人様の新居で説教をされて就職一週間で退職した話(中編)
かなり間が空いてしまいましたが、前回の話はこちら。
「なんで3個も必要なんだろう」
抱えたトイレットペーパーを見ながら考える。フロントにゲストからリクエストが入ったのはついさっきのこと。部屋までトイレットペーパーを持ってきてくれとのこと。備品が足りないとのクレームは聞かなかった。清掃不備が理由ではないようだ。
ゲストの部屋は本館よりもすこし離れたところにある。チャイムをおすと相手はかすかにドアを開けた。
男の声が聞こえる。
「部屋の入り口に置いておいてほしい」
そそくさとトイレットペーパーを置いて立ち去りながら、頭が疑問でいっぱいになった。通常で使う分に加えて急遽トイレットペーパーが必要になる事情はなんなのか。
ゲストが連泊しているのか、チェックインしたばかりなのかはわからない。仮に連泊していたとしても、清掃は希望すれば入るし、当然に備品の補充もする。
トイレットペーパーを何に使おうとしたんだろう。
疑問はあっという間に他の覚えなければいけない業務の前に消されてしまった。ただ、中途半端に解決しない疑問は残り続け、こうして文章にするまで記憶することになった。
その日の昼食は職場の近くにあるコンビニで買ったおにぎりを食べる。大手のコンビニエンスストアで売っているような、ちゃんとした直巻きではなかった。わりと無造作に並べられ、本当に人の手で握った感じの形の整っていないおにぎりだった。
私はその時まで、素材・塩加減をそこそこちゃんとしていればおにぎりの普通の味は作れると考えていた。しかし、その時食したおにぎりは新しく常識を塗り替えることとなった。
どうしたら最後まで食べられないまずさを生み出すことができたのか。おにぎりで。しかも商品として。
私はその日、答えの出しようがない疑問を抱えながら駅までの道を歩いた。
トイレットペーパー3個をなにに使うのか。
なんであんなにまずいおにぎりを作れるのか。
答えが出ない。答えが出ない。
勤務を開始して一週間目。
この時が従業員として帰った最後の日となるなんて、わかるわけがなかった。
(後編につづく)
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