虚構戦記 第二の手記

鶴橋駅のホームに降りると、ぷんと焼肉の臭いが鼻についた。スーツに臭いがついたら嫌だなと思いつつ、待ち合わせの焼肉屋に向かう。駅を出て、小さな本屋の角から先は焼肉通り(ストリート)だ。客を取り合って呼び込みの店員が声をかけてくる「お兄さんいい肉あるよ」

まるで飛田新地だな、とひとりごちてニヤリと口端が上がる。カッカッと靴音を鳴らしながら、呼び込みを無視して悠然と進む。呼び込みをしているような店は、つまりは呼び込まねば客がこないという蓋然性がある。そんな店に通う人間は二流、いや三流だ。

私は、弟が家を出た後の地獄のような実家を出たくて、関西の大学に絞って受験をした。そうして私は、晴れて近畿大学文芸学部の学生となったわけだ。毒親達は納得がいかないようだったが、テレビと、空気清浄機を包丁で破壊したら学費と生活費を出してくれると相成ったわけだ。

後に近畿大学はマグロの養殖を始めとする様々な分野で成功を納めるし、このときにもスポーツの分野ではその名を轟かせていたのである。そもそも、大学というのはそこで何を学ぶかであって、京大生だろうが社会に出て使えなければ意味がない、と言ったのはHN「へんでろぱ」さんだったか

といってもまあ、私は近畿大学も後にさらなる羽ばたきのために中退するわけだから、母校でもないわけだが・・・淫売婦を抱く前に焼肉を食って精をつけるのが大人の嗜みだ、とはこちらにきて知り合った悪友の高山の弁だ。高山とは「在日韓国人」の交流BBSであるエンコリで知り合った。

高山は本当に汚い食べ方をするやつで、なんでも混ぜて食べる悪癖がある。以前、カレーを注文した高山は、食べ始める前に5分近くかけてスプーンを使ってカレーを捏ね、ペースト状になったそれを美味そうに食べていた。本当に育ちが悪いと思ったが、しかしこいつは役に立つのだ。

毒親の軛から解き放たれ、関西に出てきたばかりの私は開放感に包まれていた。親からの仕送りは家賃や光熱費と、それと生活費として5万円ぽっちで、友人づきあいすらままならないものだったが、それを弟の下宿に通い愚痴を聞かせていたら、弟の下宿にもう行かないことを条件に増額されたのだ。

私はやっと勉強する必要がなくなったので、最初のうちは毎日エンコリに打ち込み、日本人を論破したりして遊んでいたのだが、そこで共闘仲間として意気投合したのが高山だったというわけだ。高山はニートのクズだったが、尊敬できるところが一つもないので、一緒に居て心地よかった。

高山はこっち(関西)の精肉店の跡取り息子で、あとを継ぐための勉強もないため、私と違い放任されて育った高卒のろくでなしだった。そして、出身地でこちらの遊び場に詳しいのに、どうしてかシャイなやつで、やれ飛田新地に行こう、やれ北新地にいこう、「奢るから」と金を出して誘ってくる。

「ううむ高山くん、そうはいっても予定もあってねえ」と渋ってやれば、こうして焼肉も奢るから、とツケで食える店に招待していただける、というわけだ。こんな惨めな存在にだけはなりたくないが、肉はうまいしタダで抱ける淫売婦は格別なのだから、こんなやつと付き合ってやるのもしょうがない。

焼肉だけでは食った気がしないので、焼肉通りにある「カナリヤ」に向かう。ここは前科者と噂のマスターが趣味でやっている喫茶店で、金魚鉢のようなボウルのパフェが出てくる。それを目当てに、部活帰りの女子高生が姦しく大勢やってくる穴場だ。彼女たちには淫売婦にはない輝きがある。

「ねえ、今日はためしに妖怪通りに行ってみないかい」「なんだ高山、お前も好きモノだな」飛田新地では表通りの若い淫売婦がいる通りを青春通りと言い、裏通りの熟れきった淫売婦がいる通りを妖怪通りと言う。違いは値段だ。だが、高山の機嫌を損ねてもしょうがない。淫売婦の穴に違いはないだろう。

「じゃあ、1時間後にまたそこの喫茶店で待ち合わせで!」そういうと高山はポケットからクシャクシャの札を差し出してきた。私はひったくるようにそれを受け取ると、「ああ、ご武運を」と敬礼してみせる。それだけで高山はゲラゲラと笑って同じポーズをとった。わかりやすいやつだ。

「そもそも、別に一緒に入って3Pをするわけでもないのに、なんであいつはついてきてもらわないと女も買えんのだ・・・」高山と付き合うようになってから、疑問に思ったことをついひとりごちてしまう癖が出来た。青春通りにいっても良いのだが、渡された金は妖怪通りの分しかない。

