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『◯◯◯◯◯◯』(古賀コン5応募作品)

『日本一給料の良い介護士になろう!』という謳い文句のとある介護施設。
それだけ待遇が良ければ当然、倍率が高く中々採用されないのだが、面接で聞かれることはたった一つ「あなたの座右の銘は何ですか?」だった。
この面接、実はある座右の銘を答えた人間だけが採用されるらしい。


岳内の場合

「蒼木くん、トイレ掃除しておいてって言ったよね?」
「違うんですよ、掃除しようと思ってたら時間がなくて。」
「しょうがない僕がやっておくから。」

…この馬鹿、一体何が「違う」んだ?俺がトイレ掃除を頼んだのは1時間も前だぞ。どれだけ忙しくても出来るだろう。百歩譲って出来なかったとしても、俺に聞かれる前に報告しろよ。
しかもあの馬鹿ときたら絶対に謝らない。フォローされて当たり前だと思ってやがる。完全なるテイカーだ。一緒に働くに値しない。
あいつの存在はこの施設のためにならない。みんなの為に追い出してやる。

2週間後。

「すみません鷹田主任。蒼木くんのことなんですけど、彼が介助している時に利用者様が痛いと叫んでいるのを聞いてしまって、彼にも理由があるのかもしれませんが、一応報告させて頂きました。」
「え!そんなことがあったんですか?岳内さん教えてくれてありがとうございます。蒼木さんには私から聞いてみます。」
「実は今まで3、4回利用者様の叫びを聞いていて、今回は録音しておいたんです。」
「そうなんですね。ぜひ聞かせて下さい。」

録音データには蒼木の怒鳴り声と利用者の叫び声が入っていた。そしてそれを聞いた鷹田は血相を変えて蒼木の所に行った。
これでこの施設の秩序が保たれる。
しかし、気が付かれないものだな。というか鷹田が阿呆なのかもしれない。蒼木の怒鳴り声は以前俺が怒らせた時に録ったもので、利用者の叫び声は俺が出させたものだ。
利用者には悪いが施設全体の為だから仕方がない。『◯◯◯◯◯◯』というやつだ。
当然蒼木は否定するだろうが、その時の為に事前にあいつが虐待をしているんじゃないか?という噂を流しておいた。
あいつは嫌われ者だから、誰も味方をしないだろう。確たる証拠が無くても居辛くなって辞めるに違いない。


鷹田の場合

蒼木くんが虐待をしていたなんて。まだ確定ではないけど、岳内さんの録音を聞く限りほぼほぼ確定だろう。
実は長年の経験で分かっていた「あの子は虐待をするタイプだ」って。でも他人のために働く幸せを教えられたら彼が変わると思っていたのに、すごく残念だ。

「蒼木くん、少し話しを聞かせて欲しい。」
「…何ですか、主任。」
「君、何かストレスが溜まっているだろう。」
「いえ、そんなには溜まってません。」
「まあ、じゃあイライラして利用者様にあたったことはないかい?」
「いえ、ないです。」
「蒼木くん、嘘は良くない。君が怒鳴っていたのを聞いた職員がいるんだよ。何か理由があったんなら私が聞いてあげるから。」
「…。」
「どんな悩みがあったんだい?」
「すみません、俺明日で辞めます。」
「どうした?急に。」

それから2時間くらい話し合いをしたが、残念なことに蒼木くんは逃げるようだ。
彼が自分を優先して、アンガーマネジメントできなかったことは私の教育不足のせいだろう。
岳内さんたちが折角蒼木くんのことを思って虐待の件を教えてくれたのに、彼は素晴らしい人間になるチャンスを逃してしまった。
みんなに奉仕する精神さえあれば、感情のコントロールなんて簡単にできるのに。
彼は『◯◯◯◯◯◯』が理解できない最近の若者なのだろう。
さて、また人が足りなくなるけど、私が残業したら済む話だ。主任が背中を見せることでみんなが付いて来てくれる。
サービス残業でも何でもやってやる!みんなの為だ!


蒼木の場合

「この施設はダメだ。」
それは入社した時から思ってた。給料は高いけど、みんなの頭も硬いし、常に時間もないし人もいない。有休はベテラン優先だし、何より教え方が悪い。
俺には俺のやり方があるし、得意なことだってある。なのに連中は俺が仕事が遅いノロマだと思ってやがる。
主任も偉そうで、絶対にこっちから挨拶しないと返さない。役職があっても人は平等なんだ。むしろ新人の俺に気を遣ってむこうから挨拶するべきだろう。
まだマシなのは岳内さんくらいだ。俺の実力をわかってくれてる。あの人と一緒だと仕事がしやすい。でもこの仕事も今日で終わりだ。1年も続いた仕事だったのに主任に虐待がバレたらしい。
俺としては利用者に殴られたから殴り返しただけなんだけど、それが施設的にはまずいみたいだ。
俺の言い分なんて一切聞かずに「辞める」と言わないといけない雰囲気にさせられてしまった。
まあ、こんなクソ施設は辞めるべきだったんだろう。個人を大切にできない会社に明日はない。『◯◯◯◯◯◯』個人が尊重されてこその組織なのに、前時代的な考えの上司ばっかりだった。
とりあえず、暫くは実家でゴロゴロしよう。こんなクソなところで良く頑張ったんだから、それが当然の権利ってやつだ。

こんな感じで退職者がどんどん増えていったとある施設は、面接の方法を少し変えた。
それは座右の銘を二つ答えてもらうという方法だ。『◯◯◯◯◯◯』と答えた職員には第二の座右の銘を聞く。
新たに設定された座右の銘は『継続は力なり』だ。

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