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いま、わたしはここにたっている…

職場やプライベートでの知り合いの人などに全く家族の話をしない。
あまり自分の事を話すのが好きではないし、どう話しても上手く伝わらない気がする、確信と言える程に。息をする事すら苦しい日々を送っていて
"この人なら…?"と以前話した事があるの、すると…

"え〜っ!一日に何十回も◯にたくなるなんて。
なんかさ、映画か小説の悲劇のヒロインみたいだね〜?"

と言われて思いきり笑われた。
それ以来、自分の悩みや苦しみは自身で何とか…
何としても昇華していくしかないのだと悟る。
だから今迄も今もこれからもこうして自分自身の問題として心の奥底にひっそりと抱えておく決意をしたんだ。
*  *  *  *  *
大都会の片隅で病弱な私の天使(ワンコ)と慎ましやかに生活している。プライベートで愚痴や不満を言う事はまずない…
大きな夢や目標もなくただただ一日一日を丁寧に生きているだけだ。
全然楽しくはないけれど何故かお仕事は好きだし無遅刻無欠勤。
"お前、損ばかりしてるよな、バカじゃん?"
と彼に言われてもボランティアで自宅でも仕事をしている。必要だと思う事をただ淡々とこなしているだけなのだけどね…?笑。
穏やかでいつも笑顔に見えるからと言ってそれが全て本来の姿とは限らない。
"ああ、とても優しいな…"って感じる人に出会うと、天性の備わった性質もあるだろうけれど…
"傷ついたり見えない所で苦労もされたのかな?"って思う。
人の傷みをそれとなく察してくれたりと。

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*光芒≒天使の梯子、フリー画像お借りしました

思いやりって"推察力+気遣い"かな…

以前の投稿サイトでもこちらでも超個性的な方から何回かコメントが来た事があるの、本当ちょっと怖いくらいだった…
それでも自分なりに丁寧に誠実に返していたら来なくなったの、本当に人間って不思議だね?
きっと''こいつ、反論しないしつまんねぇーの"って思われたんだね。

皆それぞれ目には見えない、大きさ、形、重さや中身の違う荷物を背負って今日と言う日を一歩一歩生きているんだね?だから違って当たり前なんだよね。

理解を超えた人やものに出会った時にどう対応するかは今まで培って来た経験、その人の思考や性格がものを言うのかも知れない。
この先、例えどんな茨の道を歩いても小さな命を守って、感謝を忘れずに出来る限り誠実でありたいと思う。

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色とりどりの春のお花畑の真ん中でも心まで凍てつく最果ての土地でもなく…

すれ違えば温かいその笑顔で"おはよう"
"こんにちは"と交わし合えるそんな何処でもない…今、私はここに立っているのだから。

良くない時も良い時も更に更に積んどく。

*皆さま、どうかご安全にお過ごしください
*読んでくださった方、いつもありがとうございます




*付記*
書(言葉)を求められて、吉田松陰先生、乃木希典大将、安倍晋三前総理が『至誠』と書き残している…
ちょっと記憶が不確かだけど台湾の李登輝元総統もだったかなぁ…?