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【エッセイ】衆議院議員総選挙で投票するため約5千里: それでも「在外Web投票」には断固として反対です

はじめに

在外邦人の投票をWebでも可能にしようと、「在外ネット投票署名活動 (Overseas Online Voting Action)」という活動があるようです。

私のTwitterアカウントにも、コピー&ペーストと思料される同じ文章が引用リツイート機能で2回も(しかも僅か10分程度の間隔で)送られてきました。

私も在外邦人として、煩雑な在外選挙制度は身を以て体感しています。現に、私は今回の衆議院議員総選挙で投票のため一時帰国を余儀なくされました。

しかし、それでも私はWeb投票、特に在外邦人を対象にした「在外Web投票」には断固として反対です。なぜなら、選挙それ自体は民主主義を維持するための制度ながら、Web投票を導入してしまえば民主主義に逆行しかねず、特に在外Web投票であれば外国勢力の介入を許しかねないからです。

1. 外国での投票の壁は斯くも高し

10月中旬、私はロンドンへと約1年半ぶりに帰ってきました。昨年3月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大に伴って退避するためフライトに間に合わせようと徹夜でパッキングした混乱を思い出すに、もはや自分がこの地に立っているとはにわかには信じがたいほどでした。

学校から遅くとも10月18日にはロンドンで授業に出席するように求められていたため、このスケジュールでの英国への出国となりました。

しかし、10月下旬に再び、羽田空港へと舞い戻ってきました。10月31日に投開票となった衆議院議員総選挙での「投票」のためです。片道で約9,615kmで、往復だと19,230km。1里は3.927kmですから、約4,897里。まさに「選挙のため約5千里」です。

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在外投票人名簿への登録には外国に3ヶ月以上の居住が必要です。また、外務省によると、名簿に登録されてから投票に必要な「在外選挙人証」を受け取るまで、さらに約3ヶ月を要します。つまり、実質的に渡航から半年が経っていないと、外国で投票できません。

さらに、この申請は郵送で受け付けておらず、在外公館もしくは、出国に先立って住所地を管轄する市区町村役所を本人もしくは同居家族が訪れなければなりません。ただし、在外選挙人証の受領は在外公館の窓口のほか、郵送でも可能とされています。

投票のためにはパスポートと在外選挙人証を持参して在外公館へと公示日の翌日から投開票日の6日前まで(今回の衆議院議員総選挙なら10月20日から24日まで)に足を運ぶ「在外公館投票」か、投票用紙請求書と在外選挙人証を在外選挙人名簿の登録地(概ね出国時点での日本国内における最終住所地)に送料自己負担の国際郵便で送付して投票用紙を日本と往復させる「郵便投票」に大別されます。さらに、在外選挙人証の提示で「日本国内での投票」も可能です。

2. 「政治力」の弱い在外邦人

しかし、在外公館が遠方で移動の負担が大きいケースや、郵便制度が発達しておらず書類が届かない可能性が高いといった国や地域もあります。特に、今回の衆議院議員総選挙では、実施スケジュールの関係で在外公館投票の実施が僅か1日のみだったとか、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大に伴う移動や物流の停滞で在外公館に行けない・国際郵便が届かないといった事例もあったようです。

また、在外投票では最高裁判所裁判官の国民審査に参加できません。既に違憲訴訟となっており、東京地方裁判所と東京高等裁判所は「憲法違反」と判決を下しています。最高裁判所は大法廷で取り扱い、15人全員の裁判官が真理に参加する運びとなりました。

このように煩雑な制度もあって、約140万人の在外邦人がいるなか、在外選挙人名簿に登録されているのは約10万人のみ。さらに、今回の衆議院議員総選挙で、在外選挙人名簿登録者数の小選挙区投票率は僅か20.09%。

