夜行
小学生の時に「レクイエム」という言葉がわからなくて、意味を調べたことがこの曲との出会いだと思っている
…
ずっと前から川崎の工場地帯に行きたいと思っていた
最後に行ったのは5年前、わたしが高校1年生の時だった
小学生の時から夜景が好きだった自分にとって、工場地帯はとても特別なものに感じていた
細かいパイプが入り混じって形成されている工場は、夜にはライトアップされているとはいえなんともいえない雰囲気が漂っている
これを不気味と捉えるか、雰囲気が好きだと捉えるか
当時のわたしにとってその光景は魅力でしかなかった
高速道路から眺めることは多々あったが、それを初めて間近で見たのが5年前だった
鉄の匂いと目の前の景色に、わたしはただただ圧倒されるだけだった
工場の周りに他の人はおらず、満足そうな表情を浮かべる父だけが隣にいた
また車を走らせ、次の目的地に向かう
場所がわからない目的地に向かって何分か車を走らせていたら、その場所は突然現れた
使われなくなった線路を超えた先に、海とライトアップされた工場地帯が間近で見える
立ち入り禁止の柵は高く、背伸びしないと見えない景色を父は余裕そうに見ていた
この場所が好きだった
一瞬で惹かれたこの場所に、わたしはまた来たいと強く思った
帰りの車では、大好きなSEKAI NO OWRIのスターライトパレードが流れていた
…
そして5年後
「今日の夜、工場地帯見に行こっか」
そのひと言で、今までの感情がぐるぐると頭の中を駆け巡った
また工場地帯に行きたい、いつかは行きたい、今はつらい事も多いけどこの仕事がひと段落したら見に行きたい、
「いつかまた見に行く」
その気持ちだけで頑張れた日が何回あったことか
別にめちゃくちゃ遠いところでもないし、川崎の近くに行く時も何回かあった
でも夜の工場地帯に行くということは、ディズニーに行くよりも特別なことだった
あんなに好きで思い出のある場所に、気安く行けるもんかと勝手に考えていたからだ
夜ご飯を食べ終え、ベンティサイズの甘いカフェラテを片手に川崎へと向かうその道は、あまりにも眩しすぎてよく覚えていない
道路の標識に川崎の文字が多くなってきた頃、窓から工場地帯が見えてきた
そこから数分車を走らせると、もうビルやお店はなくなっていた
あの独特な雰囲気が漂うと共に、自分の目の前には5年前の景色が広がっていた
ずっと行きたかった場所に、漸く来れたのだ
嬉しい気持ちが、工場から出る煙と共に白くなって消える
あの時見た景色と変わらないものがそこにはあった
少し辺りを散策した後、1番好きな場所へと向かう
何十分車を走らせたのか
場所が全くわからない
5年前の自分はなにをやっているんだ、少しくらい道を覚えとけと怒りたくなるくらい覚えていなかった
「多分、写真から予想するとあっちなんだよね」
その言葉に期待を寄せ、予想する方向へ走らせる
暗い道路をまるで睨みつけるように目を凝らして探していたら、ぽつんと、ふいにその場所が現れた
え!え!!あった!あったー!!!あそこだよ!!!!
嬉しさと懐かしさで涙が出そうになるも、興奮の気持ちが勝って中々出ない
やっと来れた、5年ぶりに来れた
柵の高さも、三角コーンの位置も、景色も何も変わっていなかった
変わったのは唯一、あの満足げな表情をする人がいない事だった
過剰に特別視していたのはきっとこのせいだと思う
この場所に来るのは正直怖かった
思い出を美化することは簡単だが、振り返ることは難しい
ただこの場所に着いた瞬間、自分の中で何かが解放されたような気がしたと同時に
誰かを大切に想う気持ちを、この場所が繋げてくれたような気がした
また来れてよかった
次来る時はどうなっているんだろうか
嬉しそうな顔を浮かべるわたしのことを
優しくて、どこか満足げに見つめるその表情は
きっと5年前も今も変わっていないような気がした
帰りの車では、まるでレクイエムのようなこの曲が流れていた
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