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【AZ】Kristian Robinsonの憂鬱【ARI】

プロローグ


 1月15日に国際フリーエージェント(以下IFA)選手との契約が解禁され、D-backsがトップ50評価選手のうち2選手と契約したことが報道された。様々な物議を醸しながらも重要な有望株の獲得ツールとして機能してきたIFA。多額の契約金を注ぎ込んで外れることもあれば、少額投資から空前のリターンを生み出すこともあるその様はまさに競馬である。近年で言えばアストロズのFramber ValdezChristian JavierYordan AlvarezらはIFAから夢を掴んだ典型であろう。競走馬でいえば、アイルランド生産馬でセール取引価格はわずか500万円ながら生涯獲得賞金9億円以上を記録したメイショウドトウといったところだろうか。

 さて、今年契約したIFAのうち何人がMLBで夢を掴むだろうか、と思索する時、どうしても思い出さざるを得ない1人の選手がいる。コロナ禍によってその輝かしかったはずのキャリアを失いかけ、今もなお先が見えぬ暗闇の中にいる男のことを。このnoteは、彼と彼が描いた道筋を辿る、一つの切ない物語である。

期待

 その男の名は、Kristian Robinson。アリゾナ・ダイヤモンドバックスに所属する外野手である。かつてFangraphsで全体28位にランクインし、Corbin CarrollAlek ThomasDaulton VarshoらとともにD-backsの未来のレギュラー外野手候補として評価されていた。まずはRobinsonのキャリアを振り返るところから話を始めていこう。

Kristian Robinson

 2017年、バハマからIFAとしてD-backsと契約金275万ドルで契約したところからRobinsonのMLBでのキャリアは始まる。類稀なる身体能力を持った彼は瞬く間に評価を上げていく。2018年には弱冠17歳ながらルーキー級で57試合、256打席に立ち7本塁打、12盗塁を記録。打率/出塁率/長打率は.279/.363/.428と好成績を残すと、翌2019年の開幕前には早くもBaseball Prospectusのプロスペクトリストではトップ100に名を連ねた。(100位)

 一般的にルーキー級で結果を残してもその先のカテゴリで躓く選手は多いのだが、Robinsonは立ち止まらなかった。2019年、Low A級のHillsboro Hopsで開幕を迎えた彼は44試合、189打席で.319/.407/.558と素晴らしい成績をマーク。9本塁打、14盗塁に加え中堅をこなせる守備力も見せ、早々にLow Aを卒業する。ちなみにこの年同じHillsboroでプレーした選手の中には我らがトッププロスペクトCorbin Carrollや今季MLBデビューを果たしたLiover Peguero(現パイレーツ)がいる。Robinsonの成績は彼らと比較しても引けを取らないどころか、上回っていると言っても過言ではなかった。

これを見てくれ、すごいだろ?夢があるだろ?…なあ、笑ってくれよ…

 RobinsonはA級Kane Countyに昇格後25試合に出場、102打席に立つとここでも.217/.294/.435と及第点の打撃成績を残しシーズンを終えた。ややA級の時に比べれば勢いは鈍り、Alek ThomasGeraldo Perdomoといったほかの有望株に比べれば劣る成績だったものの、この時Robinsonはわずか18歳。ThomasやPerdomo (共に19歳)よりも1つ年下である。年齢を考えれば紛れもないトッププロスペクトであったことは間違いない。

 事実、この年の成績を受けて関係者からの評価は大きく上がった。2020年のプロスペクトランキングでRobinsonはほぼすべての媒体でTOP100位以内に選出。特にFangraphsは28位、Baseball Prospectusは16位と、MLB全体で見ても屈指の有望株としてRobinsonを評価していた。彼のMLBでの成功は約束されたも同然であったのである。



……そう、あの事件さえなければ。
あの流行り病さえなければ……。

暗転


 2020年。新型コロナウイルス感染症(COVID-19、以下新型コロナ)の感染拡大がMLB全体に大きな影響を及ぼしたのはご承知のとおりだ。ただ、先行き不透明ながらもMLBは開幕への準備が進められていたのに対し、マイナーリーグは完全に動きがとれない状態となっていた。

 この状況で各球団はマイナー開催の目処が立たず、観客収入も見込めないことからマイナー契約の選手を次々と解雇。加えてほぼすべての国内外の往来が止まっていたことから、帰国して自国でトレーニングを進めていた選手に至っては米国に入国すらできない状態であった。 「本当にMLBは開幕するのか」「そもそもMLBは存続できるのか」「てかD-backs持たなくね?」などと不安に包まれたD-backsファンをさらにどん底に落とす事件が発生する。

Robinsonが警官に対する暴行容疑で逮捕されたというのである。

 事件発生は2020年4月5日。パンデミックにより野球を含めた世界中の動きが停止してから数週間が経過した頃であった。警察の調書によれば、フェニックス市内でRobinsonが車道に立ち入ろうとする不審な動きをしていたのをパトロールが見つけ、病院に行くことを提案。Robinsonもこれに応じ、後部座席に乗り込んだという。しかし警官がRobinsonにシートベルトを締めるよう伝えたところ彼は突然激昂。警官の顔面を殴打した……というのがことの顛末だった。