「まあ、男子たるもの、これも経験というやつか」いっそ、喫茶店で時間を潰して話をあわせれば、この金を懐に入れることも可能なわけだが、あんなクズでも嘘をついてやっては可愛そうだ、何よりそういう予定で昨日は手淫もしてないからギンギンだ。物色して通りを行ったり来たりする。

2度ほど高山とすれ違い、その度に首をすくめてみせたり、ニヤリと笑ったりしてやったが、見かけなくなったのでどこかに入ったのだろう。じゃあ、ということで比較的見た目の良い淫売婦のいる店に入った。「ちょん(15分)で」これなら少し金も余る。

思えば、熟れた淫売婦を買うのがこれが初めてだ。年齢で違いもあるのだろうか?と思いながら待っていると、さっきの女が茶と茶菓子を持って入ってきた。「お客さん、こういうところははじめて?」使い古された文句に「ぶはっ」と笑ってしまう。スーツで決めてきたからだろうか。

「フフフ、私はまだ22歳ですからね。確かに浮いて見えるかもしれませんね」「あら。凛々しくてこういうところ、来たりしはらへん人に見えたから」淫売婦はこれまたとってつけたような京都弁でしなをつくって身を預けてくる。「では、時間ももったいないので脱いでください」

なんだか素の自分を出せていることに今更ながら気づいた。青春通りの淫売婦と違い、この女には私を否定するオーラが無いのだ。おそらく、妖怪通りの淫売婦は、客に媚びることが常套となっており、青春通りの淫売婦にある、どこか客を下に見た態度がないのだ。

10分程度で済ませたあとも、まだまだ甘えてくる。事が終わったらさっさと終わり支度をする青春通りとは大違いだ。「また来てくれると嬉しいなあ」同じようなことを青春通りでも言われたが、この女の言い方には侘しさがある。私に本当に来てもらえるとは思っていないのだ。

私はこの熟れた淫売婦に、生まれて初めて恋の心が動くのを感じた。こんなところに、癒やしがあったとは。「名前は?」「ミチコよ、あらやだ、シたのに名前も言ってなかったのね」そういって笑うその仕草も可愛いらしい。年の頃は50くらいだろうか。その目尻のシワさえ、もう愛おしくなっていた。

高山はそれからも、月に2度のペースで私に付き合ってくれとせがむ。ただ、高山には熟れた女の良さがわからなかったらしく、「やっぱり青春通りが良いね」という。こちらを蔑んだような目で退屈そうに寝転ぶ女に腰を振る代金で、甘えて足を絡めてくる淫売婦を2回も抱ける。コスパが段違いだろうに。

「ああ、そうだな」と言って手のひらを差し出すと、高山は金を渡しながら信じられないことを言ってきた。「君も楽しんでるんだから、次からはいい加減自分の金で遊びなよ。毎回たかられてばかりじゃ友達甲斐がないじゃないか」あやうく癇癪を起こされるかと思った。一体何様のつもりだこいつは。

私の理性が働いたのは、"この町で騒ぎを起こすと怖い大人がやってきて袋にされる"と、ここに通う前に2ちゃんねるのスレで知識を仕入れておいたからだ。初めてここにくる前にそれを教えてやると、高山はボケた間延びした声で「それは怖いねえ」と言うので、奢るなら一緒に行ってやると買って出たのだ。

それが、この男は、ここに通う前は童貞だったくせに何を増長して偉そうなことを。「そんなに言うならもう付いてきてやらんぞ」「なんだい、意地悪なことを言うねえ。じゃ、また後で」そう言いながら手をひらひらと振って青春通りの方に消える。胸糞の悪い。今日は淫売婦を乱暴に抱きたい気分だ。

ミチコは今日も店先に座っていたが、今日はミチコを抱く気分ではなかった。もっと生意気そうな女がいい。飛田新地はチョンの間の別名の通り、15分が基本なので、軒先に出ている女も少しぶらつけばすぐに変わる。今日のこの苛立ちをぶつける女はいないかと入念に妖怪通りをうろうろした。

「やあ、どうしたんだい」後ろから高山に声をかけられてギョッとする。「見かけないからどうしたのかと探してたんだぜ、どうしたんだい、ここは妖怪通りだよ」「あ、ああ、考え事をしながら歩いてたら迷子になっちゃったかな、そうか、そうか、ここは妖怪通りだな、言われてみればその通りだ」

「なんだいしっかりしてくれよ、君は今日はまだ僕の案内人だろう。うえっ、さすが妖怪通りだな、みなよあの女を。60はいってるんじゃないか?流石に溜まってる僕でも、あんなのは金をもらってもごめんだねえ」そう言って顎でしゃくった先に座っていたのはミチコだった。

