ものすごく上手いりんごの絵、実はあれ本物なんじゃないか
■ものすごく上手いりんごの絵を見た
先日、SNSでものすごくリアルなりんごの絵を描いている人がいた。
これがものすごくリアルなのだ。隣に色鉛筆が置かれていたので、きっと色鉛筆で描いたのだろう。まじか。なんでその才能おれには備わっていないんだ。
一瞬嫉妬に燃えたが、よく考えたらあれ、本物のりんごだったんじゃないのか。本物のりんごだったから本物に見えただけじゃないか。エウレカである。発見したときは裸のまま通りを走った。
つまりこういうことです。
うむ。すっごくリアルなりんごの絵に見える。
わかった、これが種明かしだったのだ。色鉛筆を置いてみて確信した。
自力で手品の種明かしをした気分である。いまこの万能感に浸っているうちにずっとめんどくせえなと思って放置していた会社の交通費精算をしてしまおうと思う。
交通費精算飽きた。
飽きるということは情熱がないということだ。そりゃそうである、交通費精算に情熱をかけられるのならば、僕は出世して交通費精算課長にでもなっているか、もしくは駅にでも生まれ変わっていただろう。ニューデイズでもいいなチョコがたっぷり入ったパンうまいからな。
エニウェイ。さきほど色鉛筆でリアルなりんごが描けるアーティストとして生まれ変わった僕である。その調子でさらに仕事の幅を広げられないだろうか。
たとえば
これは仕事の依頼がたくさん来て困るやつである。どうしよう、ポルシェ買おう。
まずいな、テレビに見つかったらマツコの番組に呼ばれるぞ。あなたどうやって赤を表現したのよ!
ほとんどキリストである。なにがしたいか模索しているうちに奇跡が起こせるようになってしまった。
でもいつか「描いている姿を取材させてください」なんて言われたら困るな。
取材はオッケーですが上から撮るだけにしてください、と言おうか。いや、断るべきだろう。こちらは人生がかかっているのだ。
■りんご以外もいけるのか
りんごで行けたのならリアルな人を描く人にもなれないか。りんごよりも人が描けた方が仕事取れそうだろう。
必要なものは
・白い背景
・色鉛筆
・正面からの写真
これだけである。世の中ちょろい。
おかしいな、ぜんぜん見えやしない。やはりスケッチブックは必要だったか。
表情がよくないのかもしれない。もしくは今夜中のテンションで書いてるからかも。
せっかく時間をかけて精密に描くのだ、こんなぼんやりした表情は選ばないだろう。やるならルーブル美術館にある宗教画みたいな表情を描きたいと思うのが人の業だ。
いろいろあったけどあたい、紅引いて夜の仕事に行くことにしました。みたいだ。かなりの速度でポルシェから遠ざかった。
結論から言うと、現時点ではリアルなりんごなら自分で描いたみたいな写真が撮れる、ということだ。現時点では、って便利な言葉デスネ~。急に日本語わからなくなったみたいにして終わります。サバイブ!
(これは2023年江ノ島杯に投稿した記事です)
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