雨
これから雨が降るとわかっていながら、傘を持たずに家を出た。傘を持ち歩く煩わしさを考えると、少しぐらい濡れてもかまわないと思った。
行き先の駅。
改札を出ると、傘をささずに歩いている人はいない。徒歩10分。なんとかなるだろうと足早に歩いた。撥水の黒パーカーに雨滴が浮かび、頭頂部から一筋の雨が額に流れ落ちる。
シャッターが下りている商店の軒下で、一旦雨宿りをし、リュックからタオルを出して額を拭いた。拭きながら、濡れた頭の中でかすかな記憶が甦った。
そんなに言うなら出て行けよ。
自分にしては珍しく声を荒らげ怒鳴った。
いいわよ、出て行くわよ。
そんな自分に一瞬驚いた様子を見せつつも、彼女は淡々と言い、
小さなバックを肩に掛け、狭いワンルームの部屋から出ていった。
どうしてこうなったのかは覚えていない。
滅多に怒らない自分が怒ったことだけを思い出した。
雨がかなりの勢いで降っているのに気付いたのは、少したってからだった。
確か傘なんか持っていないはず。
あいつ、駅まで行けるのか?
一本だけあった小さなビニール傘をさし、
駅までの道を足早に彼女を追いかけた。
交差点を渡る前の小さなクリーニング店。
シャッターが閉じた店の軒下に彼女はいた。
おい、濡れてるじゃないか、馬鹿。
傘をさしたまま言った。
誰のせいよ、バカ。
赤のまま変わらない信号を見上げながら彼女は言った。
戻るぞ。乾かしてから帰れ。
私の傘は?
これ一本しかない。
どうすんのよ、こんな小さな傘で。
くっついて二人三脚で帰るぞ。
バカみたい。
彼女は笑いながら、少し泣きながら言った。
雨の滴なのか涙なのか、頬を伝っていた。
雨は一向にやむ気配がない。
パーカーのフードを頭にかぶり、リュックを前に抱え、残りの5分、目的地に向かって、水たまりをよけながら走っていった。
おい、いくぞ、家まで走るぞ。
ちょっと待って。カバン隠すから。
彼女は着ていた上着でバックを隠した。
せーの、Go!!
小さな傘で雨を切り裂いて、互いの身体半分濡れながら、
水たまりにかまうことなく、二人で走って帰った。
『雨』 安全地帯