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私怨小説

昔の夢はアイドルだった。

『うーたん』小学校での私のあだ名だ。
私の名前に『う』の文字が入っており、クラスの人気者だったから結果『〇〇たん』という愛称がついた。なんてことはなく、一軍男子の「お前の顔って猿みたいだな。特にオランウータンに似てるわ。」という一言によって付けられた不名誉なあだ名だ。
ルックス評価星1をつけられたその日から私の夢と楽しい小学生ライフが終わった。
あれから20年経った今でもたまにあの男子のニヤニヤ顔が夢に出てうなされる。

「先生、この間の原稿凄かったですよ!ベストセラー間違いなしです。」
担当のヤマガさんが言ってくる。この人はおべんちゃらなんか使わず素直な意見を述べてくるから信用できる。
尤も彼の評価と世間の評価は大きく乖離しているので、ヤマガさんが付けた最高評価は世間の最低評価だったりするから注意が必要だ。
「ありがとうございます。」
お礼を返しつつ、申し訳ないという気持ちになってしまう。
何故って、実は今回の小説は売れるとか面白いとかを二の次にした、私怨満載の作品だからだ。
この作品の大まかなストーリーは『とある中学校で見た目の醜い女の子をいじめた同級生たちが謎の呪いにかかって猿になってしまい、人間たちに駆除される』というもので、舞台を小学校から中学校に変えてはいるが、私のことをうーたんと呼んだ奴らへの復讐のために書いた。
私が怨みを晴らすためだけに書いた小説で、ヤマガさんの評価が最高ということは、おそらく全然売れない作品になるだろう。

私怨小説の売上は、私の予想に反して大ヒットだった。
文芸界の大きな賞を貰って、トントン拍子に映画化も決まる。

「この作品はルッキズムへのアンチテーゼとして書きました。見た目のことで苦しむ人々が少しでも救われればと思います。そして、そんな思いを込めて書いた小説が今回アカデミー賞を頂けたことは大変光栄なことです。」
まさか、アカデミー賞まで取れるとは……。ここまで持て囃されると、流石に自分の為だけに書いたとは言えず、嘘八百を並べ立ててしまった。

授賞式後のホテルでシャワーを浴びながら少し反省する。
小学校での怨みは大きいが、あのあだ名があったからこそ、ここまで来たとも言える。
「何か疲れたな。もう寝よう。」
思わず独り言が出てしまう。

さぁ寝る前のルーティンをしよう。

ここは劇場、客席は人で満たされている。
舞台裏でペールブルーのドレスを着た私は円陣の中心で話している。
「さぁ今日は連続講演の最終日、最高のレビューにしましょう!!」
私の掛け声に出演者、裏方が気合いを入れる。
実力俳優たちが揃ったこの劇でたった一人のアイドルなのに座長を務める私は、このレビュー唯一のスターだ。
そんな架空の栄光に浸りながら、私は今日も眠りについた。

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