残りの二割はその理由かよ」
「いいじゃないですか。少しは私だって得をしたいんですから」
「はぁ、まぁいいさ。それで何か用があったんだろ?」
「そうでした。先輩今週土曜暇してますか? 実は叔父さんが、その日バイクをお客さんの家に搬送する依頼が入っているみたいで店を空けるみたいなんですよ。今回、納品するバイクの額がかなり高額みたいで叔父さんもかなり神経質になっているみたいなんですよ」
「……へぇ、すごいな」
「桁が二つ違います」
「はぁ?」
「一千万を超えています」
「はぁ、何でそんなものをわざわざこんな店から」
「先輩、それは叔父さんに失礼ですよ。ただ、先輩の言いたいことは分かります。叔父さんもこんなことはお店を始めて以来、初ということでかなり困惑しているみたいです」
「へぇ、それで俺に店の留守番を依頼したいってところか」
「どうです? バイトに来られそうですか?」
「もちろんだ。実は、俺の方から依頼しようと思っていたところだ」
「先輩ならそう言うと思っていましたよ。それに先輩も良かったですね。これで咲さんが来る日にバイトが出来ますね」
「あぁ、……って何で冴木、咲さんが来る日を知っているんだよ」
「……あはは、女の勘ってやつですよ。まぁ、冗談はおいておくとして、多分太一がうっかりもらしたのを聞いたんですよ」
「…………そうなのか? 太一さんもそれなら、先に俺に教えてくれればいいのに」
「とりあえず、業務連絡のために先輩に連絡したので、これは犯罪行為ではないです。あくまで業務の一環です。それと、今後も業務連絡があればこの携帯電話からも連絡がいくかもしれないので登録しておいてくださいね」
「……これ、お前の個人携帯だろ」
「……いいえ、お店の業務用携帯です」
「あのな、バイト初日に叔父さんの携帯電話は登録しているんだよ。つまりは……」
「あーーーーー、聞こえない、聞こえない。とにかく登録しておいてください。それでは失礼します」
「おい、冴木……」
 通話が途切れた。その後、太一さんに連絡して土曜日に、バイトに入ることになったと伝えた。それから、太一さんに咲さんが来ることを冴木に話したかどうか聞いた。太一さんは困惑しながら、俺があいつにそんなこと教えるわけねぇけどな、どっかでぼそっと言ったのを聞いたのかもなという曖昧な返事をもらった。
 そして、土曜日になって俺と冴木が叔父さんの店でバイクの整備をしながら店番をしていると声をかけられた。
「おい健一いるか? 咲さん連れてきたぞ」
 作業の手を止め、振り返ると太一さんと咲さんがいた。
「もう少しで、このバイクの整備が終わるんで、自由に店の中を見ていてください。太一さんが好きそうなバイクもそこそこあると思いますよ」
「分かった。適当に見とくわ。ってお前までいんのかよ」
「何です? ここは私の叔父さんの店ですよ。私がいて何か問題があります?」
「……ちっ、知ってたら来なかったのによ」
「言っておきますけど、この近くでバイク屋を探そうと思っても、そうそう見つからないですからね。それでも良ければお引き取りを」
「ちっ、一々嫌味な奴だ。咲さん、こいつ狂犬なんで俺と一緒にバイクでも見ていましょう」
「あっ、咲さんですね。何もない店ですが、ゆっくりしていってください。どうです? 今からテーブル出しますので何か飲みたいものがあったら言ってくださいね。コーヒー、紅茶、各種ジュースと色々揃っていますから遠慮しないでください」
「…………ええと」
「バイクなんて興味のない人間にとっては退屈なだけなんですら、こっちでお話ししましょう? 都会の大学のこととか聞きたいですし」
 そう言いながら、咲さんの手を引っ張っていった。
「……おい、あいつ勝手なことしやがって。俺の時と全然態度違うじゃねーか。……おーい健一、頼むからあいつのしつけちゃんと頼むぜ」
「……すいません、あいつは制御不能です。犬の方が、言う事を聞くレベルです」
「……はぁ、お前も苦労してんだな」
「えぇ、ご覧の通りです」
 後ろを見ると、既にテーブルを用意している冴木と困惑しながら、椅子に腰かけている咲さんの姿があった。咲さんを見る冴木の眼には、光がなく真っ暗だった。俺は、何か失礼なことを言うなよと思いながらもバイクの整備を続けた。
そんな心配をよそに二人は打ち解けているようだった。冴木が紅茶を注ぎ、咲さんに勧めている。笑顔を浮かべていて、今は目にも光が戻っていた。
「太一さん、咲さん、お待たせ致しました」
「おう健一、気にすんな。仕事だから仕方ねぇよ。それに待っている間、バイクも見れたしな。確かに俺好みのバイクがあったよ」
「そうですか、良かったです。良ければ安くしときますよ。店長と結構仲がいいので、かなり融通してくれると思います」