臆病者の高山はヒソヒソと耳打ちしてきたが、その下卑た笑いはどういう意識をもっているか明らかだ。私もミチコのほうを向いてしまい、目があった。侘しい目だ。まるで私を責めるところのない、悲しくて自嘲したような、ミチコの侘しい目と私の目が一瞬見つめ合う。

「君、ああいう年のいった女は情が深いのだよ」ミチコにも聞こえるよう、大きい声でそう言ってズカズカとミチコのほうに歩み寄る。「へえ?もの好きだねえ」後ろから高山の声がする。まるで映画の登場人物になった気分だ。ミチコも私に惚れたかもしれないなとニヤリとしてしまった。

「ねえ、あの人、ちょっと、すいません」「ああ、ダメダメ、待って待って。お兄ちゃん、爪切ってないって苦情。爪切ってもらわないとだめだよ、はい爪切り。あとね、あんまり乱暴にしたら、怖いお兄さん呼んじゃうよ。入ってもいいけど気をつけてね」横から客呼びの老婆が爪切りを差し出してきた。

「爪?伸びてないですよ。仮に伸びていたとしても何か問題あるのでしょうか?爪が伸びるのは人体にとって自然なことですよね?」「ちょっと手みせて……だめだよお兄ちゃん!深爪するくらい切るのがマナーだよ!」聞いたこともない。失礼な老婆だなと思いつつ、上り框に腰掛けると高山と目があった。

何がおかしいのか、にへらっと笑みを浮かべるので、しっしっと追い払う。パチン、パチン、パチン。小うるさい淫売屋もあったものだ。客に指図をするとは、それこそ注文の多いというやつだ。確かに、咥え込まれるのはこっちだなと思い至る。後で高山に披露してやろう、あのバカは喜ぶだろうな。

パチン、パチン、パチン。「ほれ、切ったよ」爪切りを返すと、ふん、と入れ替わりにやすりを渡された。「なんだ本当に注文が多いな、面倒くさい」「それがいやなら帰ってくんな」へいへいとやすりを当ててこする。これだけ面倒をかけさせたなら、値段をまけるか、時間を倍にして欲しいものだ。

やすりがけが終わったので靴を脱ぎながら当然の権利を主張する。「これ爪切りさせられた分サービスしてくんないの?」「…はあ?!嫌なら帰んな!」「へいへい…」本当に客商売というものがわかってない淫売屋だ。だから淫売屋なんていうものになるのかもなと納得する。

「ちゃんと優しくするんだよ!」本当にやかましいやつだ。これが、まともな店や役所なら苦情を入れてるのだが、こんな店の上役はヤクザだというから善良な一市民としてはおいそれと苦情も言えない。本当にふざけている。無意識に力強く階段を上っていた。「静かに上がんな!」お前のせいだろうに。

「堪忍ね、この間来てくれた後血が出ちゃって、爪が当たったんだと思うのよ、、、」いきなり言い訳か。淫売婦らしいな。「その傷が、私の爪のせいだったと言う立証はできるんですか?」「お兄さんが指入れてた時痛かったし、帰ってからみたら血が出てたから……」話にならない。証拠も無しに冤罪だ。

「それよりも、爪を切らされ、ヤスリまでかけさせられたせいで私の貴重な時間を無駄にしました。この責任はどう取っていただけるのですか?割引になりませんか?」「そんなこと言われても困るわあ……」「ふん!まあいい、さっさと脱いで下さい。問答も時間の無駄ですよね」

「じゃあおしぼりで綺麗にしますね……」「拭かずにするってのはどうでしょう?そういうサービスもあるんですよね。それを無料にすることで手を打ちましょう」「ええ、、、」「また通って欲しくないのですか?」「じゃあ、今回だけ特別ですえ、、、」交渉に勝った。手間取らせやがって。

やっと気分が良くなってきた。「あとゴムも無しでいいですよね。そういうサービスもあるはずですよね」「うちはそういうの、やってないから、それはダーm」「途中で止めるな!!!!」サービスをなんだと思ってるんだ!ほら!続けろ!」サービス業の誇りも無いのか。頭が痛くなりそうだ。

咥えさせながら中指と薬指で激しく責め立てる。アダルトビデオ(AV)で学んだ必殺技だ。「んっ、もうちょっとやさしk」「だから途中で止めるな!爪を切らされたんだからこれくらい良いですよね!!」本当に気分が悪い。次にくるときはバレないように傷をつけておき途中で破れるゴムを持ってこよう。

激しく腰を振り、満足すると、淫売婦は後処理に部屋を出て行った。スッキリしたので、高山ももう済んだかな、喫茶店に向かわねば、と身支度を整えていると、淫売婦と老婆と、あといかつい男性が数名ドタドタと部屋に入ってきた。「なんですか?あなた達は」「こいつか?」「はい」

