「与信管理」の研究は偏っている
与信管理には4人のプレイヤーがいる。1人目は与信を行い、債権管理を行う「与信者」。二人目は受信を得て、自社の信用管理を行う「受信者」。三人目は与信者の依頼を受けて受信者の信用調査を行う信用調査会社と、企業情報の収集・分析・評価を行う情報会社などの「仲介人」。四人目は企業情報や信用情報を提供する「外部関係者」(同業者、取引先、官公庁、業界団体・組合など)である。それぞれの立場における書籍や研究を確認する。
①与信者
自社が保有する債権の管理を目的として、信用調査の仕方や危ない会社の見分け方、与信限度の設定、債権管理、債権回収などのノウハウものと、経営からのアプローチによる内部統制やリスクマネジメントの書籍・研究であり、極めて多くのものがある。
しかし、与信管理は販売先・貸付先に対する債権しか対象とせず、取引先全般のリスクを管理対象としていない。リスクの把握や評価、対応などの具体的手法については販売先だけでなく、仕入先、外注先などにも利用可能であるにも関わらず、自ら活動範囲を狭め、企業倒産の減少や不良債権発生の減少が続く昨今、存在価値を大いに低めている。
リスクマネジメントからのアプローチは、企業経営における全てのリスクを対象とすることから、信用リスクに対する記述・研究が乏しい。地震や台風などの自然災害から、政治・経済、市況、法律によるリスク、企業個別の業績や財務内容、オペレーション、意思決定に基づくリスクなど、企業経営を取り巻くリスクは極めて多彩であり、それぞれが質的に全く異なり、対応も異なる。これらを全て一つの書籍・研究で説明するのは困難である。自ずと信用リスクの扱いは薄く、浅いものとなる。
②受信者
与信管理は、与信者と受信者がいて初めて成り立つものである。しかし、受信者の立場で与信管理を説明した書籍・研究は殆ど見当たらない。取引金融機関に対する情報開示の研究が認められるが、同研究は借入のために絶対必要な、強制的な情報開示であり、本稿で考える「自主的かつ積極的な情報開示によって、自社の信用をコントロールする」ものとは、かなり意味合いが異なる。
拡大解釈するなら、ディスクロージャーが自ら自社の企業情報を開示する点で、自社の信用管理の施策と考える事ができる。しかし、ディスクロージャー研究の殆どは、上場企業を対象とし、企業の大多数を占める中小企業を対象としていない。かつ、情報開示の理論(根拠)は、株主保護を第一として、企業の社会性やコーポレート・ガバナンスなどであり、自社の信用管理とはニュアンスが異なる。
また、制度(有価証券報告書や統合報告書など)及び情報開示システム(EDINET)は上場企業のみを対象とし、中小企業を対象としてしない。中小企業向けの情報開示としては知的資産経営報告書があるが、開示企業は極めて少なく、全く浸透していない。その理由は、開示者の目的やメリット、情報項目、情報利用者の利用勝手などの研究が不十分なためと考えられる。
③仲介人
仲介人には、与信者の代理として信用調査を実施する信用調査会社や、企業情報を収集・分析・評価し、その情報を提供する企業情報会社などがある。これら企業については、主要企業の紹介や特徴、長所と短所、利用の仕方などが述べられる程度であり、与信管理に於いて果たすべき役割や機能など、真正面から研究したものは見当たらない。
信用調査会社は、企業情報の収集や経営内容の評価など、受信者にとって極めて重要な役割を果たしており、社会性、信頼性が求められる。しかし信用調査の事業活動は自由であり、なんら規制はない。調査員には情報に対する取り組み姿勢や分析力、経営・経済・財務・商品・技術・法律など幅広い知識が要求されるが、会社内の研修・教育だけで調査員が育成され、公的な資格等もないのである。
多くの信用調査会社では調査員が営業マンでもあり、化け調や評点を人質にした営業行為など、過去多くの問題を起こしてきた歴史がある。この利益相反を如何に克服するのか、仲介人の課題と言える。また、受信者が与信者への情報提供を目的として、仲介人に情報提供した場合に於いて、仲介人がその情報を他の与信者や第三者に情報提供する事の可否、法的解釈が明確になっていない。また、仲介人がデータベースを構築し、マーケティング情報として販売するなどの目的外利用も、不明確である。以上のように、研究されず不明確なまま放置されている分野が多く存在する。
④外部関係者
与信管理の第四のプレイヤーである「外部関係者」とは、信用調査に於いて受信先や仲介人以外で、情報を提供してくれる関係先、同業者や取引先、官公庁、業界団体・組合、社会、慣習などを指す。
取引先からの情報収集は我が国では定着しておらず、逆に信用不安を起こす恐れさえある。しかし、アメリカでは取引開始時に取引状況の照会先として、複数社の社名及び担当者を提示することが通常となっており、信用情報の交換が習慣的になっている。
また、決済情報を開示して相互利用する制度も広く利用されており、社会が情報の開示と利用を容認している。対して、我が国ではいずれの制度も定着していない。
官公庁の情報開示としては、法務局の商業登記や不動産登記、国土交通省の建設業者登録など、一部に使い勝手が良く、利用価値の高い情報もあるが、基本的に官公庁の情報開示は消極的で、情報項目は利用価値が低く、利用勝手も悪い。例えば、儲けと社会貢献の評価として極めて有益な情報だった高額所得法人の情報公開制度は、個人情報の保護とセットにされ、何ら国会での審議がないまま廃止になった。
会社法は全ての株式会社に決算書の概要を公告するよう義務付けているが、中小企業で実施しているのは1%未満でしかなく、30年以上何ら対策が講じられないまま放置されている。また、半世紀に亘って決算書の法務局登記が検討されてきたが、実施に至っていない。フランス、イギリス、ドイツでは殆どの企業が決算書を登記しているのとは対照的である。
官公庁ではないが、手形交換所の不渡り情報は、支払手形を受け取る債権者にとって極めて重要な情報であるにも関わらず、加盟の金融機関にしか公開されない。
以上の通り、我が国の社会および制度は企業情報の開示について消極的で、閉鎖的と言わざるを得ない。これら状況を作った原因は、与信管理に関する研究が与信者のみに偏り、受信者および仲介人、外部関係者のあり方や機能を研究してこなかったことにあると考えられる。
以上
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