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パク・ジウン『愛の不時着』

<Intro>
アロマキャンドルやジャガイモを見かけるたびに、ヒョンビンのあの涙の滲むようなやさしさを思い出し、胸がいっぱいになってしまうのです。これが世に言う『愛の不時着』ロスというやつなのか。世界中で大ヒットを飛ばし、日本においてもNetflix視聴ランキング1位を独占し続けている『愛の不時着』にご多分に漏れずどっぷりとハマってしまった。テレビドラマの登場人物に想いを馳せるというこの感覚はいつ以来のことだろうか。主役陣はもちろんのこと脇役(あの愛すべき第5中隊と舎宅村の人々!)まで誰もが好きにならずにはいられない人物造形の妙。全編を貫く“結ばれてはいけない2人”という哀しみのトーンを、絶妙に和らげる機知とユーモア。「帰りたい/帰りたくない」という二律背反の感情をベースにしたシンプルなドラマメイクで人間の複雑な感情を描き切る手腕にも脱帽だ。このドラマにおいては稀代の詐欺師すらやさしい気遣いを見せる。


韓国ドラマの純愛ラブストーリーと聞いて少し古臭いな敬遠する気持ちはわからなくもない。しかし、この『愛の不時着』は、その少し古びれたフォーマットの中で、王道のドラマメイクを研ぎ澄まし、細部をアップデートすることで、現代に“観るべき”テレビドラマに仕上がっている。未見の方がいるのならば、どうか重い腰を上げてみて欲しい。以下はネタバレになりますので、全16話約1,400時間という果てしなく長い道のりの果てに再会できることを祈りたい。


<間違えてもいい、ということ>
主人公であるユン・セリが経営するファッションブランドの名が「セリズチョイス」であることが示すように、『愛の不時着』というのは“選択”の物語だ。いや、選択の“誤り”についての物語といっていいかもしれない。韓国の財閥令嬢であるユン・セリがパラグライダーでの飛行中に竜巻に巻き込まれ、北朝鮮に不時着してしまうところから物語は始まる。その第一発見者となるのが北朝鮮の軍人リ・ジョンヒョク。彼はユン・セリに韓国への帰り道を伝える。


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まっすぐ行くと分かれ道が現れる
そこで右に行け
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しかし、ユン・セリは自分の直感を信じて左の道を選び、韓国への帰路をどんどん外れていくことになる。こんな風にして、ユン・セリは何度も選択を誤り、北朝鮮から韓国に戻ることを困難にしていくのだけども、物語はそんな選択の誤りを「運命の人との出会い」として書き換えることで、優しく肯定していくのだ。5話においてユン・セリは”乗り間違い“だらけの自らの人生を


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間違った電車が時には目的地に運ぶ
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というインドの諺に擬え、自らとリ・ジョンヒクを鼓舞する。このやり取りが最終話において「乗る電車を間違えたんだ」というリ・ジョンヒョクの台詞としてリフレインし、2人の再会の呼び水となるという筆致の鮮やかさ!この『愛の不時着』というドラマをエモーショナルに駆動させるのは、いつでも“間違える“ということなのだ。


たとえば4話でのリ・ジョンヒクがアロマキャンドルと間違えて買ってきたロウソクのエピソード。間違えて購入したロウソクが停電時の灯りとして機能し、さらには今度こそ間違えずに買えたアロマキャンドルは、本来の機能を離れ、市場ではぐれてしまったユン・セリをリ・ジョンヒクのもとへ、まるで灯台のようにして導く光源となる。そして、以下のやりとりだ。


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今回は香りすがするロウソクだ。合ってる?
合ってるわ
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合ってないけど、合ってる。この台詞だけ抜き出してしまえばなんでもない言葉のやりとりの中に、複雑な感情が編み込まれ、”アイラブユー“と同義の響きさえもたらしてしまう巧みな脚本術は、今作のハイライトの一つに数えたい。