「何か問題でもあったんですか?また傷がついたとか?仮に傷g」(ガッシ!ボカ!)殴られ?パンチ?私が?痛い?頬?「ごちゃごちゃうるせえええええ!!」(ドカッ)蹴られ?痛い?悲しい?お腹?「何わざわざガシマンしてんだそういう店じゃねえええ!!仕事できなくなった金払えコラアアアア!!」

「おう正座しろコラァ!」「痛い痛い!座ります!座ればいいんですよね!離して!」髪の毛を鷲掴みにされて激痛が走る。帰りに絶対に警察に行ってやる、ここをなんとか収めて無事に帰らないと。ヤクザだ、ヤクザだ。心臓が早鐘のようにトットットットッと跳ねる。

「なんやブランドのスーツかこれ。こんなん着て女買いにくるってアホかお前。どこぞのボンか?」「盆?」「お前の親父の仕事は何や?ちょっと財布出せや身分証見してみろ」財布まで漁られた。傷害罪にプライバシー権の侵害も上乗せだ。どう責任を取らせよう。警察に通報して示談金で倍返ししてやる。

「ほー、まあまあええマンション住んどるやんけ。おい、これコピー取ってこい」「へい」「じゃあ兄ちゃん、保証の話しようか。この娘な、兄ちゃんがまたガシマンするから、前の傷開いてしもて、ちゃんと治るまで仕事でけへんってさ」「それって私の責任だと立s」(バキィッ)「お前のせいじゃあ!!」

「は、はいい!」「ヨシ!ほな保証としてな、1日出たら八万円は稼げるから、1日八万で全治2週間。112万保証してあげてな」「無理です!」「無理もクソもあるか!お前のしたことの結果やろが!責任取れや!」「ひいっ」暴力をちらつかせるなんて野蛮な。警察に説明するために一言一句記憶していく。

じゃここに、「私は田中里子さんにガシマンした結果、裂傷させ、もって就業不能にしたため、全治するまでの2週間の保証金として金112万円をお支払いいたします、って書いてな」「田中里子?」「本名じゃ」名前まで偽ってたのかあの女!!!絶対に許せない!!

その後も何度か説得や反論を試みたものの、結局誓約書を書かされるまでは解放されず、1時間後、やっとこの暴力の宴、理不尽の坩堝は終わったのだった。「どんだけごねるんじゃボケ!手間取らせやがって!」また蹴られた。これでパンチ11、キック5、脅迫17回ですね。

1時間以上も監禁されていたから、高山はきっともう帰ったろう。監禁罪も追加だ。私は奴らからいくらせしめてやろうかとほくそ笑みながら、意気揚々と最寄りの交番に向かった。「すみません!そこの淫売家に凶悪犯がいます!傷害、脅迫、監禁容疑です!すぐに逮捕してください!」「はあ?」

私はこの1時間に私が巻き込まれた恐るべき犯罪行為の数々について、克明に語って聞かせた。「ええ、ですから、あの店は私が爪が伸びていたとか言いがかりをつけて、脅迫したんですよ!」「うーーーん、まあ、じゃあさ、そのお店の人からも話聞いてくるから、ちょっと待っててね」

パイプ椅子に座らされ、ただ待たされていると、だんだんと心の奥のほうから、炎のような怒りが湧いてきた。「あの店はきっとああやって客に言いがかりをつけて、脅迫する店なんだ。淫売屋に見せかけて、実態は詐欺で犯罪グループだ!この機会に潰してもらわないと腹の虫がおさまらない!!」

「話を聞くも何もない!警官隊で踏み込み全員逮捕するべきなんだ!」「あのー、ちょっといいかい?」思わず声に出していたら戻ってきた駐在から肩を叩かれた。「どうやらあの店は脅迫を目的とした犯罪組織の店だと思うんですよ!!!」「はあ?」

「思えば最初の呼び込みから怪しかったんです。あの淫売婦ではまともにやっていては客が取れず食っていけないのは明白。あの店は犯罪目的です。仮に百歩譲って違ったとしても、私に対して犯罪行為をしたのは明白!さあ、早く警察署に応援を要請して逮捕に向かいなさい!!」「どうしたの、何の話?」

「これね、君が書いた謝罪文ね。これは返してもらってきたから。で、話を聞いてきたけど、君も従業員に乱暴にして傷つけたと、そういうことで、お互い様ってことで、この謝罪文のお金は払わなくてももういいから、君も女の人に乱暴にしたら嫌われるからね、気をつけなね。」「はあ!?!?」

