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Web掲示板「5ちゃんねる」の書き込みについてプロバイダから意見聴取が届いた場合の回答書テンプレート暫定版(試作版から少し修正)


別紙

令和○年○月○日

○○株式会社 御中

発信者 犬山太郎

貴社からの意見聴取に対する回答書

発信者は、以下の理由から、請求者に対する発信者情報開示に同意しない。

1.「権利が侵害されたことが明らか」と言えない

請求者は、貴社に対し、プロバイダ責任制限法5条1項に基づいて、名誉権、名誉感情侵害およびプライバシー侵害を理由に、発信者の情報を開示するように求めた。
プロバイダ責任制限法5条1項は、「侵害情報の流通によって請求者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」(同項1号)および「請求者に発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき」(同項2号)に限定して、請求者に発信者情報開示請求権を認めている。しかし、発信者は、Web掲示板「5ちゃんねる」において、「〜〜」と自らの感想(以下「本件記事」という)を書き込んだに過ぎず、本件記事は請求者の権利を侵害しないから、同条1号の要件を満たさない。
以下、請求者の主張について個別に検討する。

(1)本件記事は名誉毀損に該当しない

名誉毀損の成否を決定づけるのは「一般読者の普通の注意と読み方」(いわゆる「一般読者基準」)である( 最高裁第二小法廷 昭和31年7月20日判決、民集10巻8号1059頁)。一般読者基準に立ったとき、本件記事の内容は請求者の社会的評価や信用を毀損すると言えない。
また、もし百歩譲って本件記事が請求者の社会的評価や信用を毀損するとしても、本件記事の内容それ自体は意見論評の一種に過ぎず、「当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項」(最高裁第二小法廷 平成10年1月30日判決、集民187号1頁)と言えない。すると、本件記事の内容について真実性は問題とならず、むしろ自由な意見論評の範疇である。
さらに、本件記事は、請求者に対する「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したもの」(最高裁第三小法廷 平成9年9月9日判決、民集51巻8号3804頁)とも言えない。もし仮に本件記事の内容が請求者の社会的評価や信用を毀損するとしても、意見論評としての違法性阻却事由を満たすのは明白である。
しかも、本件記事は、請求者と「面識がある者」または請求者の「属性を幾つかを知る者」による同定の可能性(東京地裁 平成11年6月22日判決、判時1691号91頁、判タ1014号280頁)を踏まえても、およそ請求者との同定可能性を満たすとは言えない。
以上から、本件記事は請求者の社会的評価や信用を毀損しないから、本件記事の送信は請求者に対する名誉毀損に該当しない。

(2)本件記事は社会通念上の受忍限度を超えた名誉感情の侵害に該当しない

判例によると、名誉感情侵害は「社会通念上許される限度を超える侮辱行為と認められる場合に(中略)人格的利益の侵害が認められる」(最高裁第三小法廷 平成22年4月13日判決、民集64号3号758頁)とされている。
しかし、本件記事の内容は、請求者の名誉感情を侵害するのかも疑問だし、もし仮に名誉感情を侵害するとしても社会通念上の受忍限度を超える侮辱とは言い難く、請求者の名誉感情を侵害する不法行為に該当しない。

(3)本件記事は請求者のプライバシーを侵害しない

判例によると、プライバシーとは「私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること」「一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること」「一般の人々に未だ知られていないことがらであること」のすべてを満たす情報であると解されてきた。もっとも、最高裁第三小法廷 平成29年1月31日判決の調査官解説(法曹時報71巻11号268頁)において「本決定は、非公知性はプライバシー(権)の要素であるという前提には立っていないように思われる」とあるように、昨今はプライバシーの要件に非公知性が含まれていないようである。

しかし、本件記事は、請求者の私生活に関する情報や、私生活が公開を欲しないであろうと認められる情報を掲載していない。すると、本件記事の内容は秘密の暴露と言えないから、プライバシー情報に該当しない。
また、プライバシー侵害の成否は、「公表する利益」と「公表しない利益」について複数の考慮要素を総合的に検討した結果として認定される(最高裁第二小法廷 令和2年10月9日判決、 民集74巻7号1807頁)。発信者が本件記事に書き込んだ情報は、請求者がプライバシー情報と考えるとは想定できない内容であり、この程度の内容について「公表しない利益」が存在するとは考えられない。すると、本件記事の送信がプライバシー侵害に該当しないのは論を俟たない。

(4)小括

以上から、発信者の書き込んだ内容は請求者の権利を侵害せず、この発信者情報開示請求はプロバイダ責任制限法5条1項に規定された「権利が侵害されたことが明らか」とする要件を満たさない。

2.発信者の特定電気通信による情報は「侵害情報」と言えない

発信者は、Web掲示板「5ちゃんねる」に書き込まれた内容に対する返信として、アンカー(「>>123」のように、既存のコメントを参照する符号)とともに、新たなコメントを書き込んだ。しかし、プロバイダ責任制限法2条5号に規定された「侵害情報」とは、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が当該権利を侵害したとする情報」を指す。つまり、発信者情報開示の開示には、発信者による特定電気通信が単体で請求者の権利を侵害している必要がある。