 当然ながらこれはれっきとした犯罪である。そこに否定する余地は全くない。それは間違いないのだ。

 その後の話でRobinsonは、野球を含めた自分の生活がめちゃくちゃになり、メンタル面で大きな問題を抱えていた、と語っている。

 考えてみてほしい。彼は当時19歳になったばかり。しかもバハマ出身の彼にとって、フェニックスでの生活は容易なものではなかっただろう。野球を続けて大きな成功を掴む。それが彼の支えだったのかもしれない。
 しかし、パンデミックによって彼の日常は、夢への道筋は一瞬にして奪い去られた。若い彼にとって、それはあまりにも酷な出来事だったのかもしれない。

代償


 Robinsonの罪に対して課された代償はあまりにも大きかった。彼は150時間の奉仕活動と18ヶ月間の保護観察処分を受け、アメリカでの就労ビザが降りない状況が続いている。つまり、保護観察期間が終わり就労ビザが発行されない限り彼は公式戦に出場することができないのだ。20歳、育ち盛りのプロスペクトと彼を待ち望むファンにとってあまりにも厳しい処罰だったといえよう。

 現状、彼はスプリングトレーニングなどには参加しているものの、試合からは3年以上遠ざかっている。このブランクがどの程度影響を与えているかは知る由もないが、大きな影響であることには間違いないだろう。

 また、彼の処罰が終了したとしても、就労ビザが取得できるタイミングは不透明だ。2022年6月には出場できる可能性を探る記事が出たものの、結局その後は音沙汰なし。Kristian Robinsonは今もなお、先の見えない暗闇の中で空が割れるのを待ち続けているのだ。

"雨に濡れるのが好きだった 曇った顔が似合うから
嵐に怯えてるフリをして 空が割れるのを待っていたんだ"

青春コンプレックス– 結束バンド



執念


 彼が、Robinsonがどのような心持ちで今いるのか。それはわからない。ただ、一つ言えることがある。


彼はまだ、諦めてなどいないのだ。


 現状、彼の置かれた立場は決して楽な状況ではない。3年のブランクの間にD-backsの外野は完全に埋まろうとしている。Thomas、Carrollに加えJake McCarthyが台頭。Lourdes GurrielKyle Lewisといった新戦力も加わった。Druw Jonesのような新たなトッププロスペクトも虎視眈々と牙を研いでいる。そんな中、Kristian Robinsonの名は全体Top100どころか、チーム内ランキングからも消えようとしている。かつて追い風に乗っていた超有望株は今、逆風の真っ只中に立たされているのだ。

 3年に及ぶ出場できない期間を経て、かつて肩をならべた有望株が次々にMLBデビューを果たし、レギュラーを獲得していく中、試合にすら出られない自分。どんどんと立場がなくなっていく中で、何もできない歯痒さは想像だにできない。ただ、それでも彼は投げ出さずに戦っている。ただひたすらに、空が割れるのを待っているのだ。メジャーリーグに雷鳴を轟かせるために。そんな彼の執念は、いつか実る日が来るのだろうか。


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 冒頭で紹介したメイショウドトウという馬について少し語ろう。少し遅咲きだったドトウがデビューを果たしたのは1999年の1月。同世代の有望馬はすでにクラシック戦線に向けて重賞に出走し始める頃である。

 それでも時間をかけて徐々に本格化し、重賞にも顔をだすようになった彼の前に立ちはだかったのが、当時世紀末覇王と称され世界最強ともいわれた稀代の名馬、テイエムオペラオーであった。当時の古馬戦線で猛威を奮ったオペラオーに挑むこと実に5度。ドトウはすべて2着に敗れた。

 だが、遂にその走りが身を結ぶ時がやってくる。2001年の宝塚記念。前目につけたドトウは残り800mの位置で早くもスパートをかける。先頭に抜け出し、ついに猛然と迫るオペラオーを振り切った。この時、関西テレビの名物実況者杉本清は以下のような実況を残している。

ドトウ先頭ドトウ先頭、ドトウの執念が通じるのか、ドトウの執念がここで通じるのか(中略)しかしメイショウドトウついに一矢を報いるのか(中略)オペラオーか、ドトウだ、ドトウの執念!

杉本清(関西テレビ)
2001年 宝塚記念にて

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 今後、Robinsonにどんな未来が待っているのか。それは私には知る由もない。ただ、彼の執念が通じる未来を、彼が先行するプロスペクトたちに一矢といわず十矢ぐらい報いてくれる未来を待ち望むのみである。


 そう、贅沢は言わないけど、できたら俺に見せてほしいんだ。Caroll、Robinson、Thomasの、俺たちが夢に見た最強外野陣の完成形を……。


おわりに

お疲れ様でした。たまにはこういう文章もいいのではないかと思い書いてみたものです。ぜひD-backsだけではなくRobinsonの応援馬券も買っていただいて、彼の昇格を心待ちにしましょう。あと法律は守りましょう。いくら病んでも暴力はいけません。僕からのお願いです。よろしくお願いします。


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データ引用


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