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100号キャンバスと同居

ゴールデンウィークを目前に控えた4月下旬。
世間の雰囲気に乗せられて、膨大な空白の時間を手に入れたような気になり浮き足だったわたしは、完全に勢いで100号キャンバスを発注した。

注文したあと冷静になり、わたしの生活は何も変わっておらず、持て余すほどの時間など無いという事実に気がついたけれど後の祭りだった。

キャンバスが届くまでの数夜、キャンバスの置き場所に困る夢、キャンバスを捨てようとして苦心する夢、キャンバスを解体しようとして近隣住民から苦情がくる夢を見た。ふだん夢なんて見ないのに。

「100号」
字面だけ眺めてもなんとなく大きそうな感じがするが、これが本当に大きい。長辺が162センチのキャンバスのことを100号というのだが、わたしが購入したキャンバスはその中でも162センチ×112センチのPという判型のもの。つまり、さして広くもない家に住む人が気軽に買っちゃいけないものだったのだが、2ヶ月前のわたしは(自分の身長より小さいからいける)という、今となっては意味不明な理屈をこねてぽちっとしていた。しかも自分より小さいとはいえほんの1センチなのだよ。

ほぼ同じ背丈で胴回りが112センチのペラい奴と同居して2ヶ月が経った。家にいるほとんどの時間、視界の隅でキャンバスが見切れているという状態にもようやく慣れた。発表の場を考えるのは止めた。腹を括ってしまうと悪夢は見なくなった。

目下の悩みは筆がなかなか進まないことだ。キャンバスのサイズと腰の重さは比例するのかと思うほど、ペン入れまでのハードルが高い。普段、描き途中の絵は机の上に出しっぱなしにしている。ふとした瞬間に足し引き修正すべきところに気づけるし、気軽にペンを入れられるのでそうしているのだが、100号キャンバスは描き上げるまでに相当な時間を要すると思い、焼けないように布をかけている。この布をひっぺがすのがものすごくおっくうなのだ。たかが布一枚の威力たるや。
『或る夜の出来事』という古い映画に出てくる「ジェリコの壁」を思い出した。

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