「気持ちは嬉しいけどな。ただ金がな……」
「そうですか。なら今日は整備だけにしときましょうかね」
「あぁ」
「咲さんもお久しぶりです。佐藤健一と言います。覚えているかどうかは分かりませんが……」
「もちろん覚えているに決まっているじゃない。あなたのお陰で太一と再会できたんだから」
「そうですか、何にしても覚えていてもらえてよかったです」
 話しながら俺は能力を使い運命を見た。やはり、前回と何も変わらず、俺が惚れる対象だった。
「佐藤君、そんなにじっと見られると恥ずかしいわ」
「ああっ、すみません。咲さんが綺麗だったのでつい」
「佐藤君、彼女がすぐそばにいるのにそんなこと言っていいの?」
「……はい?」
「だから、優愛ちゃんよ。優愛ちゃん」
 そこで冴木の顔を見ると、露骨に恥じらっているといった表情を浮かべていた。付き合いが長くなってしまった俺は分かるが、明らかに人をからかっている時の表情だった。
「……俺に彼女はいません。こいつは例えるならそうですね、金魚の糞です」
「はい? 誰が金魚の糞ですか。こんな可愛い金魚の糞がいてたまりますか。先輩もいい加減、自分の気持ちに素直になっていいんですよ」
「俺は素直だ。素直にお前の彼氏になりたいと思わない」
 そんな俺達のやり取りを咲さんは笑って見ていた。その笑顔に毒気を抜かれ、本題に入ることにした。
「太一さん、バイク持ってきてくれていますか?」
「あぁ、外に止めてある」
 俺は、それから外に置いてあるバイクを整備する場所に移動させた。太一さんに整備するところ一緒に見るかどうかを聞くと、見たいと言われたので一緒に作業場に入った。
「とりあえず、今回は余っている材料で整備していくので、太一さんはお金の心配はしなくていいですよ」
「あぁ」
 作業場から、冴木と咲さんが紅茶を飲んでいるのが見えた。作業しながら鮮明に二人の姿が見えるくらいの位置だ。能力を使いやすいと思った。
「佐藤先輩はきびきびと働くように。女子二人は優雅にティータイムを楽しませてもらいますから。それと、太一は先輩に感謝しながら技術を教わるように」
「まじ、あいつ自由すぎだろ。咲さんが笑っているから俺も言い返さなねぇけど、得な性格だよな」
「そうですね。俺もあいつみたいに、ありのままの自分で言いたいことを伝えられたらいいんですけど」
「……何だ健一、悩みか?」
「……そういう訳じゃないんですけどね。 人に自分の言葉を、自分の言葉のままで伝えるのって本当に難しいなって思うんですよ。俺はそれができなくて、苦労しましたから」
「ふーん、健一も苦労してんだな」
「まぁ、今冴木に付きまとわれている現状に比べればましですけどね」
「ははっ、違いない」
 俺は、部品を交換する度に休憩をはさんだ。最初にブレーキパッドを交換し、咲さんの姿に見惚れ、チェーン交換を終えては咲さんに見惚れ、ワイヤー交換しては咲さんに見惚れ、バッテリー交換をして……。うん、割愛しよう。
 俺が咲さんのことを見ていると冴木の眼も映った。死んだ魚の眼のように真っ暗な瞳でしばらく咲さんのことを見ていた。……軽く恐怖を感じたよ。ははっ、俺刺されないよな。
 全ての点検と交換を終える少し前のタイミングで冴木から声がかかった。
「佐藤先輩、修理終わったんでしょ。こっちで一緒にお茶でも飲みましょう。あっ、ついでに太一も飲みますか? 飲むなら出してあげないこともないですよ」
「健一、こいつ殴っていいか?」
「俺の個人的意見は、太一さんに賛成です。まぁ、無駄ですし流しましょう。それにしてもよく、修理が終わりそうって分かったな」
「……見ていれば分かりますよ」
あいつが俺に声をかけてきた時、あいつは咲さんの方を見ていたのによく作業がもうすぐ終わるって分かったな。まぁバイク屋の姪だ。雰囲気で分かるのかもな。
 それから、俺は冴木が用意したコーヒーを飲んだ。太一さんにもちゃんと出していた。
「おい、おまえ。咲さんとどんな話をしてたんだよ?」
「はぁ、太一のくせに生意気ですね。私はお前じゃなくて、冴木優愛って名前があるんです」
「じゃあ、冴木……」
「まぁ、太一に名前を呼ばれるなんて不名誉極まりないですけどね」
「……咲さん、こいつとどんなお話をしてました?」
「ふふっ、内緒」
「そんなぁ」
 そんな感じの和やかな雰囲気の時間が流れている中、俺はもう一度咲さんに能力を使った。…………よし、書き換え完了。これで俺が望む未来へ変わ……。

いつも読んでくださってありがとうにゃ。 ゆうきみたいに本を読みたいけど、実際は読めていない人の為に記事を書いているにゃ。今後も皆が楽しめるようにシナリオ形式で書いていきたいにゃ。 みにゃさんが支援してくれたら、最新の書籍に関してもシナリオにできるにゃ。是非頼むにゃ。