「それはどういうことですか!?私が暴行され傷を負ったのは明白、ほらここ、これ傷害罪ですよね!!それにその謝罪文は無理矢理書かされたのは脅迫罪ですよね!!なんであいつらを逮捕しないんですか!!どう責任を取っていただけるのですか!?公僕なら市民の為に働けえええええ!!!」「はぁ」

「そうは言ってもね、君が殴られたっていうけど誰が殴ったの?それ喧嘩だったかもしれないじゃない?相手の女の人も実際傷ついてたみたいだし、この謝罪文は返してもらったし、君も次から反省して気をつけるでいいじゃない?」「なぜお互い様になる!?責任を取ってください!!」「あのねえ」

何なんだこれは。警察というのは市民の安全と平和を守る為に税金で糊口を凌いでる奴らじゃないのか。埒があかないので、話を切り上げて帰ることにする。帰る前に、対応した巡査の名前はしっかりと頭に焼き付けた。「ほんと、次から気をつけなさいね」「責任を取ってから言え!」「はいはい」

家に帰ると、冷めやらぬ怒りを震わせ、心のエンジンに火をつけた。必ずあの巡査に責任を取らせる。あの犯罪組織の奴らを全員逮捕し、その上であの巡査も入れた全員が手をついて詫びるまで許すものか。まずは関係する苦情の送付先を全てリストアップする。夜はまだ始まったばかり。徹夜になりそうだ。

チチ…チュンチュン。鳥がうるさくてイライラするが印刷が完了した。傷害、監禁、脅迫行為の経緯を綴った告訴状、売春防止法違反の告発状、巡査職務怠慢による告発、合計78ページ。マスコミ各社、警察庁、所轄警察署、警察学校、珍しい苗字だったので実家と思われる住所宛で21通1638ページ。

投函した後、これにかかった経費を計算したら怒りでクラクラした。請求先は巡査と反社のやつらと淫売屋のどれが適切だろうか?そんなことを考えていたらいつの間にか眠っていたようだ。口元には涎の跡がある。印刷ミスした用紙を下に寝てしまったようで頬には告訴の2文字が鏡文字に転写されていた。

顔を洗い、髭を剃って郵便受けを見たら、大学から追試がどうとか手紙が来ていた。今はそれどころではない。そもそも、売春防止法があるのに飛田新地なんてものがあるのが間違いなのだ。これを摘発する契機になれば、きっと時代の寵児となれるだろう。自著も出し、ゆくゆくは政治家にもなれるはずだ。

傷害や暴行罪、監禁や脅迫罪についてはあの毒親にWICに閉じ込められた後で調べたから、その辺の弁護士よりは詳しいのだが、補充資料を求められた時のために、さらにネットで売春防止法や公務員の職務怠慢について入念に調査していく。きっと報いを受けさせてやる。恨みは忘れてはいけない。

追加で送る第二弾の資料と、巡査の実家らしき住所近辺にばら撒く用のビラも完成したが、一向に連絡がこない。電話して確認したが、担当が不在でわからないから折り返すと言って折り返さない。まともに仕事できるやつはいないのか?そう思っていたら、10日経って、告訴告発状が返送されてきた。

犯罪事実が判然としないため返送する、とだけ書いてあった。ガラガラと足元が崩れるような錯覚に襲われる。いったいなんだこれは?この国の法律は一市民を守る気がないということか?違法な淫売屋と警察や検察は結託しているのか?もうこの国はまともじゃないのか?……

この時私は気づいたのです。所詮この世は弱肉強食。強いものが生き、弱いものが死ぬ。彼らは強く、私はか弱い一市民だから蔑ろにされたのです。癇癪を起こされて、将来私の妻となるべき女性に出会えたら贈ろうと思っていた高級腕時計も粉々になってしまいました。この時私は世の理不尽を悟ったのです。

飛田の淫売屋に行けなくなったので新地や他の風俗も試してみましたが、いまいちでした。私の欲求は、男性器を女性器に入れる変態的行為でしか満たされず、やむなく大学を休学して後期の学費を返金してもらい、ハノイやシンガポールで欲求を満たしました。ベトナム人の女は全てされるがままで最高です。

そうしてモラトリアムの日々を送るうちに、私も将来を考えるようになりました。いえ、もう数々の理不尽により、私の進路は決まっていました。警察や反社が逆らえない権力者になろう。政治家になってこの国が私にした理不尽の報い返してやる。議員の最小年齢は25歳なので、まだ数年はモラトリアムです。

しかし、社会から来る重圧、たまに来る毒親からの手紙に弟の近況が書かれていると、私はその都度癇癪させられてしまい、月に一度のベトナム旅行では満足できなくなってきました。毒親に仕送りの増額を打診しても梨の礫。学費は全額返金済み。追い詰められた私はバイトをすることにしました。