このように、在外邦人の投票には何重もの壁が立ちはだかっています。在外邦人も「日本国民」なのに、政治に声を挙げようにも実質的に阻まれている現状があります。

先日「オミクロン株」の流行に伴って、日本に到着する国際線の新規予約の受付が停止されたとき、その「政治力」が弱い現状が如実に表れたと感じます。

3. それでも「在外Web投票」には断固として反対です

このような実態に鑑みると、「在外Web投票」を求める運動が起こるのも自然でしょう。しかし、それでもWeb投票、特に在外邦人を対象にした「在外Web投票」は断固として導入するべきではありません。

最大の理由は「不正リスク」。Web投票では横に人がいても投票できます。端末を奪われて投票されてしまうこともあり得ます。これでは「秘密投票」「自由投票」の原則が脅かされます。たとえば家庭でドメスティック・バイオレンス(DV)や虐待の加害者に、職場で上司に、学校で教員に、部活やサークルで先輩に投票を強要されたり、勝手に投票されたり、投票を監視されたりする可能性があります。在外投票の場合、これに「外国勢力」が加わり、外国が日本の選挙や政治に介入する「内政干渉」を許す結果になりかねません。また、これらのリスクは本来的には郵便投票でも排除できません。費用と時間が掛かっても、投票における厳正な手続を担保できる在外公館もしくは日本国内での投票に拘るべきです。

特に、不正選挙は「疑惑」だけでも大きな騒動になります。2000年米国大統領選挙における「ブッシュ対ゴア事件」は連邦最高裁判所まで争われました。昨年の米国大統領選挙でも、トランプ氏の支持者たちが「不正選挙」を主張して、ワシントンD.C.にある連邦議会議事堂を襲撃しました。もっと言えば、オウム真理教だって「真理党」の候補者25名が落選してから、「陰謀だ」と急激な武装化を進め、攻撃性を増していきました。不正選挙は「疑惑」であっても、政治の民主的正統性への信頼を根本的に損ないかねません。だから、選挙制度は誰もが「これは正しく執行された結果だ」「陰謀ではない」と納得できるものでなければなりません。「ロシアゲート」疑惑よろしく「在外Web投票ゲート」疑惑なんてなったら、もはや目も当てられません。

「在外ネット投票署名活動 (Overseas Online Voting Action)」の主催者は「現在の郵便投票で脅されて投票したのが問題になっていない」と述べています。しかし、これは2つの意味で「無邪気すぎる」と感じます。1つ目は「暗数を考えていない」。脅迫された人が後になってから暴露できるとは限らないし、社会的な関心が高いとは言い難い在外邦人に際して告発してもメディアが取り上げてくれるとは限りません。家族からのドメスティック・バイオレンス(DV)や虐待で投票できなかったからといって、いま声を挙げられる・声を挙げて報復されないとは限りませんよね。2つ目は「いま問題となっていなくとも、今後リスクが顕在化する可能性」。現段階で仮に在外選挙における郵便投票を悪用した事件が起きていなくとも、そのような事件が起きる可能性は今後も否定できません。いままで近所で窃盗事件がなかったからといって、家の鍵を開けたままにはしませんよね。Web投票は郵便投票よりも遙かに、このような不正のリスクを高めます。そしてリスクが高いほど、先ほどのような「疑惑」に発展する可能性も高まります。

さらに、併せて「在外有権者数は少ないから票数にインパクトがない」とは仰るものの、それは選挙介入の可能性を否定する根拠になり得ません。原理原則から言えば、1票であってもそのようなリスクがあってはならないのです。民主主義は脆弱な体制であり、だからこそ原理原則や手続には頑固に拘る必要があります。それに、この運動を主宰する立場で「在外有権者数は少ない」と言ってしまうと、国政において「在外選挙制度の改善の優先度」が低いとして扱われかねませんから、正直なところ「軽率」だと感じます。

それに、たとえば中国のようにインターネット通信を監視・統制している国だと、投票用Webサイトへのアクセスを遮断されるとか、投票内容をモニタリングされる可能性も考えられます。さすがに、いろいろな意味で危険極まりありません。VPNを利用するにしても、その費用は誰が負担するのでしょうか。また、在外選挙に臨む有権者のPCやスマートフォンがコンピュータウイルスに感染していた場合、投票内容を監視されたり、もしくは意図とは異なる投票行動を強いられたりするリスクもあり得ます。しかも、システムにバグやクラッキングがあったら、Web投票であっても無効票が生じかねないし、選挙結果を不正操作されてしまうことも考えられます。

