⑫黒い悪魔『白いバスタオルを赤く染める・犯罪者』

母は、

一人暮らしを始めた。

線路の前の

二階建て一軒家。

二階には

小さなベランダもあった。

私と姉は

もう一度、

母と暮らした。

ほんの数ヶ月間。

春から

夏休みが終わるまで。


学校には

電車で通った。

楽しかった。

嬉しかった。

幸せだった。


このまま

離婚が成立して

このまま

母と姉と甥っ子と

一緒に暮らせると

思った。

食べる物がなくても

小麦粉を練って

お砂糖を入れて

充分美味しい

手作りおやつ。

パンの耳のカリカリ。

ミルクを飲んでる

甥っ子が

湯船の中で

ウンチしちゃったり

ベランダで

シャボン玉をしたり

電車に

手を振ったり。


母は、

父に、

この家の場所を

教えなかった。

私と姉が

どうやって

母とまた

暮らせていたかの

経緯は

覚えてない…

なんで、

どうやって、

あの家で

暮らせてたのか

そこまでの時系列を

何度も振り返っても、

思い出せなくて

気持ち悪い。


ある日、

家の外で

車が止まる音がした。

見覚えのない

車。


父だった。

どうやって探し当てたのか…

怖い。

ピンポーン

チャイムがなった

姉と私は

固まった。

えっ

なんで

怖い

とっさに姉が、

甥っ子を隣の部屋に

寝かせて

襖を閉めた。

そして

『早く出て』

と言った。

戸を開けると

「入っていい?」

と聞かれ

答える前に

入って来た。

父の顔を

見る事が

出来なかった。

「お母さんは?仕事?どこ?」

『仕事場は知らない』

「知らない事ないだろう、ハハ」

父は

笑っていた。


夏休み

引っ越す前の

姉の小学校の

お友達が

遥々遊びに来た。

そして父も

なぜかいた。

面子を保つため?

久し振りに

姉が

お友達と遊べる様に

甥っ子は

私が見て

姉は夕方から

お祭りに行った。


私は

甥と遊んでいた。


父と母の

喧嘩が始まった。

私は

甥をみていた。

甥の耳を

タオルで

そっと塞ぎながら。

大きな物音で

甥が泣き出した。


バタンッ

ガタンッ

バタバタバタ

ガラガラガラ

タッタッタッタッ

タッタッタッタッ

……


母は

外に逃げた

父が追って行った

先の固い

スリッパを履いて


私は

甥を抱いて

あやす為

その場で立ち上がると

窓から

一部始終を

見てしまった。


父は

母を

線路脇の草むらに

押し蹴った

母は

簡単に倒れ込んだ

それから

父は

先の固い

スリッパで

母の

身体を

蹴った。

母は

泣いていた

外で

大声で

泣いていた


夏祭りが

行われている

夕方

線路脇の草むらで


悲鳴

痛み

恐怖

全部が

混ざった

顔と声で


泣きながら

家に戻って来た


私は

甥を抱きしめたまま

母に

バスタオルを渡した

さっき乾いて

畳んで仕舞った

真っ白い

バスタオル

『お天気良いからフワフワだね』

と言って

母と取り込んだ


真っ白い

バスタオルが

真っ赤に

染まった。

母は

私が抱きしめていた

甥を

奪い

父の盾にした

父は

母の前で

母の頭を

鷲掴みしていた


泣いてる甥

母の頭を

鷲掴みしている

父。


私はとっさに

母を押し除けて

甥を奪い取って

二階に上がった。


泣き止まない

甥を

抱きしめた


暫くして

父が帰って行ったのを

確認し

母の所に行った

母は

仰向けに

倒れていた


目の上が切れていて

青くなっていた

私は

冷たく濡らした

タオルを

顔にかけた

『死んだ人じゃないんだから』

母は

泣き止んでいた

そして

『この顔じゃ、お姉ちゃん達に心配かけちゃうから、お母さんちょっと出てくるね。』

『怖かったね、ごめんね、びっくりしちゃったよね。もうない様にするから』

そう言って

シャワーを浴びてから

夕食を準備して

真っ赤に染った

バスタオルを袋に入れて

出かけた。


姉には

さっきまでの事は

言わなかった

『お母さん電話来てちょっと用事だって』

父がいないことには

触れなかった。


そうなんだ。

姉はそう言って

子供達だけで

母が作って行った

夕飯と

姉が買ってきた

屋台の

たこ焼きと

焼きそばを

食べた。


皆が

寝静まったあと

母が帰ってきた。


姉と私は

起きていた。

母の顔の痣を

姉が

ファンデーションを塗って

誤魔化せるだけ誤魔化した。

3人で

コソコソ笑いながら。

結局隠しきれず

眼鏡をかけることになった。

メガネが似合わなすぎて

笑いをこらえるのに

必死だった。










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