今回の発信者情報開示請求では、「プロバイダ責任制限法を離れた(いわば実態法上の)権利侵害が存在するのであれば被害者救済の観点から発信者情報の開示が認められるべきである」という素朴な価値判断に基づく請求者による主張または主張が想定される。しかし、プロバイダ責任制限法は、単に権利侵害が存在するだけでは足りず、あくまでも「侵害情報の流通によって」権利が侵害されたことを発信者情報開示の要件としている。この「侵害情報の流通によって」権利が侵害されたとの要件について、立法担当者は、解説において「本法は、当該情報の流通自体による権利侵害を対象としており、それ自体が違法ではない違法情報へのリンク情報や詐欺行為の着手段階にすぎないような情報は対象としていない」としている。

また、プロバイダ責任制限法の施行10年を受けた同法の見直し作業として、総務省の開催による「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会」が2011年7月に公表した「プロバイダ責任制限法検侵害情報の検証に関する提言」14-16ページにおいても、情報の流通により直接権利を侵害していない場合(すなわち、情報の流通それ自体は違法とはいえないものの、当該情報と関連性が認められる情報の流通により他人の権利を侵害している場合)の一例として、「例えば、貼付されたリンク情報それ自体は違法ではないといえるものの、リンク先の情報が他人の権利を侵害するような場合」について、「立法の経緯及び文言に照らすと、現状では、これを『情報の流通』に含めることは困難であると解される」と指摘されている。

このように、「侵害情報の流通によって」権利が侵害されたとの要件について、プロバイダ責任制限法の立法当時から長年にわたる関係者間の議論を経た上で、立法担当者等が一致して「発信者情報開示請求の要件としては単なる権利侵害では足りず『侵害情報の流通によって』権利が侵害されたことが必要である」旨の見解を示している。その上、裁判例も、同要件に積極的な意味を見出し、単に権利侵害が存在するだけでは足りず、あくまでも「侵害情報の権利が侵害されたとの要件を満たさ流通によって」権利が侵害されたことを要求している。

請求者は、発信者の書き込んだ内容によるによる権利侵害を理由として発信者情報の開示を請求しているのであって、発信者が単独で書き込んだ内容のみが本請求におけるプロバイダ責任制限法5条1項の「情報」ないし「侵害情報」である。
本件において検討するに、もしアンカーでリンクされたコメントが請求者の権利を侵害するとしても、発信者の送信した内容について同定可能性を満たすに過ぎない。第1項で述べたとおり、これに便乗した新たなコメントが単体で請求者の権利を侵害するとまでは言えないのだから、発信者の書き込んだ内容の流通が「侵害情報」を構成すると言えない。

以上から、本請求について「侵害情報の流通によって」発信者の権利が侵害されたとは言えない。

3.今後の意見聴取に関する要望

発信者は、現時点で請求者を具体的に特定できない以上、漠然と反論することしかできない。これでは発信者が目隠しされた状態で防御を強いられているも同然である。この状況では、プロバイダ責任制限法6条に規定された「意見聴取」の手続において発信者が意見を述べる機会が満足に確保されていると言えず、およそ本請求に係る貴社の対応は適正な手続と言い難い。よって、請求者は、可能な限り発信者を顕名で請求するべきだし、もし今後、請求者が貴社に顕名で発信者情報の開示を求めてきたときには、発信者は改めて意見の聴取ないし照会を貴社に予め要望する。

また、もし今後、請求者が裁判手続で発信者開示請求してきた場合は、弁護士とも相談しながら回答を作成したいから、改めて意見聴取することを貴社に予め要求する。

4.結語

以上から、発信者は、請求者による貴社に対する発信者情報開示請求に同意しない。


以上


取扱説明書

・アクセスプロバイダ(通信会社)から、発信者情報開示請求に伴う意見の聴取・照会が届いたときに使ってください。回答者で適宜、補っていただく部分もあるので、よく読んでから使ってください。

・アクセスプロバイダからの書面には「発信者情報開示に同意しない」旨を記載し、理由欄に「別紙記載のとおり」と書いて、上の文章を「別紙」として添付してください。

・このテンプレートは無料で使ってください。お礼は気持ちだけで結構です。お礼の分を誹謗中傷やプライバシー侵害を受けている人に寄付してください。

このテンプレートを使った場合の責任は取りません。ご了承ください。

・書式は一般的な文書作成のルールに基づきました。この辺は法令で決まっているわけじゃないので、あくまで参考としてください。でも、ちゃんとした文章の方がプロバイダや裁判官も読みやすいですよね。関係者の「目が滑らない文章」を心掛けてください。

・おそらく誤字脱字があります。あと、作成者の好きな文体や口調で作っています。適宜、ご自身で校正してください。

ご面倒でも、裁判のときは改めて意見を聴取するように求めてください。プロバイダによっては、任意開示の結果を裁判手続に流用してくる場合もあるので、任意開示だからと手を抜いた内容で意見聴取に回答したら、そのまま裁判で使われてしまう可能性があります。

・このテンプレートは、たとえば「草」で開示請求されたような場合を想定しています。また、第2項の論点は、権利侵害に該当するコメントにアンカーで返信している(「>>123」のように返信している)パターンでしか使えません。コメント単体で権利侵害が成立する場合は使えません。

・差し支えなければ、使った結果も何らかの方法で教えてください。適宜、フィードバックしながら改善します。

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