これらの観点から、在外Web投票の導入議論は極めて無邪気かつ楽観的で、民主主義を擁護する観点から絶対に賛同できません。

4. ただし、在外選挙制度は改善するべき

だからといって現行制度を改善しなくて良いかというと、そうは思えません。「秘密投票」「自由投票」の堅持とは関わらない部分は積極的に改善していくべきです。

たとえば、私が直面した「在外投票人名簿への登録には外国に3ヶ月以上の居住が必要」とのルール。日本国内でも、公職選挙法の規定により「転居先での選挙人名簿への登録には3ヶ月以上の居住が必要」となっています。しかし、これは投票のための転居を防ぐための決まりです。在外選挙で選挙区は変わりません(=日本での最終住所地のある選挙区で投票します)から、この規定は撤廃もしくは緩和が必要です。

また、在外選挙人証の申請手続も、在留届と同じようにWebで済むようにするか、せめて在外公館に郵送でしょう。いまは銀行口座の開設もWebや郵送で済む時代です。この手続は投票そのものとは本質的に異なるわけで、この部分なら手続の電子化も可能でしょう。

さらに、名簿に登録されてから投票に必要な「在外選挙人証」を受け取るまで、さらに約3ヶ月を要する現状も改善できるはずです。こちらも手続を在外公館に移管の上で、在外公館と市区町村役所の通信をデジタル化(行政機関同士ですからセキュリティ性を保ったままデジタル化を進めるハードルは低いし、住民基本台帳ネットワークのようにVPNも選択肢でしょう)

しかも、最高裁判所裁判官の国民審査に参加できない仕組みは明らかに不当です。東京地方裁判所および東京高等裁判所が「憲法違反」としたのは妥当な判断だと感じます。国は「用紙を海外に送る作業が間に合わない」としているものの、それなら現地で印刷すれば良いでしょう。

そして、在外公館や日本国内での投票のため有権者に負担が発生するなら、交通費・滞在費や日当を公費で助成するべきです。駐在員やその家族は日本や世界の経済のために貢献しているわけだし、日本人留学生だって将来は知識や技術を日本に持ち帰ってくれるかもしれない。そうでなくとも選挙権は「基本的人権」ですから、誰の役に立っていなくとも行使できなければなりません。在外公館が近くに設置されていないのは国家や政府の都合ですから、それで投票へのハードルが高まること自体、おかしいのです。
(誰かの役に立っていないと基本的人権を行使できない、との考えは「自然権」の概念に反するし、「新生児や生活保護受給者の人権を無視して良い」との暴論に繋がりかねません。)

おわりに

言うまでもなく投票は「国民の権利」民主主義を守るために最も大切なプロセスです。しかし、だからこそ、その手続は公平性と厳密性が確実に担保されていなければなりません。在外邦人に課せられた不公平な制約は可能な限り排除するべきながら、そのために厳密性を損ねて良い、とはなりません。

また、投票のハードルを下げるのは国家や政府の責任です。「投票できない人」「投票が著しく困難な人」がいたら、それは国家や政府の「不作為」に他なりません。

それに、多重国籍を禁止している日本において、在外邦人が投票行動をによって「物申せる」国家は日本だけです。在外邦人も必要に応じて公共サービスを受ける「国民」としての地位にあります。だからこそ、在外邦人の選挙権も最大限、尊重されていなければなりません。

国土交通省 航空局やWeb世論によって在外邦人が「爪弾き」にされようとしたいまこそ、在外邦人の投票権を真剣に考え、「声を挙げにくい」現状と真っ正面から向き合わなければなりません。さもなければ、行政や立法によって在外邦人は今後も無視されかねないし、在外邦人にすら排外主義を強めんとする「世論」に、数の力で無理やり押し切られかねません。

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