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佐藤春夫『おもちゃの蝙蝠』
■VOICEVOXによる朗読音声
▼青空文庫 図書カード
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『おもちゃの蝙蝠』佐藤春夫#朝活書写 No.1279#朝活書写_1279
— 朝活書写のお題 (@asakatsu_shosha) April 11, 2023
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『おもちゃの蝙蝠』佐藤春夫#朝活書写 No.1279#朝活書写_1279
— はいさく🇸🇪(#朝活らじお AM0458〜0630) (@haisaku2525) April 11, 2023
お題ありがとうございます。
風が強い大阪北部。
今日もご安全に。
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おもちゃの蝙蝠
佐藤春夫
あるところに一匹のコーモリがいた。それはオモチャで、ボール紙を切り抜いてその上に紫いろのアートペーパーがはりつけてあった。そして小さなゼンマイ仕掛でバタバタと飛ぶように出来ていた。
ところがある日、このコーモリがどうしたのか、それをこしらえた職人の店へ帰って来た。それは街に青い瓦斯燈がまたたき出した頃で、職人がその一日の仕事を終えてその木の馬や鳥や、それからそのコーモリの弟である沢山のコーモリなどをかたづけてから、煙草に火をつけて一ぷく吸っている時であった。その時、職人はむこうの角の方から地面とすれすれに鳥のようなものがヒラヒラとこちらへ飛んで来るのを見た。
しかし職人はすぐそれが自分のこしらえたコーモリであるということに気がついた。はて何かわすれた仕掛でもあったかな――あまりゼンマイが弱すぎていたかな――と思いながら見つめていると、コーモリは窓から職人の坐っている仕事台の上へコツンと降りた。
「どうしたんだい?」
職人はやや心配しながら、またいたわるようにこう問ねた。
するとコーモリの言うのには、
「天が高うて昇られない。」
「そうか。」
と言って職人はやはりゼンマイが弱かったと思いながら、コーモリを手に取り上げてしらべてみた。そしてすぐ新らしいゼンマイと取りかえて、それを巻くとコーモリを手に持ったままおさえていた羽根をはなした。パタパタパタ……と飛んで来た時の元気なさにくらべて、ヒコーキのように威勢よくそれは羽ばたきを初めた。
「オーライー!」
職人はこう叫んでコーモリを窓から外へ投げ出してやった。するとコーモリはそのままツーとまっすぐに、風車の仕掛で廻っている広告塔の方へ向って消えて行ってしまった。それを見送りながら職人はまたパイプをくわえて、元のように腰をおろした。
ところが次の日の夕方に、またそのコーモリが舞いもどって来て言った。
「天が高くて昇られない。」
職人はすぐそうかと気軽に言って、今一度、新らしい、そして丈夫なゼンマイと取りかえてはなした。今度は、コーモリは前と反対に西の方へ非常に速く飛んで行った。
ところがコーモリは、その次の日も同じようにもどって来て、同じことをくり反した。
「天が高うて上られない。」
やっぱり同じことを言うのである。何と手のやけるコーモリだなあ――と、職人はさすがにいくらか気をくさらせながらも、その店の棚の上からブリキ製の機関車を取りおろして、それについていた一番強いゼンマイと取りかえてはなしてやった。すると三度目にコーモリはまっすぐに公園の空へ向って、大へん元気よく矢のように、職人がそれの消えた空からしばらく目を放さずに見事さに我ながら感心して立っていた位、それこそ文字通り鳥のように高く昇って行ってしまった。パタパタパタパタ
そうして次の日も、またその次の日もコーモリは姿を見せなかった。で、職人は今度こそは大丈夫天へ昇ったことだろうと思った。するとその三日目にまたもや舞いもどって来たではないか。
「天が高うて昇られない。」
「もう取りかえてやろうにもゼンマイはないのだ。」
職人は何だかいまいましそうにこう言った、それを聞いてオモチャのコーモリは泣いた。
そのオモチャのコーモリが、昨夜、私の窓へヒラリと飛びこんで、
「何事も人だのみでは駄目だ。ほんとうのコーモリになりたい。」
と言って泣いた。――これでおしまい――
底本:「幻想童話名作選 文豪怪異小品集 特別篇」平凡社ライブラリー、平凡社
2021(令和3)年7月21日初版第1刷
底本の親本:「佐藤春夫全集 第九卷」講談社
1968(昭和43)年11月28日発行
初出:「童話」
1922(大正11)年2月号
入力:砂場清隆
校正:持田和踏
2023年3月7日作成
青空文庫作成ファイル:
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