バイト先には、折しも時の政権が構造改革をうたっていた、郵便局のゆうメイトにした。政治家として出馬する際に、きっとこの経験も武器となるだろう。なにより、以前高山から聞いたところによると、ゆうメイトの深夜バイトは異常にうまいというのだ。

というのも、深夜勤務には通常の時給に加えて深夜手当がまるまる乗るのだが、ゆうメイトの深夜勤務とは、翌朝配達するハガキを配達員に渡せるよう用意することだが、シフト管理とかしたくないのと、間に合わなかった時の責任を取りたくないから、必要な人員の5倍の人数でシフトが組まれているという。

実際は、勤務時間9時間のうち、1,2時間働いたらあとは待機室で何をしていてもいいし、寝ていてもいいのだという。これで深夜手当がついて時給は約1500円にもなる。こんなに美味しい馬鹿げたバイトは、さすが親方日の丸といったところだというのだ。バイトの面接は名前を言うだけで合格だった。

バイト初日の夜、裏口から郵便局に入る。職員の案内で待機室に案内された「じゃ、この子が今日から入るから、よろしく」「はじめまして、今日からよろしくお願いします」「ああ、よろしく」「っす」「よろしく」「おう」部屋には軽くすえた匂いが籠っていた。これは人間の腐った匂いだった。

「へー学生ねー!珍しいね!深夜働いて大学大丈夫なの!」「あ、はい。それにこのバイト寝れるって聞いたし」「えー!へへー!どこで聞いたのそんなの!でもね、寝る人あんまいないよ。仮眠室で寝るとね、全身にシラミがつくよ。寝るなら、帰ったら服は全部洗濯に入れて、熱い風呂に入らないとね」

やかましく喚き立てるこいつは無職と呼ぶ。リストラにあって、つなぎにこの仕事をしているというが、ゆうメイト歴は一年だ。基本的にゆうメイトは会話を好まないので新人に会話を求めてくる寂しいやつだ。ほかのゆうメイトについての情報はこいつから聞くことができた。

まずボス。1番の古株で、ここの主のような存在だ。ゆうメイト歴は10年。10年もいて、あまり自分のことは話さないので本当のところは誰も知らない。噂では元赤軍の活動家だとか。伸ばし放題のひげと、後ろで束ねた長髪で、仙人とホームレスを足して割ったような見た目をしている。

次にインド。2番目の古株でゆうメイト歴は7年。インドに半年行って大麻を思いっきり楽しみ、金が尽きたら日本に帰ってきて半年ゆうメイトで金を貯める。インドというか大麻に魅せられた人間だ。現地で働くのは効率が悪く、このスタイルに落ち着いたらしい。節約のためか膝が破れたジャージが一張羅だ。

3番手はガチャ。歯がガチャガチャで、この部屋唯一の備品であるトイレットペーパーを盗んだことがあり、手癖が悪いだろうから気をつけろと注意された。育ちの悪さが自然と嫌味なく滲み出た、なんとも言えない大人だった。3年目なのに仕事が遅く、他の全員からどこかバカにされていた。

4番手、同志社。同志社大学の学生で、口癖は「京大生なら家庭教師のバイトが一番儲かるけど、そうじゃないならゆうメイトが最適解」と自己肯定の暗示を常に自分にかけていた。弟が京大生だと言ってやると目を白黒させてキョドッたあと、「君の大学は?」と聞いてきたのでそれから口を聞いていない。

5番手、同志社とほぼ同じ一年のゆうメイト歴の無職。世話焼き風を装って、情報をべらべらと喋る個人情報管理に一番向かない人間だ。たまに溢れでる愚痴を繋ぎ合わせたら、前の職場も今住んでいる地域もわかったので何かの際には簡単に脅せるだろう。これに私を加えた6人がゆうメイトメンバーだ。

ゆうメイトの仕事は、とてもシンプルだ。待機室の前には30個ほどの大きなカゴと、作業台が6つ。作業台にはハガキが入る窓が同じく30個。翌朝配達される荷物を、大きなものはかごに、小さなハガキは窓に、住所ごとに分類して、最終的には朝一で持ち出せるよう、かごにまとめるだけだ。

要するに、この住所はこの区分というのを30個程度暗記すればいいだけの仕事だ。単純作業には適性があったのか、1週間ほどで自分の持ち受けノルマを1時間でこなせるようになった。これで残りの8時間は待機時間と言う名の自由時間で、給料は全時間に対して出るのだからたまらない。

実際、仮眠室にシラミがいるというのは事実なようで、そこで寝るのはボスだけだった。ボスはもうシラミと共生できるのだろう。では、残りの8時間、待機室で何をするかと言うと、皆本を読む。お互いに会話していてもすぐに話題が尽きるので、会話も必要最低限しかしなくなる。居心地は良かった。

