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アリギリスと愚者の話

こんにちは、タロット占い師見習いのひかるです。

こないだ、しらいさんとアリギリスのお話をして、そのあとでタロットを見て感じたことを、忘れないうちに言葉にしておこうかな。と思って、今書いてます。

しらいさんのアリギリスのポストは、これ。


私、このポストがすごい好きで。
自分でも、「じゃあアリさんがアリギリスになるためには、どうすればいいのかな?」って、少し考えてみたくなったんですよね。

結論から言います。

私は、アリさんが「アリギリス」になるためには、
キリギリスのように、演奏会をやってみるためには
タロットの愚者さんの姿勢が、大事なんじゃないかなって思いました。

こちらが愚者さんです。

つまり、崖から落ちることを気にせずに、ふわっと勢いで、「まずは動いてみる!」と、いう。そういう姿勢が、大事なのかなと。


努力してきたからこそ、怖い

アリさんてたぶん、怖いんだと思うんですよね…。
一歩踏み出して、どうなるかわからないから、怖い。

崖から落ちて、痛い思いをするのが怖い。

企画をやって、誰も反応してくれなかったらとか
コンテンツを誰も買ってくれなかったら、とか

アリさんとして、努力してきた期間が長ければ長いだけ、そうなるのかなって。

演奏会が失敗する=崖から落ちるということが、
そのままその人の中で、自分を否定されたように感じてしまうし。
その人自身も、「これだけいっぱい勉強してきたのに!」って、
「失敗」した自分のことが、嫌いになってしまいそうだから。

愚者さんは、ね。
まだまっさらで、全部これから!な状態だから、
黄色い靴を履いて、軽い足取りで先に進めるのだけど。
ずっとアリさんとしてがんばってきた人は、そうじゃないから怖い。

努力してきた、時間や経験がそのまま、
鉛のように重い靴を作り出してるんじゃないかなーって。
そうして、「もっといい方法を学んでから」「もっと出せるものを増やしてから」…と、もっともっと、自分でその靴を重くしていく。


……うん。この画像ちょっとドキッとしますね!
でも、イメージはこういう感じかなって。


落ちて転んで怪我をするのは、とっても怖いことだと思います。
その気持ちは、否定しません。
だってそれも、その人がいっぱいがんばってきた証だから。

だから、キリギリスのように演奏会をしないでいることも
ひとつの選択肢、ではあると思う。

ただ、でも。
その先に辿り着きたいと思うのなら
キリギリスみたいに、皆を熱狂させる企画をしてる
「憧れのあの人」のようになりたいなーって思うのなら、

やっぱりそこは、怖くても、進むしかないんですよね。

「コツコツ裏で努力していても、それは誰かの価値をインプットしてるだけで、自分の価値にはならない」

私はこのしらいさんの言葉が、すっごく心に刺さりました。


愚者さんの奥にある、憧れの青い山。
あそこに行くには、怖くても進むしかない。


崖から落ちることも、「価値」になる

カードを見ると、
たぶん愚者さんも 、このあとで一度、
崖から落ちたんじゃないかな?っていう気がするんですよ。
だって、足元見てないし。

でも、落ちてそこで、愚者さんだけのカップ(夢や想い)を見つけて、
金貨(スキル)を手に入れて、知恵を活かして自分だけの剣(武器)を作って、

そうして、ぐーんと成長して、
若さの象徴である緑の服を脱ぎ捨てて、
赤いマントを着てまっすぐ立つ、魔術師さんになったんじゃないかなって。


こちらが、カップと金貨と剣を手に入れた魔術師さんです。
マントの赤は、強い情熱と意志の色。


そう考えると、ね。ほら、
落ちることは、痛くても無駄じゃない、って思うし
崖から落ちた経験も、発信すればその人だけの「価値」になるなって。
私は、思うのです。

だって、落ちて見える景色はきっと、
一度も先に進んだことがない人には、わからないものだから。


この先にどんなものが待ってるかは、行ってみた人しかわからない


あと、しかも、すごいんですよ!

アリさんとして、今までがんばってきた人たちは
まっさらで、全部これから!な愚者さんと違って、
もう既にカップも、金貨も、剣も持ってるはずなんです。

そう、鉛のように重くなった靴の中に、ぎゅうっと詰まってる、それ。

今まで生きてきた中で、手に入れたもの。
ちゃんと、アリさんの中にはあるはずなんです。

その、手に入れてきたものって本来、
重い足枷なんかじゃなくて
自分を勇気づけてくれる、自信をくれる、
太陽の光であるはずなんですよね。



アリさんは、「自分が持ってるものなんて、みんな持ってるでしょ…」って、もしかしたら思ってるのかもしれないけど、
全然、全然そんなことはなくて。
少なくとも、全部これから!まっしろ!という人よりは、
確実に、インプットをし続けてきたアリさんのほうが
色んなものを持っているし。