そして、“間違い”を肯定する物語は、様々な誤配と循環を生み出していく。ク・スンジュンがユン・セリへのプロポーズとして渡した指輪がソ・ダンへ。リ・ジョンヒクが兄へとプレゼントした腕時計がユン・セリからリ・ジョンヒクへ、と思いきやチョン・マンボクの元に。指輪を巡るエピソードにおいては、愛情の矢印がすり替わっていくこと(別の誰かのために買った指輪で愛を誓うこと)すら許してしまっている。これらの誤配と循環を支えているのは、物語の中に何度も登場する質屋と言っていいだろう。質屋が引き起こす巡り巡る運動は、ひとたび誰かに向けて放った気持ちは、周り回ってまったく別の誰かに届いてしまうかもしれないという、この残酷な世界に潜むささやかな希望を導き出している。たとえば、リ・ジョンヒクが兄のために、そして少女のために弾いたはずのピアノの音色が、自殺しようとしていたユン・セリに生きることを諦めない強さを与えてしまったように。こんな風に、間違えながらも、人と人は結ばれていく。だからこそこ世の中は、生きるに値するおもしろさを秘めているのだ。


<断ち切られてしまうものが一つもないように>
『愛の不時着』というドラマが世界中の人を魅了しているのは、劇中でもその名が挙げられるように『ロミオとジュリエット』、『織姫と彦星』といった“結ばれてはいけない2人”という古典的でありながらも、誰もが共感できるラブストーリーを踏襲しているからと言っていいだろう。いや、『ロミオとジュリエット』や『織姫と彦星』のみならず、『愛の不時着』はこの世のすべてのラブストーリーを焼き増ししていく。どこかで見たことがあるようなシーンの継ぎ接ぎ(=サンプリング)なのだ。


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愛する人たちは再会できる
どんなに遠くにいても
最後には戻ってくる
愛は戻ってくる
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大胆にもチェ・ジゥをサプライズ召喚し、韓国ドラマを代表するラブストーリー『天国の階段』(2003)の台詞を引用し、ストーリーの主題として響かせてしまう態度からもそれが窺えるだろう。リ・ジョンヒョクとユン・セリの恋は、38度線という巨大な現実の前に何度も断ち切られそうにななる。しかし、断ち切ろうとする強い力に逆らい、何度でも結ばれていく。その2人の懸命さはまるで、この世の中に存在した「もう会えなくなってしまったすべての恋人たち」に捧げるかのようである。もうこの世界に断ち切られてしまうものが一つも存在しないように、2人は結ばれよう結ばれようと戦うのだ。


<“正しさ”を世界に伝染させる>
2人のラブストーリーは世界に影響を与えていく。韓国と北朝鮮という舞台ゆえに、2人の恋の行末に”統一“を重ねさせてしまうからというのは勿論なのだけども、『愛の不時着』のすばらしさは、そんな大きな物語に回収されることなく、小さな人間の営みが世界を変えていくというような感触が豊かに描かれている点にある。

リ・ジョンヒョクとユン・セリの営みの”正しさ“は、世界に伝染していくのだ。たとえば、5話において寒空の下のユン・セリに自らのコートを掛けてあげるリ・ジョンヒク。その姿を遠方からたまたま見ていた、ク・スンジュンがそれまで邪険に扱っていたチョン社長と毛布を分け合うというあの何気ないシーンはどうだ。そして、「世界の音を聞く人」としての耳野郎の存在だ。恋路を盗聴する耳野郎ことチョンマンボクは、どんな苦境に立たされるようとも正しくあろうとする2人の態度に感化されていく。そして、耳野郎の存在は、2人の恋の行末を見守るわれわれドラマの視聴者と同義。このドラマを愛する物は後を絶たないだろう。リ・ジョンヒョクとユン・セリのやさしい眼差しのイメージは、いつまでも留まることなく広がっていくのだ

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