ハガキを仕分けていると、時折金無垢でピッカピカ、ラメ入り、他とは別格の葉書があった。全て、ヤクザの手紙だった。無職の語るところによると、今時ハガキにこんなに真剣に向き合ってるのはヤクザだけらしい。破門状は関係者一同の名前を記すためか、まるで開く絵本のような構造になっていた。

ゆうメイトの収入のおかげで、東南アジアに気晴らしに行ける頻度も上がり、私の生活もやっと平穏を手に入れたと思っていたら、毒親と弟がとんでもないことを言い出した。弟は京大卒業を前にして元私の許嫁と結婚する、式には来るな、それと仕送りはいい加減来年で打ち切るから卒業しろというのだ。

問いただしたところによると、弟が京大に合格したときから交際していて、結婚式を予定しているとのことだった。勝手に許嫁がいるといっておきながら、相談もなくこんなことをする理不尽。世界一の毒親だ。もしきちんと相談してくれていれば、私は一層奮起して京大に合格していたはずなのに。

「で、式はいつなの」「え、なんだお前、まさか出席するつもりなのか」なるほど、出席してほしくないようだ。「それはもちろん、絶対に出席するよ。家族なんだしさ。心から祝福するつもりだから日取りを教えてよ」「いや、お前は出席しないほうがいいんじゃないか・・・」やはりそうだ。

「出席しそうなやつは目星がつくし、手当たり次第に聞いて回って調べて参加することもできますよね。元は誰の許嫁だったのか、口がすべるかもしれないなあ。そのほうが変な噂も立ちそうかなあ、せっかくの結婚式に」「・・・どうしてほしいんだ」「仕送り毎月100万円にして」「なっ!?」

「そんなバカな話があるか、お前ももう24だろう、普通なら大学院だって出てる年だ、弟も卒業して家庭を設けて自立するんだし、お前も自立しろ」「ああ、そんな事を言われたら、許嫁を奪われて人生を無茶苦茶にされた苦しみで何をするかわからないなあ。家名に傷がつくかも」「お、お前…」

やはり出席してほしくなかったようでした。私はあくまで結婚式に出席したい旨しか伝えてないわけですし、脅迫罪には当たりません。自発的に仕送りが100万円になったことで、私はゆうメイトのバイトをやめることにしました。自由になる金があるのに労働なんて馬鹿らしいですからね。

「いやー、社会勉強にこういう仕事もしてみたんですけど、そろそろ辞めますね。あ、これ100万円の仕送りの振込履歴と、あとこれがブランドの時計とタキシードで…」「それでここにタキシードできたの?」「お別れのご挨拶ですからね、これからも頑張る皆さんに祝辞を述べに来ました」

「あとこれ、皆さんで飲んでください、心ばかりの差し入れですよ」「仕事場で酒は飲めないよ…」「それではごきげんよう!辞表は提出しておいてください」「働いていかないの?」「まさか!こんなばかみたいな仕事もうやりたいわけ無いじゃないですか」「そう…元気でね」

そうだ、金に余裕もできたし、高山と遊んでやるか。「おう高山、元気してるのか?奢らなくていいから淫売屋でもハシゴしようぜ」「ああ、君か。どうしてるんだい?最近」「なに、金には困らなくなってね。だから奢りじゃなくていいぞ、淫売屋に行こう、積もる話もあるんだ」「最近忙しくてね…」

なんて友だち甲斐のないやつだろう。あいつとなら、チンピラに絡まれてもあいつを生贄に置いていけば大丈夫だろうと思ったが、1人で行くのは怖い。かといってすぐには東南アジア旅行の手配もできない。弟の家でも冷やかしに行くことにした。

「急にこないでくれよ兄さん…」「なんだ、お前俺のお下がりの嫁をもらうんだろ、具合はどうなんだ言ってみろ」「勘弁してくれよ…いくら欲しいんだい?」「何を失礼なことを言いやがる!俺はお前らの馴れ初め話を聞きに来てやったんだろうが!全部話すまで帰らないぞ!」「酔ってるのかい…」

一度決めたら梃子でも動かないと知っているからか、弟はチビリチビリと少しずつお下がりの嫁のことを話しだした。どうやら本当に惚れてるようだな、あんなブスに。聞いててイライラするが、途中で切り上げて帰ると負けなような気もして結局最後まで聞いてしまった。「終わりか?帰るぞ!」

「なんだったんだい…」見送る弟に何も告げず、帰り道でふと思った。あいつは私のお下がりの目的である京大、お下がりの嫁で、つまりあいつの人生は私の人生を犠牲にしたものだ。そう思うと、本来の自分の人生が、毒親に強制されず、京大に通う本来あった人生のことを、暇つぶしにブログに書いた。

ピロロピロピロピロロン「なんだ…いったい…いちち」二日酔いで痛むというのに携帯電話に起こされる。目を細めて見ると、なにやら通知がひっきりなしだ。水を一杯飲んでから携帯に目をやると、どうやら昨日書いたブログがインフルエンサーに紹介されバズったらしい。

腹立ち任せにかいた、「彼女がこの日本の、家父長制の抑圧を受けようとするところを庇い、両親を否定する場面」が受けたようだ。なんでも、フェミニストの鑑だそうだ。笑わせる。こんな酔っ払って書いた嘘の駄文に騙される程度が大衆か。まてよ?文才が、これこそが私の天職ではないか?