あとそれに、
私はこっちのほうが大事だと思ってるんですが…。

同じ、何かを見たとしても、
ひとりひとり、考えることや感じることって違いますよね。
違う頭をもって、違う心をもって、
違う人生を歩んできてるわけだから。

考えることや、感じることが違うのだとしたら、
どんな演奏会だって、やれば、
誰かの「価値」になるはずなんですよ。
だってそれを見て、自分が考えたことや感じたこととの違いで、
何かの気付きを得る人が居るはずだから。

誰かと、比べることじゃない。

それぞれ、その人の色があって
奏でる音が違うから、楽しいんです。

みんなちがって、みんないいんですよ。

私は、どの人の考えたことも、感じたこともみんな、
だいすきだし、キラキラ輝く宝物に見えてます。


どの色が欠けても、さみしい。
ぜんぶの色が、すてき。


崖から落ちたらね、確かに痛いと思います。

でもだからといって、
アリさんが今まで努力して手に入れてきたものが、
なくなるわけじゃありません。

むしろ、落ちたことで、
その景色を見て、心と頭が動いて
また、新たな何かを手に入れることが出来る。
手に入れた何かと、今まで持っていた何かを使って、
また新しいものが生み出せる。

そう考えたら、とにかく動いてみる!って
崖から落ちても落ちなくても、
プラスでしかないんじゃないかなって。

私は、思うのです。

でも、勇気が出ない…。そんなときは?

…まあ、そうは言っても、
怖いものは怖いですよね! それはそう。
だって、痛いのは誰だって嫌だもん。

そういうときは、
周りの信頼できる人に、
お話を聞いてもらうのがいいのかなって。
自分の中だけで考えてると、
今も重い靴が、「やっぱり怖いな…」って
さらに重くなっていきそうなので。

アドバイスをもらう、とかではなく
ただ話を聞いてもらうだけでも、気持ちの整理って出来たりしますしね。

自分だけで考えるなら、そうだな。
脳内で考え続けるのではなく、
不安な理由などを、ノートに書き出してみるのをおすすめします。

感情の根っこと向き合うって、それ自体が怖いことではあるのですが…。

ただ、でも、これってどんな感情でもそうなんですけど。
自分の中の「感情」の正体がわかってないと、そのままその感情が先にきちゃって、動けなくなったり、ただ苦しいだけになったりするので。

ごにゃごにゃしてるものを外に出す、というのが大事だと思います。

お気に入りの、ノートとペンを見つけるのもおすすめ。
それだけで、気分があがったりしますよ。


「非日常」の力を使って、一歩前へ


あとは、そう。

知り合いに話すのはちょっと…。
でも、自分だけで考えるのは不安…。という感じなら、
それこそ占い師さんを頼ってみる、とかもありだと思います。

占い師さんに、自分の「今」を話してみて、
カードや星のメッセージから、「気付き」を得て、
ふたりで、より良い「未来」について話し合っていく。

気付きは、もちろん他の人の話からも貰えるものだけど、
カードや星からのメッセージって
誰かの話を聞いて、「気付き」を得るのとは、
また、ちょっと違うんです。

そこにあるのって、
ちょっぴりどきどき、わくわくする、
「非日常」なんですよね。

布を敷いたり石を置くのも、
ふたりが、カードや星の世界という「非日常」に入っていくためです。



自分の頭の中だけでずっと考えていると、
「崖から落ちたら痛いだろうな…」とか
「あの山、すっごく遠いな。行くの、大変なんだろうな…」とか。
そういう現実だけが視界に入って、足が竦んでしまうと思います。

カードや星は、
そんなぐるぐる固まってしまっている頭の中に

「こうするといいかも?」
「こんな道もあるかも?」
「このまま進むと、こういうことが起こるかも?」

って、「今」見えてるものとは違う
新しい視点の欠片を、ぽーんと放り込んでくれるんです。

これが、本当におもしろくて。

誰かに言われると、
同じことでも、なんだか素直に聞けなかったりだとか、
「そんなの、この人だから出来ることでしょ」って思っちゃうとか。
この、「新しい視点」を取り込むためのハードルがあるんですけど。

カードや星からのメッセージだと、
「カードが言ってるなら、聞いてみようかな…?」って
すっごく、すーっと、心の中に入ってきてくれるんですよね。

だから、心が自然と動いて、
そうして行動も変わっていく。

これが、占いのすてきなところだなーって、私は思ってます。


今までしてきた「努力」という
本当は、自分を勇気づけてくれる、太陽の光であるはずのものを
鉛のように重い靴にしてしまってるのは、自分です。

そして、一度重くなってしまった靴を軽くするのは、
頭の中でぐるぐるしてるだけでは、なかなかむずかしいと思います。

そんなときは、誰か信頼できる人に話をしたり、
ノートに書き出して整理したり、
占いという「非日常」に頼ってみたりすると、

重くなってしまった靴を、
太陽の光に、変えることが出来るのではないでしょうか。

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