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ゲーム道のはじまり

 今回は筆者がゲームにハマるきっかけについて書いてみます。わたしは1969年生まれなので有名どころとの接点は、小学校高学年にスペースインベーダー、中学3年生にゼビウス、高校生の頃にスーパーマリオ、ゼルダ、ドラクエの各1作目、20代にスト2やバーチャファイターといった格闘ゲームの隆盛といった具合。逆に言うと小学生の前半まではテレビゲームという概念には触れていないということになります(世には出てましたが日本では一般的ではなかった)。

 先に結論を言ってしまうと、わたしがゲームにハマるきっかけになったのは中学3年生のときの「ゼビウス」。それまではゲームをプレイすることはありましたが、上達しようとは思わなかった。小学校高学年の頃(1979~80年)はゲームセンターというのはほとんどなく、デパートやショッピングセンター、おもちゃ屋・駄菓子屋のワンコーナーとしてのゲームコーナーという形が一般的だったと思います。インベーダー全盛の頃は喫茶店もゲームで遊べる場所だった。なので買い物や食事の合間に遊ぶことがほとんどでした。100円で数分動く遊具と同じ感覚。数分で何となく楽しめればよくて、ゲームオーバーになっても「やられたー、ワハハ」で済んでました。ギャラクシアンやムーンクレスタ等を主に遊びましたが、そんなに上手くはありませんでしたね。

 ゼビウスとの出会いは今でも覚えていますが、青函連絡船(当時は青函トンネルがなく船で北海道~青森を移動してました)のゲームコーナーに置いてあったのを見たのが最初。当時わたしは北海道南部の町に住んでいました。中学校の修学旅行は東北に行くのが一般的で、その道中。それまでのゲームと比べてまったく違うグラフィック。単色の組み合わせがほとんどだった中で、鮮やかな緑地の上空で細かいグラデーションでデザインされたメタリックなキャラクターがスムーズに動き回る。強烈なインパクトを受けました。学校の行事の最中であり、異なる価値観の集団の中でもあったのでそのときはプレイしませんでしたが、脳裏に鮮烈に焼き付いたのでした。

 その後、駅前の駄菓子屋でゼビウスと再会します。厳密にはコピー基板の「バトルス」だったので、「バトルスって名前のゲームだったのか」と誤学習させられていたのですが。まぁでも中身はほぼほぼゼビウスだったので、当時の自分にとっては大きな問題はなし。ここではじめて上達を意識して、定期的に通い、攻略をしていくことになります。このときいろいろと環境が良かったのがモチベーションの維持につながっていたと思います。1プレイ50円だったこと。駄菓子屋が比較的通いやすかったこと。そして一緒にプレイする友人がいたこと。この友人が自分よりちょっと上手くて、自分より少し先のエリアまで進むことができる腕前だったのがポイント。その友人とは2人交互プレイをすることが常で、彼が1P、自分が2P。自分のプレイ前に友人のプレイを見ることができたので、イメージトレーニングがしやすかったんですね。比較的順調に攻略を進めていけましたが、2回目のアンドアジェネシスやガルザカートが出てくるエリア9~10辺りが壁になり、そのまま中学校生活が終わったんじゃなかったかなと。この駄菓子屋ゲーセンには、他にMr. Do!、ペンゴ、ノーティボーイといったゲームも置いていて、ゼビウ・・・じゃなくてバトルスの合間にちょろっとプレイすることがありました。

 家庭用ゲームの話もしましょう。最初に自分で買ったのはファミコン、そしてソフトはやはりゼビウスでした。購入したのは高校2年のときの1985年。その前年にファミコン版ゼビウスは出てましたが、ショーケース越しのトランペットよろしく外から眺めるしかない対象でした。ちなみに小学生のときに親からエポック社のテレビベーダーや任天堂のゲーム&ウォッチを買ってもらったことがあり家でゲームをする環境はありましたが、このときも上達はあまり意識せず、暇つぶしの感覚で遊んでました。ただファミコン版ゼビウスは中学生のときからの流れで上達を意識してプレイすることになります。このときもモチベーション維持にとって恵まれた環境でした。わたしは中学生のときに住んでいた町から少し都会にある高校に通うことになり、下宿で一人暮らしでした。親の目を気にせずゲームで遊べたわけです。また同じ下宿の友人もゲーム好きだったので、一緒に遊んだり、別のゲームを買ってくれたりもして。ここでも友人と交互にプレイすることができたので、他人のプレイを観察しつつ、自分のプレイにフィードバックすることができたのです。アーケード版のプレイ経験があったものの、操作系が違うので当初思ったほどスムーズに先には進めなかった記憶があります。それでもアーケード版の壁を越えて終盤のエリアまで進むことはできました。引き続きゲーセンでもゼビウスを遊んでました。バトルスがコピー基板だったことも、このときに知ります。

 ゼビウスについては、ひとつの区切りとなるエリア16をアーケード版もファミコン版もけっきょく越えていません。アーケード版はエリア14、ファミコン版はエリア16序盤までは行けたんじゃなかったかな。これ以上は無理と断念したとか、ここまでで満足したというよりは、他に攻略したいゲームが出てきたのでそちらにシフトしたんだと思います。前述のとおり1985年から86年にかけて、スーパーマリオ、ゼルダ、ドラクエがリリースされますし、ゲーセンもゼビウス以外に新しいゲームが出まくっていた時期ですので。それでも継続してゲームをプレイするゲーム道に足を踏み入れるきっかけとなったのはアーケード・家庭用どちらも「ゼビウス」だったわけで、自分にとって特別に思い入れの深いタイトルではありますね。

■ 地方の文学館でテレビゲーム展を開催する・バックナンバー
https://note.com/hilow_zero/m/m535d51202b05

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