はじめての経験でどうしていいかわからず、ピロロンピロロンと鳴り続ける携帯を放り投げ、もう一度寝直した。これが私が、後に書籍化される「英国嫁日記(韓国人の嫁では恥ずかしいので英国人にした)」を書き始めたきっかけだった。適当に決めた嫁の名はミチコだ。今でも変えたい。

英国嫁日記も最初は手探りだった。趣味の韓国建築についてのブログを投稿してみても全く伸びなかった。続けているうちに、コツがわかってきた。代弁して攻撃することが必要だ。家父長制を、性的に強調されたイラストを、フェミニズム思想に沿わない男を、言語化して攻撃すると観客は熱狂する。

Twitterのフォロワーが3000人くらいになると、京大は嘘くさいとか否定してネットリンチしてくる奴らも出てきた。有名税とはいうものの、こんなモノを甘受するいわれはありません。弟から学生証を借りて、横にIDを書いた紙をアップしてねじ伏せ、謝罪させた。セックスの絶頂よりも激しい快感だった。

謝罪させたアカウントの中に、有名なアカウントがいたことで、一気にフォロワーは5000人にまで増えた。フェミニズムについて語れるように本も読み、解説するツイートをすればまたバズった。もはや、何をツイートしてもいいねが2桁つく。こんなに簡単にアルファになれるとは、やはり私は特別なのだ。

不自由ない収入があり、働く必要もないから、かなりの時間をツイッターとそのための勉強に割けたのも大きい。家族LINEで拾った結婚式の写真を加工してツイートし、結婚報告ツイートをしたら、なんと1日で3560いいねも集まった。フォロワーも7000人、順調だ。作家デビューの日は近いだろう。

やはりツイッターでバズって承認されるのが一番楽しい。人生でいちばんの楽しさだ。これは勉強しかできない弟には無い才能だ。高山を呼び出して自慢してやろうかと思ったが、電話が通じなくなっていた。ちっ。あいつなら弱みも知っているから秘密を話せたのに。電話を黙って変えるなんてな。

弟夫婦の家に娘が生まれたらしい。姪の顔を見たいとせがんで見に行き、指先を赤ん坊の手のひらにグッと押し当てると指先を掴んだような格好になった。シャッターチャンスは逃さない。この写真で出産報告をすると、いいねの最高記録を大幅に更新して8200いいねも集まり、フォロワーは一万人を超えた。

こうなると娘の写真がもっと欲しい。そこで、毒親と弟にこう要求した。「1人で暮らすのはもう寂しい、実家に帰りたい」と。当然毒親は大反対した。癇癪を起こさせられた時の事件を今更持ち出してこちらのせいにしてくる始末だ。自分達がしでかしたことを理解してないらしい。いつか土下座させてやる。

さておき、ここからは交渉の妙という奴だ。まず、1人で暮らし続けろというなら、私の頭がおかしくなってどんな事件を起こすかわからないという説明をしてやった。それでも難色を示すから、じゃあ弟の家でも構わないと妥協点を提示した。これこそが交渉術というものだ。

自分の部屋から夕食など用がある時以外は出ないとか、物を壊したら即座に出ていくことだとか、結果としていくつかくだらない条件もつけられたが、交渉は成功した。姪の面倒を見てもいいと提案したが、元許嫁が何故か1人でやりたいと固辞した。なあに、写真を撮るチャンスは幾らでも有るだろう。

こうして、弟の家に住み始めたことで、さらにTwitterのバズツイートは加速していった。もうTwitterをやっていて、私のことを知らない人はいないだろう。ダンボールで洗濯物たたみマシーンを工作した時なんて、テレビ局からDMまできて、あまりの気持ちよさに失神するかと思った。カメラ取材は断った。

そう、この頃の私はまさしく栄華の絶頂にいた。この世の春を謳歌していた。毒親に育てられ、弟に全てを奪われた私が、自分の力で手に入れた幸せだった。しかし……それは"彼"によってまたしても全てを踏みにじられる。私が一体彼に何をしたというのか。彼は何故か私に目をつけたのだ。

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