木下富美子(木下ふみこ)都議会議員が警察に逮捕されなかった理由

東京都議会議員選挙投開票日の直前、2021年7月2日午前に当時「都民ファーストの会」所属で、2期目の当選を目指していた現職の木下ふみこ都議が自動車を運転中、高島平駅近くの交差点で交通事故を起こしていたことが、選挙後の7月5日に報道された。

 4日に投開票された東京都議選で板橋区選挙区(定数5)から立候補し、再選した木下富美子都議(54)が選挙期間中、無免許運転をして事故を起こした疑いがあることが捜査関係者らへの取材でわかった。免許停止の行政処分の期間中だったという。(再選の木下富美子都議、無免許運転か 交差点で事故:朝日新聞デジタル
 事故の捜査で、木下都議が免停期間中である疑いが発覚。警視庁は自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致傷)や道路交通法違反(無免許運転)の疑いもあるとみて慎重に調べる。(同上

既に9月17日、木下都議は警視庁より「厳重処分」の意見つきで東京地方検察庁へ書類送付(送検)されており、起訴ののち正式な裁判がひらかれる可能性が大きい。無免許過失運転致傷罪には罰金刑がないので略式起訴はない。法務省の統計によると、2020年において公判請求に至った無免許過失運転致傷罪の起訴処分の割合(起訴率)は79.5%である。

書類送検容疑は免許停止期間中の7月2日午前7時25分ごろ、板橋区高島平3丁目の交差点で、乗用車を後退させた際に停車中の車にぶつかり、運転していた50代男性と同乗の40代女性に軽傷を負わせ逃げた疑い。5、6月に都内で無免許運転を6回した疑いもある。(木下富美子都議を書類送検 無免許で当て逃げ容疑 | 共同通信
書類送検された被疑事実は自動車運転過失致傷罪及び無免許運転(自動車運転死傷行為処罰法5条、6条)、当て逃げ(道路交通法117条2項)です。(「無免許当て逃げ」木下都議、失職の可能性は? 書類送検の警察意見が意味すること - 弁護士ドットコム

このように大変悪質な犯罪行為を積み重ねていたとの嫌疑のある人物が、何故にその場で現行犯逮捕されずに、自由の身であり続けているのか。警視庁は何をしているのか、上級国民なのか、現職都議会議員だからか、都知事への忖度か等々々、大きな批判と疑問が巷間に充ちている。

当選後=事故後、都議会や委員会に一切出席せずに、議員報酬や政務活動費の支給を受けていることに対しても関心と非難が大きく高まっているが、この稿では、木下都議がなぜ事故直後に警察により身柄を拘束(逮捕・勾留)されなかったのかに焦点を絞り、客観的に考察したいと思う。


誤解を恐れずにいうと、事故直後に木下都議が現行犯逮捕されなかった最大の理由は、現職の都議会議員だったからというよりも選挙期間中(しかも投票日直前)の立候補者だったことにある。そして加えて事故直後の嫌疑の内容が、2ヵ月間の捜査を経てようやく送検に至った現在よりも、もっと小さかったことにも要因がある。

警察は選挙妨害に当たらぬよう、間違いなく選挙期間中の立候補者の逮捕へは慎重を期す。これは忖度とかお目こぼしとかの低次元の動機ではない。逮捕の影響による損害は金銭的に挽回し得るが、議員の身分の復活や選挙のやり直しは不可能だからである。

警察は、選挙結果に影響を及ぼす可能性と、木下都議の「当時の」被疑内容の緊急性とを天秤にかけ、逮捕しないことを選択したのだろう。こんにちの我々は木下都議の常習的な無免許運転の悪質な事実(5~6月中に延べ6回)や、捜査機関・事故被害者・当時の支援者・当時の所属政党・マスコミ各社などへ、木下都議が嘘をついて取り繕っていたことを理解しているが、当時の事故現場の捜査員や高島平警察署幹部、そして裁判官らは当然それらを未だ知らないのである。

事件の被疑者を実際に逮捕するのは警察官(司法警察員という行政職員)だが、それを判断(許可)するのは実は裁判所であり、裁判官である(緊急逮捕の場合は逮捕後)。

(明らかに逮捕の必要がない場合)
第百四十三条の三 逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。(刑事訴訟規則(最高裁判所規則第三十二号))

一見奇妙に感じるが、逮捕の理由があっても逮捕の必要がないと判断される場合もあるということである。詳細は不明だが、警視庁高島平警察署が裁判所へ逮捕状の請求を行ったうえで、それが却下された可能性もある。

●議員の身分を法的に失う要件と照らして、被疑事実の内容と程度は?

都議会議員などが失職する要件のひとつに、公職選挙法における被選挙権の喪失がある。いわゆる公民権の停止である。贈収賄などの選挙犯罪をのぞいた一般犯罪の場合、禁固刑以上の実刑(執行猶予のつかない)判決が確定すると自動的に議員の身分はなくなる。

(選挙権及び被選挙権を有しない者)
第十一条 左の各号に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。
 一 禁治産者
 二 禁こ以上の刑に処せられその執行を終るまでの者
 三 禁こ以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(法律の定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪以外の犯罪に因る刑の執行猶予中の者を除く。)
公職選挙法

報道によると木下都議は1期目(2017~2021年)の任期中に、少なくとも4回の免許停止という行政処分を受けている。これらは文字通り行政上の処分であり、刑事罰があったかどうかは不明である。軽微な交通違反を積み重ねて反則金(≠罰金刑)の納付等のみで済んでいたとすれば、刑事事件としては初犯の可能性も大きく、事故直後の情報による嫌疑では実刑判決が最終的に確定する割合は極めて小さい。場合によっては不起訴処分もあり得たかも知れない。

しかし逮捕されなかった事と、未だ逮捕されていない事とが、木下都議に犯罪事実とその嫌疑が無いのを示しているわけでは、当然ない。高島平署は木下都議による無免許運転での事故を、在宅事件として捜査を進めていたのである。逮捕をしなかったことで、通常48時間以内に検察送付の必要にせまられるという時間的制約から解かれ、事件直後には(木下都議本人のツイッターやブログ上の原付バイク画像や、他の立候補者の目撃証言があったとはいえ)証明し得なかった別々の6回の無免許運転を事故とは別に事件化できたのである。

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