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2020年5月16日。
それは誕生日の前夜の出来事だった。

大学生時代の先輩である、
リョウタさんのInstagramのストーリーズから
僕のアカウントのタグ付けがされた。

その写真は先輩や後輩と学園祭の
準備をしている若かりし頃の写真だった。
やはり髪型や服装は今よりも大学生で
かろうじで懐かしさに軍配は上がったが
少しの羞恥心があった。
この写真に写っている僕以外は
社会人として今はもう立派に
みんな働いていた。
一方の僕は未だに社会との接点を
うまく見つけれずにいた。


「僕の時計は止まったままですよ。」

そうコメントした。

「おれもじゃわ」

数分経った後に返信があった。

間も無く僕は、

「時間は流れて季節は移ろいます。
人も街も変わっていきます。
みんなが寂しくないように
せめて僕は何も変わらずに
ここにいる事にしました。」

と返信した。

何に酔いしれたのか、
僕はポエティックでセンチメンタルな
文章を送った事をすぐに後悔した。
なぜなら
やりとりがそこで終わったからだ。
サムいと思われたのかな、と
僕は少し気にした。





2020年5月17日。
僕は誕生日を迎えた。
ここ数年間、誕生日が嫌だった。
昔はたくさんのプレゼントがあったり
色んな人から祝いの言葉をもらえた。
クリスマスとは違って、
僕だけの日だったから誕生日が好きだった。
けれど、歳を重ねるにつれて
人望がないだけかもしれないが
プレゼントや祝いの言葉は減っていく。
そして焦燥感だけが増していく。

家にいてせっかくの誕生日を
ゴロゴロと過ごしてしまうのは
勿体無いと思った僕は
本、ノート、ペンを
ショルダーバッグに入れて
散歩がてら人気の無さそうな
喫茶店でも見つけて、
ゆっくり本でも読もうと家を出た。

幼稚園、小学校、中学校、
よく遊びにいった友達の家、
お母さんの自転車の後ろに乗って
よく訪れたスーパー、
チェリオの自動販売機、
何十年も前に見た景色と
今、眼前に広がる景色は
そんなに変わりなかった。
ここに来るまでは
思い出のかけらを拾えるぐらいだろう。
そう思っていた。
よくある話で、大人になってから
そういった場所を巡ると校舎や校庭は
当時と比べて、小さく感じるという。
でも僕にとっては今も昔も変わらず
とても広く感じた。
小学生の頃よく遊んだ公園での
記憶も鮮明に蘇る。
遊んでいる子供達に幼き頃の自分を
重ねるのは簡単だった。
懐かしさか、切なさか、嬉しさか、
この感情にはまだ名前がついていないのか、
心地良くも心地悪くもない
そんな気持ちを抱えながら
もう15分ほど歩き続けた。

そして喫茶店に入ろうと思ったが
閉まっている店が多かった。
やっとの思いで見つけた
喫茶店の中はとてもシンプルで
優しい表情のおばあさんが営んでいた。
おしぼりでさえ優しい匂いがした。
好きな小説家のエッセイ集を読みながら、
アイスコーヒーが半分ぐらいになった頃、
僕はふと友人のタカオを思い出した。
タカオはこの喫茶店の近くの家に住んでいて
なによりも誕生日が同じなのだ。
タカオは不定休な仕事だったから
きっと電話しても出ないだろうと思いながらも
僕はLINEのトーク履歴でタカオを探した。

「なーにー?」

ほとんどワンコールで出た。

「今、お前の家の近くの喫茶店におるねんけど
 暇やったら来うへん?」

どうせ来るのだろうと確信して言った。

「え〜、ひとり〜?」

タカオの口調は常にまったりしている。

「1人やで、あと40分ぐらいで閉まるから
はよ来てな!」

僕はタカオをいつも急かす。

「ぜったい、嘘やぁ〜、
まぁ〜行くわ〜、
17時には帰るからなぁ〜」

いや何が嘘なんだよ、意味がわからない。
そして僕がタカオを
長時間拘束したことはないぞ。

10分ほど経ち、タカオがお店に来た。
ニヤニヤしながら席につくタカオが言った。

「タバコ買いにローソン行ってんけどさぁ〜
めっちゃ恥ずかしかった〜」

僕はその理由がすぐにわかった。
タカオは紺色と白色のストライプの
シャツを着ていた。
ローソンの店員と同じ装いだった。

タカオとは幼稚園から高校まで
ずっと同じ学び舎で過ごしてきた仲だが
天真爛漫なその性格は
一つ歳を重ねた今日も相変わらずだった。
タカオの"相変わらず"に
僕は今まで何度も助けられたし、
安心させてもらった。
仕事の話や共通の友達の話、
結婚の話をしたり来週の土曜に
銭湯に行こうと誘われたが、その後すぐに
来週の土曜は仕事だと告げられた。
また意味がわからない。

そしてリョウタさんに
送ってしまったポエティックで
センチメンタルな文章の話をすると、

「みんなが寂しくないようにって
寂しいんは、お前や〜ん、
だから連絡してきたんやろ〜」

そうニヤニヤしながら言った。
こういった天然と言われる性格のヤツは
たまさか核心を突いてくる。

巧まずして入ったつもりだった
この喫茶店も僕の深層では
タカオに会いたかったからかもしれない。
そういう事だったのかもしれない。

氷が溶けて少し水っぽくなった
アイスコーヒーを飲み干して
僕とタカオはそれぞれの帰路に就いた。





リョウタさんに送った文章は間違えていた。
誕生日だった今日を通してそう思った。
27歳になっても僕は恥ずかしいぐらいに
自分の発した言葉が簡単に覆る。

昨日思った事は今日は思っていない。
でもやっぱり明日は一昨日の事を
思っているかもしれない。

あの頃のままといえば、
あの頃のままだし、

あの頃から変わったといえば、
あの頃から変わらない。

子供と言えるほど無垢ではなくなったけど、
大人と言えるほど上手な生き方は出来ない。





それでいいのか、それがいいんだ。


今ならきっとこう送るだろう。



「時間は流れて季節は移ろいます。
でも僕が寂しくないように
人や街はそんなすぐには変わりません。
だから僕はここにいることができます。」




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